はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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秋色いろいろ

気温が下がり空気が澄み、霞むことなくくっきりと山々が見えてくる秋。
赤トンボや彼岸花の赤、葡萄や茄子の紫や紺、稲穂やススキの黄色、高く青い空と、何もかもが色鮮やかだ。

秋は、夢もくっきり見えるものなのだろうか。このところ目覚めてからも、はっきりと覚えている夢が多い。たとえば。

中学生のわたしは、友人達と和やかにしゃべりながら下校中。駅までの帰路、別れ別れになり、駅に着くと3人だった。中学時代の女友達、わたし、そして怪我をした男子だ。わたしは、彼に肩を貸していた。
女友達は反対車線なので、ホームの向こうで笑顔で手を振っている。現実世界で3年ほど前に会った彼女は髪を下していたが、手を振っているのは中学時代と同じく髪を二つに結わえた彼女だった。
男子は、突然わたしに告白する。「好きなんだ」
「わたしが付き合ってる人いるの、知ってるでしょ?」戸惑いつつ、わたし。
「うん、知ってる。ただ、今の正直な気持ちを伝えたいだけなんだ」と、彼。
地下鉄のホームの埃臭さ。生ぬるい風。遠く聞こえる電車の音。
わたし達は、しばし見つめ合った。
夢はそこで終わる。ちょっと切ない、セピア色した夢だった。

しかし、目覚めてから、ムクムクと湧き上がったのは疑問だった。
「夢なんだからさぁ、自分の好きなタイプ登場させようよ」
彼は目がぱっちりした丸顔で坊主頭、一言でいうとマルコメ味噌のCMに出てくるような男子だったのだ。
トヨエツでもなく、福山雅治でもなく、ジョニー・デップでもなく、マルコメ。キムタクでも、妻夫木聡でも、岡田将生くんでもなく、マルコメ。
空気澄む秋とは言え、夢、くっきりじゃなくてもよかったかも。

♪ すべてが 思うほど うまくはいかないみたいだ ♪
秋の庭で『夜空ノムコウ』を、ひとり口ずさむしかなかった。

赤トンボは、カメラを向けても逃げません。こちらをしっかり見ています。

あ、山葡萄。食べられるかな? 残念、青葛藤(あおつづらふじ)でした。
美味しそうだけど、毒があるとか。漢方には使われるみたいです。

田んぼの畔には彼岸花。鮮やかな赤に目を奪われます。

シジミチョウ。本当に貝のシジミそっくりですよね。

去年の春に植えたイチイの木も、根付いたようです。ピンクの実が可愛い。

秋の色と言えば、抜けるような青空ですよね。
日に日に山が、くっきり見えるようになってきました。

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虹は、五色か六色か

「来た来た!」夫が、何やら嬉しそうに宅配便の箱を開けている。
「何買ったの?」と、怪しむわたし。
彼は不敵に笑い、答えない。答えないので、悔しいからわたしも興味を示さないフリをする。そんなわたしに、また彼も興味を示さぬフリをしつつ、それはまあ嬉しそうに、中身を取り出すべく丁寧に施された包装を解いていく。
「ほら、これこれ。面白いんだよ」
取り出したのは、小さなロボットのような形をしたものだった。ソーラーパネルが付いている。ロボットのお腹の部分には、吸盤が付いていて、夫はそれを南側の窓にペタンと張った。しばらく「あれ?」とか「動かない」とか言っていたが、ロボットの足が回転し始めた。
「えーっ?」
部屋じゅうに、プラネタリウムの星が回るかのように虹色の光が飛び始めた。
「これ、買ったの?」ちょっと呆れて、わたし。
「い、いや。楽天のポイントで。じゃないと、買わないでしょ」
「だよねー」呆れて笑いつつも、光を見てふたり和んだ。

『レインボーメイカー』だというそれは、太陽の光で回転し、無数の虹を部屋じゅうに撒き散らしていく。
「虹を機械で作るなんて、全く人間の考えることったら」
わたしなどは呆れてしまうが、七色の小さな光には、小さく微笑んでしまうだけの美しさがあることも認めざるを得ない。

ところで日本では虹は七色と相場は決まっているが、海外では、五色だという国もあれば六色だという国もあるという。虹を七色だと固定された観念で見ずに、自分の目でしっかり見たら、いったい何色に見えるのだろう。
洗濯物で太陽の光を遮られ、床の上で止まった虹を、しばしじっと見つめた。
  
足のようなものの先にあるガラスが回転して、虹を作り出します。
いつも不思議に思います。人間に似せた形に作るのは、何故?

部屋じゅうに、これが回ると、かなりうるさい感じはあります。
「床の塗装、ずいぶんはげて来たなぁ」と思ってしまうのは、
虹の向こう奥深くを覗いた、現実的な女の発想?

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強く伸びる秋の雑草に、生まれる不思議を思う

植物が生まれる姿は、考えるほどに不思議だ。種が土のなかに埋まっていたり、根が張っていたり、球根が眠っていたりするのだろうとは思うが、何もないところからにょきっと生えてくるような印象。不可思議だ。

秋の庭を見ながら考えた。
人のなかに様々な気持ちが生まれることも、不可思議だよなぁと。
何かを、やりたいと思う気持ち。何かを、創り出そうという気持ち。
何かに、傾ける情熱。そういうものは、いったい何処から生まれるのだろう。

植物は、時が来て芽を出し伸びて花が咲き、実を生らせ、また種を落とす。凍った冬には身を枯らせ、種でさえ生きているかも判らない。季節が過ぎ芽を出すまでは、そこに何かが在ることさえ判らないのだ。

雑草が春にも増して強く伸びゆく秋の庭に立ち、考える。
自分のなかに、今何らかの種や根が在るのか。それは植物と同じく、季節が過ぎ、何かが芽を出すまで、自分自身でさえ判りようもない。
ただ植物に感じるのは、土を押しのけ芽を出すだけの強さだ。人の気持ちの発生も、種がなんなのやらも、今わたしには判りようもないが、そこに生み出すだけの強さがなければ、生まれるものも生まれはしない。冬の凍った枯野に眠る、小さな種の小さな芽を、目をつぶり、静かな秋の庭で思い浮かべた。
   
ニラは、白くて清楚な花を咲かせます。イヌタデは、あちらこちらに。
  
ツユクサ。可愛いです。キノコも勝手に生えてきました。何キノコだろう?

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ちょっと早めの衣替え

ソファーカバーとクッションカバーを秋仕様に変えた。それだけで、うーん、リフレッシュ。
ちょっと早いんじゃないかって? 確かに早い。まだ夏日が続いている。それにわたしの性格的に言うと、ちょっとではなく、かなり早い。というのも、在るがままを受け入れてしまいがちなわたしは、夏が終わってもそこに扇風機が在ることさえ、在るがまま受け入れてしまうのだ。つまりは、そこにあることが自然になりすぎて、空気の如く見えなくなってしまっている。
なので、季節の移り変わりによる衣替えなども、夫に指摘され「あ、そう言えば扇風機、もう使わないねぇ」と気づく。それからようやく重い腰を上げるというのが常だ。だから、今回のソファー周りの衣替えは、画期的に早く行われたと言っても過言ではない。

当然、何かしら理由がない限り、こういうことは起こらない。理由はしっかりあった。夏仕様だったクッションの上でムカデを発見した。今年はムカデが少ない夏で家で見たのは初めてだ。夫が退治したが、クッションカバーは洗おうということになる。どうせ外すんなら、もう秋仕様にしてもいいだろう。こんな流れで、我が家のソファー周りはすっかり秋である。
「ちょっと早い衣替えも、なかなかいいかも」
などと思いつつ、冬じゅうこのままだったりするんだよな。
そして、春を過ぎ夏になった頃には、すでに在るがままを受け入れ、そのまま1年が過ぎたりするのだ。

オレンジ系のなかにピンクや緑のラインが入っている、ソファーカバー。
そのラインがキーです。お蔭で、どのクッションとも相性が良くなります。

カラフルなクッションは、部屋を明るくしてくれますね。

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初秋の宝石

庭の紫式部の実が、色づいてきた。綺麗な薄紫が宝石のように光り、まるでアメジストのようだ。わたしの誕生石は紫式部色のアメジスト。普段、気に入って使っているペンダントは、アメジストの原石を加工した、まだ新人だというアクセサリー作家が安く売っていたものだ。もう10年くらい使っているだろうか。1か所欠けてもいる。それを大切にしている。

そんな風で、宝石やブランド品などとは、何ら縁のない生き方をしてきた。
正式の場で身に付ける真珠のネックレスとイヤリングは、結婚した時に義母にプレゼントしてもらったし、夫が誕生日やらクリスマスやらに(5年に1度くらいの割り合いかな? 忘れた頃にってやつです)贈ってくれた、小さなダイヤがついたネックレスや指輪もいくつかある。だから、それなりの服装をした時には、きちんとしたものを付けられる。それ以上は望まない。欲しいと思わないのは、わたしのなかのみずがめ座的性格「少年性」によるものだろうか。

去年のクリスマスのこと。わたしは夫のリクエストを受け、マフラーをプレゼントした。そして「欲しいものある?」と聞かれ、考えた。
「アクセサリーも、服も、欲しくないなぁ」考えて、言った。
「そういうのは、これからはもういいや。何か欲しいとしたら、ふたりで食事したり、旅行に行ったりしたいなぁ。そういう時間が欲しい」
そして受験生だった末娘の送り迎えを1日だけ休ませてもらい、表参道のイタリアンレストランでふたりゆっくりと食事をした。いいクリスマスになった。

紫式部の実を見て、こんな風に綺麗だと思う気持ちを失くさずにいたいなと思った。そういう気持ちや、誰かとの時間を、より大切にしたいと思うようになったわたしには、たぶんもう宝石などいらないのだ。

根元から、色づいていきます。そのままの色が綺麗に撮れなくて残念です。

それでも太陽の光が、宝石っぽく輝かせてくれました。

欠けている側の方に透明感があり、気に入って表にしているペンダント。

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近しい人の顔の横で呼吸すること

「アロハ」が「ハロー」や「サンキュー」と共に「I love you」の意味を持つことは知っていた。昔、漫画で読んだのだ。
「アロハ」=「ハロー」だとばかり思っていた彼女に、彼は「aloha」と彫った指輪をプレゼントするが、彼女はハワイの記念くらいにしか思わなかった。そして、時間を経て気づく。「aloha」と彫られた指輪の意味を。

「alo」は、顔「ha」は、呼吸するという意味を持つと聞いた。顔の横で呼吸する。それは近しい人に挨拶し、感謝し、愛し、信じ、尊敬する気持ちを表す。「aloha」これ以上になく温かみを感じる言葉だ。

先週ハワイアン・ライブを聴きに行き、フラダンスなどのショーを楽しんだ。そこで「aloha」の持つたくさんの意味がかいてあるのを目にした。笑顔が素敵なライブだった。

日本にもいろいろな意味合いで、挨拶に使える言葉がある。「どうも」
「ハロー」「バイバイ」「サンキュー」全部「どうも」でOKだ。でもわたしは好きになれない。「どうも」に温かみはない。どちらかと言うと便利さ故に生まれた言葉に思える。今も「どうも好きになれない」と、かきそうになったが、もともとはっきりしない気持ちを表す言葉なのだから「aloha」とは正反対の場所にいるのだろう。

酔っ払った時に使う便利な言葉もある。たとえば家族で焼き肉屋に行った時。
「このカルビ、美味しいね」と、娘。「そーらね」と、すでに酔ったわたし。
ここで重要なのは「そうだね」ではなく呂律の回らないフリ、または実際に回っていない「そーらね」であることだ。
「牛タン、けっこう分厚いじゃん!」「そーらね」
「ビールおかわりする?」「そーらね」
「ユッケがメニューから消えたのは、淋しいよね」「そーらね」
「お母さん、うるさい!」と、笑いながら娘。
「そーらね」挑戦的にも、さらに言いつのる、わたし。
といった具合に、同意の言葉「そーらね」は、かなり嫌がられているという点で「どうも」を抜きんでているかもしれない。

入口では、アロハシャツやお花の髪飾りが売っていました。

ビュッフェは、ハワイアン料理?
というより、ハワイアンな雰囲気で何でもありって感じかな?

笑顔っていいなぁと、素直に思えるステージでした。

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天秤は揺れている

強い青を光らせた空の下、土砂降りの雨が堂々とフロントガラスを叩く。崩れたバランスを表すかのような天気雨。ふいに不安になる。自分のなかの天秤が、ぐらぐらと揺れるのを感じる。

理由もない微かな不安は誰もが持っているもので、自分のなかにだけに座り込んでいるものではないと、今では知っている。
それでもふいに不安になる時のバランスの崩れ方は、予測不可能だ。座り込んでいた不安は立ち上がり、何処までも伸びていく。どんな狭い場所にも入り込み、強い生命力を持つ蔓のように、何もかもをがんじがらめに締め付ける。
「狐の嫁入り」は、不安を引き起こす兆候だ。昔の人も、不安になってファンタジックな連想をしたのだろう。

そんな時には目をつぶり、天秤を思い浮かべる。
片方に幼いわたしだけが乗った、地につき安定した天秤。それが生きていくに連れ、もう片方に乗せるべきものや、自分の脇に置いておきたいものや、そのいろいろが増えていく。シーソーのように天秤は揺れているのが常で、静止するのはどちらかが地についている時しかない。それは、独りぼっちになった時だろうか。それとも、自分を失くした時だろうか。
意識せずとも、常に天秤は揺れている。揺れている方が、余程自分のままに生きていると言うことなのだ。そう思うと、少し楽になる。少しだけでも楽になった分、たちこめる黒雲の向こうの青空が浮き上がって見え、胸のなかの雲が少しずつ晴れていくのだ。

あっという間に、空は泣き出しました。

森の木も、赤い実も、雨に打たれていたでしょう。
カーブの道標が、道しるべのよう。「雨が来るよ。急ぎなさい」

青いまま落ちたどんぐりも、アスファルトの上、濡れているのかな。

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砂利に咲いた千日紅

千日紅が、咲いている。
韮崎駅近くのその駐車場を借りて、もうすぐ1年。
「そうか。1年経ったんだ」
千日紅に話しかけるでもなく、つぶやく。
1年前にその駐車場を借りることに決めた時にも、砂利に淡々と、と言った風に千日紅は咲いていた。
植物はすごいなぁと思う。忘れず芽を出し花を咲かせる。千日紅に教えられなかったら、駐車場を借りて1年経ったことも思い出さず、ただ車を停め、駅に急ぐだけだっただろう。
あの時は、長く借りていた駐車場でトラブルがあり、ささくれた気持ちで新しい場所を探していたのだ。千日紅はそこに咲いていた。ささくれた気持ちを溶かすように、柔らかい色合いで、静かな風に揺れていた。

毎日する洗濯や食事の支度は忘れたくとも忘れられないし、生業としている経理事務の月々のサイクルでのいろいろも忘れようがない。繰り返しすることは忘れにくいのだ。しかし、年単位だったり、イレギュラーな予定などは忘れることが多く、花達に思い出させてもらうことも多い。1年前のこと。何年か前の同じ季節のこと。季節など心の片隅からも追いやられるほどに忙しい時、ああ、もうこんな時期なのかとハッとさせられることもある。
そうやって季節を教えてくれるのは、桜などの注目を集める花ではなく、大抵は野に咲く小さな花なのだ。

駐車場のあちらこちらに咲いていました。可愛くて大好きな花です。

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新しいジンクス

ジンクスは崩された。
今季J1に昇格し、シーズンも半ばまで来たところで6連敗したヴァンフォーレ甲府。わたしが試合を観に行き、ビールを飲むと勝つというジンクスは、家族の間だけで有名な話だった。しかし、東京は味の素スタジアムまで応援に行き、2杯のビールを飲んだにも関わらずFC東京に1-4と完敗した。その後もホームで負け、まさかの8連敗に、我が家のジンクスは無きものになったと、夫婦で考え込んでいたのだ。そして考えに考え……。

「チキンだ!」と、わたし。「チキン?」と、夫。
「この間も負けた時に、ビール&チキンだった!」と、わたし。
「そういえばスタジアムで食べた。チキンだったのかぁ!」と、夫。

このあいだの広島戦。わたしは友人達と池袋で暑気払いだった。夫はひとりホームの中銀スタジアムで応援すると言う。
「絶対にチキンを食べないこと」「うん。チキンは食べない」
ふたり誓い合い、彼は応援に、わたしは飲み会にと参戦した。
「今日は、鶏肉は食べられないから」
友人達にジンクスの話をすると、口々に言う。
「それってまず、ビールに問題あるんじゃない?」
「うん。ビールだよ、きっと」
しかしわたしのなかの確固たるものは、微動だにしない。
「ビールじゃない。絶対にビールではない。今日は鶏肉は食べません」
焼きトン、焼き鳥の店であるが、付き合いのいい友人達は鶏をオーダーせず、豚と野菜で暑気払いした。結果ヴァンフォーレは首位広島に2-0の大勝利。
「今季最高と言ってもいい、ゲームだったよ」とは、夫。
「やっぱ、チキンだ」「もう甲府の試合の日はチキンは食べられないね」
応援する以外には、何もできないサポーターのわたし達だが、今季は鶏断ちでの応援となりそうだ。祈る気持ちで今日もまた、豚を食べよう。
がんばれ! ヴァンフォーレ甲府!

ナイトゲームは、暑さで有名な甲府でもだいぶ涼しいです。
チーム名は、フランス語の「Vent(風)」と「Forêt(林)」
『風林火山』から、つけられたものです。

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はじめまして、旧友イケフクロウ

バッタリと『イケフクロウ』に出会った。
池袋駅を酔っ払って、ひとり歩いていた時である。
一瞬にして時は昔にさかのぼり、末娘が小学生の頃、流行りの漫画によく登場したイケフクロウを探し、2人歩き回ったのを懐かしく思い出す。その時にはいくら探しても見つからなかったイケフクロウ。こんなところに居たのかぁ。

「おおーっ! イケフクロウ!」
酔っ払いが旧友にふいに出会った時のように、握手を交したい衝動に駆られた。だが残念なことに、または幸いなことにも、彼らに手はなかった。

探している時には見つからず、探すことをとうにやめ、忘れた頃に目の前に現れる。人生のブラックホールは、駅ナカにも、鞄のポケットにも、引き出しの奥にも存在し、常に何かを探し生きていくのが人の性(さが)というものか。
いや、単に整理整頓ができない方向音痴なわたしの問題なのだろうか?
酔った頭で考えても答えなど出るはずもなく、初めて会う旧友イケフクロウと握手を交わすこともなく別れを告げ、あずさの待つ新宿へと急いだ。
  
『イケフクロウ』は、池袋駅の待ち合わせスポットです。
我が家の近所には、梟の巣穴だった木の洞(うろ)が、けっこうあります。
もちろんイケフクロウの巣については、わかりません。

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しんとした心持ちで苔を見つめて

最近、夕立ちが降るせいだろうか。びっきーとの散歩で見かける苔達が元気だ。静かに水を吸い、静かに生きている。
言葉を発することなく生きているもの達を見ていると、こちらの胸もしんとする。雑念がそぎ落とされ、とてもシンプルに、自分の気持ちの芯の部分が見えてくるように感じる。

昨日、マザー・テレサの言葉に出会った。
「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
 言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから」
その後も3行続くが、なるほどと思ったのはここまで。
考えていることが言葉になり、言葉にすれば行動につながるということか。

そう考えると突然人の世に生きることが空恐ろしくなり、苔を見に走った。何も考えず何も言わず、しんとした心持ちでただ苔を見つめることに集中した。

倒れた木にびっしり。いつからここで生息していたのでしょうか。

夜中に雨が降った朝は、生き生きとしていますね。

最近は苔に癒しを求める『苔ガール』なる女性が存在するとか。
何でも『ガール』つければいいのか? とちょっとひねくれて思ってみる。

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遥か彼方に見える微かな光に向かって

夏休みもそろそろ終わりであるが、駅でもスーパーでも、子どもをよく見かける。幼い子ども達はパワーが有り余っているらしく、意味もなく走っていることも多々ある。全力で、まったくいったい何処へ向かっているんだろうと、今はただ感心するのみだ。

走る子どもを見て、思い出すことがある。
幼稚園の運動会。わたしは5歳くらいだっただろうか。かけっこで転び、痛さと情けなさがないまぜになり泣き出して、そのままトラックの外にいた母のもとへと走ってしまった。
「ゴールまで走ればよかったのに」と、母。
その言葉に傷つき、余計に泣きじゃくった記憶がある。

しかし自分が母親になると、母がそう言わずに居られなかった気持ちもよくわかる。だがもしも同じことが起こったら、何も言わず子ども達を抱きとめようとも思っていた。それを期待していた訳ではなかったが期待に添わず、3人の子ども達は運動会の徒競走で転ぶことなく、毎年ぶじゴールを切った。

末娘が大学生になった今、思う。ゴールは何処でもいいと。
走る速さもゴール地点も、それぞれでいい。誰かが定めたものではなくとも、多くの人に認められるようなもではなくともいいのだ。そしてたどり着く場所は、決してわたしのもとではないだろう。
わたし自身まだまだ、ゴール地点など見えるか見えないかの遥か彼方にある。それは微かな光であるとしか判りようもないが、ただ静かな心持ちで、遠く見えたり見えなかったりする光を目指し、自分のペースで歩いている。

アジアン雑貨屋で見つけたLED電池のライトは、
光が微か過ぎてライトの役割は果たしていませんが、お気に入りです。
photo by my husband

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持っていた価値観がガラガラと音を立てて崩れる時

「それ、風呂敷ですか?」
帰省した末娘を行きつけの美容室に迎えに行くと、いきなり聞かれた。
「ふ、風呂敷じゃ、ないと思います」
聞かれると、自信がなくなり答えに詰まった。だが一瞬考えはしたものの、断然風呂敷ではないとの思いが、むくむくと湧く。
「風呂敷ではありませんが、涼しいんです、これ」
「確かに、涼しそうですね」と、笑顔で美容師さん。
(でも、風呂敷に見えるのかな?)
風呂敷じゃないとの思いと共に、むくむくと湧いたのは疑問。何気ないたったの一言だ。しかし思いもかけないその表現の可笑しさで、自分が持っていた自信やら価値観やら感覚やらが、ガラガラと崩れていく音を聴いたのだった。

「きみって。不思議な服着るよね」と夫に言われるも、気にも留めなかったわたしだが、風呂敷と来たか。いや無論、風呂敷を否定する気はないのだが。
車に乗ると、末娘がまた「ピロシキ?」と聞く。
「ピロシキは、ロシアのパンでしょう」と、わたし。
「だって、なんか民族衣装っぽく聞こえた。フロシキが」
「み、民族衣装?」風呂敷であり、民族衣装でもあるのか? このショール。
涼しくノースリーブの上に着たり、冷房が効いた場所では痛めた右肩に掛けたりして重宝しているし、可愛いと思うんだけどな。

全体はこんな感じ。確かに真四角ではあるんだけど。
真ん中が開いていて、ボタンで留められるようになっています。
  
前と後ろ、その日の気分で使い分けています。
アクセサリーを目立たせたいときには、花柄が少ない方を前に。

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雨がもたらす小さな変化達

傘を買った途端、雨がやんだ。
「雨が降ったら傘さして、傘がなければ濡れていく。そんな人生が丁度いい」
その昔CMで流行った言葉が身上のわたしだが、持ち歩いていたパソコンを濡らしたくなく、ゲリラ豪雨を予感させる雷に脅されるように、傘を買ったのだ。途端に、雨はやんだ。よくあることである。

すれ違う人のなかには「傘買ったのに、雨やんじゃったよ」と、苦笑しつつ友人に言う人あり、雨がやんだことに気づいているのかいないのか、傘をくるくる回しながら歩く小学生男子あり、濡れたレースの日傘を傾げて日がさすのを確かめ、そのまま日傘としてさして歩く老婦人あり、また、駅のトイレには忘れられた傘もあり。
世の中は進化し続けても、雨が降るだけで、人はそうして右往左往し小さなドラマのワンシーンが生まれたりもする。

何年も前の話だが、夫と喧嘩をした。3日ほど口をきかなかった。口はきかずとも食事は作り共に食べ、彼のスーツにアイロンを掛けた。
そして会社に行く時には玄関まで見送りに出た。見送りに出ても、口をきけないからすることもない。なのでわたしは、昨日の雨で濡れた傘を干し始めた。子ども達の傘。わたしの傘。夫の傘。
パーン、パーンと傘が開いていく。パーン、パーン、パーン。夫とわたしの間で、傘が開く音だけが鳴っていく。だが細くたたまれた傘が大きく丸く開くその瞬間、変化が起きた。不思議なことに、ふたりの気持ちが同時にするりとほどけたのだ。気がつくと顔を見合わせて、笑っていた。
傘を開くと、今でもその時のことを思い出す。

買った傘は晴雨兼用で、シックなピンク色。これから活躍してもらおう。

庭に干したら、ナナカマドの木の影が映って素敵な模様になりました。

傘を干して上を見上げると、もう、秋の空かなぁ。

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キンカンとムヒのみぞ知る

その溝は限りなく底深く、それはいつしか巨大な川となり、濁流が荒れ狂う。対岸へ行こうとも橋はなく、巨大な川は、メビウスの輪の如く永遠に交わることも、終わることもない。
夫と対立している。
ふたりの信念はどちらも曲がることなく、何処までも平行線をたどっていく。

「キンカンの方が、絶対効く」と、夫。
「だってもう、引っ掻いちゃったんだから、キンカン塗ったら痛いもん。ムヒ塗るからいい」と、わたし。
「その痛いのが、効くんだよ」
「キンカンを否定するわけじゃないけど、痛いから塗らない」
キンカンとムヒ。ふたりの対立は、続いている。しつこい痒みが残る虫に、ふたり仲良く足を刺されたのだ。多分庭でのことだろう。

夜中に痒みで目覚め、ムヒを塗ってベッドに戻った。
「何してたの?」と、夫。「ムヒ塗ってたんだよ」と、わたし。
すると彼は「ふん」と鼻で笑った。「なにその、ふんって」と、睨むわたし。
「キンカン、塗ればいいのに」「もうムヒ、塗っちゃったもん」
「ムヒの上に、キンカン塗ったっていいじゃん」
「混ぜるな危険!」「なにそれ」「洗剤によくかいてあるじゃん」
「薬と洗剤は違うでしょう。俺は、ムヒもキンカンも塗るもんね」
「何度も言うけど、キンカンを否定してるわけじゃないの。引っ掻いちゃったとこに塗ると痛いから嫌なの!」

夫婦の間をうねり狂う、キンカンとムヒの溝。その行方は、キンカンとムヒのみぞ知る。などとバカなことを言っている場合じゃなく、痒い。

顔を見合わせ、呆れているムヒとキンカン。

庭に勝手に咲いた百合。花も虫も、好き勝手やっている庭です。

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埋められない穴を、埋めるために

石井岳龍監督の映画『シャニダールの花』を観た。
女性の胸から肩にかかる辺りに芽を出し根を張り、花を咲かせる「シャニダールの花」を巡る人々を描いた、不思議な雰囲気を持つ映画だった。
イラクのシャニダール遺跡で、埋葬されたネアンデルタール人の骨と共に花の化石が発掘されたという実話が「シャニダール」の名の由来。
死者に花を手向けたという行動から、人をいつくしみ、人を悼む「心」が、人間に生まれた瞬間なのではないかという説があるそうだ。

女性の胸に寄生した花は、「シャニダール」という研究施設で新薬開発の目的で育てられていた。映画は、花を宿した女性のケアを担当するセラピスト響子が赴任してくるところから始まる。
響子自身、心に傷を抱え、それでもセラピストの道を歩んでいた。そんな響子に、シャニダールを育てる植物学者、大滝は魅かれていく。花を宿した女性達も、それぞれ個性的だ。親に見捨てられ心を閉ざしたミク。大滝にかなわぬ恋をするユリエ。自分のことよりも周囲の人々を気にかけてしまうハルカ。
印象に残ったのは、黒木華演じる響子の静かな言葉だった。
「心に空いた穴を埋めるために、花を咲かせるの」
花を宿した女性達の心に広がった穴は、しかし花で埋められたのだろうか。映画館を出ても、もやもやとしたものが胸に残っていた。

だが映画を観た帰り、夕暮れの田んぼに囲まれた農道を車で走っていて、ふとこれから広がっていくであろう夜の闇に思った。
「人の心に空いた穴は、どうやっても埋められないものなんだ」
それがストンと腑に落ち、しんとした心持ちになった。
「だからこそ、その穴を埋めようと、みんな必死に生きているんだ」
しんとした心持ちのまま、闇を抱え始めた田んぼを眺め、アクセルを踏んだ。
  
映画館入口には、まだ七夕飾りがありました。
シャニダールの花をイメージした、炭酸ドリンクを飲みながら。
小さな映画館で、ひとりのんびりと映画を観るのが好きです。

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よそ見することに必要性を感じる時

名古屋は暑かった。いや。名古屋に行った訳ではない。夫の実家、神戸にふたり帰省していたのだ。
山梨から神戸に行くには、一度長野の塩尻まで出て、特急しなのに乗り名古屋まで行く。そのしなのを降り、夫とわたしは顔を見合わせた。
「なに、これ?」「この暑さは、ないよね?」
サウナ顔負けの熱気に、身体じゅうの汗が流れ落ちるのが判る。乗り換えの時間は10分しかないが、十二分に汗をしぼり出せるサウナ効果。
名古屋が日本一の暑さという訳ではないことは知っている。だが、あの駅のホームは、もしかすると日本一、いや、世界一の暑さかもと疑ってしまうほど暑かった。駅のホームでの暑さ比べオリンピックをしたら、名古屋がダントツ金メダル決定なんじゃないかと、顔を見合わせたのだ。
(このオリンピックネタは、作家、伊坂幸太郎がよく使うものです)

しかし、その名古屋のお陰で、わたし達はその後の時間を、ほんの少し楽に過ごすことができた。たとえば新大阪で。
「涼しいね、名古屋より」「ほんと、涼しい。名古屋に比べたら」
新大阪も十分暑かったのに、の会話だ。また、神戸の実家のある駅で。
「涼しい、名古屋よりは」「だね。名古屋じゃなくてよかった」
今自分が立っている場所よりも暑い名古屋を経由してきたことで、ここはまだマシだという意識が生まれていた。

そうやって上を見たり下を見たりとよそ見することで、少しでも楽に生きられるのなら、それでよしとしてやり過ごす時も、また必要なのだ。

塩尻で買って、しなので食べたお弁当。最後の一つだったので夫と半分こ。
しなのはかなり揺れるので、酔わないように食べてすぐに爆睡しました。

マジ暑かった新大阪駅。それでも新大阪が名古屋じゃない幸せ、感じました。

神戸、三ノ宮『生田神社』も、真夏日。
汗だくになった夫に頼まれ、ユニクロにポロシャツと短パンを買いに行き、
三ノ宮をさまよい歩きました。ケータイの地図には在るのに、
在るはずの場所に、ユニクロが見当たらない(涙)
もう、方向音痴オリンピックで、金メダルを目指すしか道はないかも。

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一歩近づいて、人の温かさを知る

人との距離の取り方は難しい。
『パーソナルスペース』という言葉は、実際の距離を表しつつ、人と人との心の距離感をも指摘している。

文化人類学者エドワード・ホールはその距離感を4つに分類した。
○ごく親しい人に許されるのは、0㎝~45㎝。
○手を伸ばせば指先が触れ合うことができる45㎝~120㎝。
○手は届かなくとも容易に会話ができる1.2m~3.5m。
○複数の相手が見渡せる3.5m以上。

この分類がどうのという訳ではないが、人ごみに出ると実感する。自分は普通の人よりも『パーソナルスペース』が広いのだと。
電車に乗る際並んでいると、気づかぬうちにわたしの前に見えない道が出来ている。みながわたしの前を横切るのだ。気づいて後ろの人に迷惑かと前に詰めようかとも思うが、獣道のように出来てしまった道を無きものとするのは容易ではなく、人の波は絶えずわたしの前を横切って行くのだ。
人ごみを歩いていても同じことを感じる。自分では判らないほどの微妙な距離だが他の人より広く空いているのだろう。前を歩く人との間に入る人がいる。またその人とも距離を空けるので、そこにもまた誰かが入る。そうしてついさっき前を歩いていたはずの人は遥か彼方手の届かない場所に行っているのだ。
歩くのは速い方だ。それなのに起こる不可思議な現象。これは個性で片づけていいものなのかと、ふいに不安になる。

そして考えは及ぶ。同じく『パーソナルスペース』という言葉に含まれるもので、実際に一番難しいのは、人と関わる時の距離の取り方である。
家族や友人に対してもまた、自分は距離を取りすぎているのではないか。そんな不安を、いつも胸の奥に抱えてはいる。

夫の実家、神戸に帰省する際、迷いに迷って京都在住の尊敬する年上の友人にメールした。
「ランチしませんか? 京都まで行きますよ」
わたし的には『パーソナルスペース』を一歩踏み込んでみる挑戦だったのだが、友人は、そんなわたしの不安を笑い飛ばすかのように笑顔で迎えてくれたばかりか、心を尽くして京都を案内してくれた。短い時間だったが様々な意味でファイトをもらうことができた。一歩、踏み込んでみて感じたのは、人の温かさ。酔っ払ってハグした時とはまた違う、縮まる距離感が嬉しかった。

予約してくれていた京懐石『一の傳』の前菜。
大文字焼を描いた薩摩芋を見ても一つ一つ丁寧に作っているのがわかります。
細長い皿は『一の傳』の一の字形だそうで、そんな遊び心も楽しい!

西京漬けのお店だけあって、季節の魚キングサーモンが何とも美味でした。

暑いなか、案内してもらった生け花の池坊、発祥の地『六角堂』
「隣のビルから見ると六角の屋根がよく見えるの」ふたり上から眺めました。

いろいろ歩いてお茶屋さん『一保堂茶舗』へ。
ここでも大文字焼を模した和菓子が。コクのある冷茶を味わいました。

寺町通りや錦通りを歩き、最後はわたしの五十肩を気づかって、
なんと、おススメのマッサージ師さんの予約までして下さいました。
右手くん、だいぶ楽になったと喜んでいます。
神戸からの日帰り京都旅。とびきり素敵な旅になりました。

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青い尻尾のブルース・ジュニア

真夏日の昼間、郵便を取りに行くと、びっきーはよく眠っていた。
しかし彼がいつでも飲めるようにと置いてある水の中に、昼寝をしていない動くものがいた。まだ幼いトカゲだ。半身浴よろしく身体の下半分を水につけ、青い尻尾を揺らし、見るからに気持ちよさげだ。
「いい湯だなって、感じですか。(もちろん水だけど)」
わたしは、すぐに逃げるだろうと思いつつも、ケータイをカメラモードにし、シャッターを切った。
すると彼(?)は慌てた。するりと水桶から脱出するものとばかり思ったが、何枚か写真を撮るうちに出られないのだと判る。プラスチックの水桶を、登っては滑り、また登っては滑る。
「出られないのかぁ。いつ入ったんだよ?」
娘に聞くと、朝散歩に行った時にはいなかったと言う。
命綱になるかと草を垂らしたが、慌てていて逃げ惑うばかりだ。あまり触らない方が彼のためかと思ったが手で外に出した。すると慌てふためいている彼はわたしの手を登り肩まで行く。
「おいおい。何処まで行くんだよ」そっと地面に降ろした。
降ろしながら考える。自分の身長の2倍もある高さの桶にいて、這い上がろうと頑張っても出られないとしたら? 自分だったらどうするだろうか。
生きていれば、たとえ極々普通に生きていようとも、そんな古井戸のような深い穴に落ち、這い上がろうともがくことだってあるのだ。

14年ほど前に住んでいた川崎で、ヤモリをよく見かけた。そのなかの喉が赤いやつに、夫は名前を付けた。
「ロバート・レッドフォード」(赤いから)
それを真似て、わたしもチビトカゲに命名した。
「ブルース・ジュニア」(青いから)
映画『ダイ・ハード』以来、ブルース・ウィリスのファンなのだ。
「タフに、生きろよ!」
尻尾を揺らして石の影に消えたブルース・ジュニアに、小さく声をかけた。
  
身体半分、水につけて気持ちよさそう。 と思ったら、ツルン!
  
人間だぁ! 恐いよ! 恐いよ!    逃げようとしたけどまた、ツルン!
  
やっと外に出られた。     助かったぁ。暗いところはホッとするなぁ。
『ニホントカゲ』は、幼少期だけ尻尾が綺麗な青をしているそうです。
 美しい尻尾を切らずに、成長してほしいですね。

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隣の席の人の逡巡

世の中、夏休みだ。
この季節、特急あずさやかいじに乗ると、いつもと違った雰囲気に、否が応でも「そうか、夏休みか」と再確認させられる。酒を飲み大声でしゃべる宴会組が多くいる。小学生や幼児を連れた家族連れがまた多くいる。
わたしは、この移動時間を睡眠に当てるので、できればマナーモードでお願いしたいところだが、様々な人が乗る公共の電車での移動。当然我慢もする。
しかし、堪忍袋の緒が切れる直前までいくこともまた、けっこうある。先日も登山帰りだろうか。推定60代70代の男女4人が、シートを向い合せにして酒を飲み、競い合うかのように大声でしゃべり、高らかに笑い続けていた。
「もう少し、声を小さくしていただけませんか?」
と、何度言おうと思ったことか。

そんなわたしを止めたのは、前のシートに座る推定2歳の女の子だった。母親とふたり旅のようだ。その彼女が「まだ着かないの? まーだ? まーだ?」とぐずり出した。母親は静かな声で彼女をなだめている。
「もし、彼らに注意したら」と考えた。今は、ぐずり出した女の子の声は彼らの大声でかき消されているが、母親は、うるさいなぁと思っているであろうわたしが後ろに座っていることを負担に感じ、必要以上に子どもが静かにするようにと注意を払わなければならないだろう。
わたしは、彼女達の夏休みの旅が楽しいものになるようにと考え、大騒ぎする人生の先輩方に注意するのを止めた。自分のために我慢するよりは、誰かのために我慢する方が、自分を納得させるのがたやすい時もある。

袖すりあうも多生の縁。何も言わない隣の席の人だって、そういった逡巡をしているかもしれないのだ。

甲府駅にて、かいじ号の前顔。なんか、怒った表情してる?

横顔アップ。甲府の最高気温は、37℃ありました。

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それぞれに違う、時計の針の進み方

ウッドデッキで、オニヤンマを見かけた。
「トンボが、へんなとまり方してる」と、わたし。
「トンボの懸垂だね」と、娘。
ふたり、物干しにぶら下がるトンボを見て笑った。
大きいからオニヤンマだろうと調べてみると、やはりそうだった。ぶら下がる小休止の仕方もオニヤンマ独特のものだそうだ。8月に見られることが多いらしいと調べて気づく。暦は早、8月だ。ありふれた昨日と似たような今日を過ごしているうちに、季節は移っていく。

「時間の使い方、なのかなぁ」
わたしの時間はのんびり流れているけれど、1日24時間なのは、みな平等。のんびりいこう派のわたしは、同じ時間を過ごしても、人よりたくさんのことはできない。夫などを見ていると、わたしの倍の持ち時間があるんじゃないかと思うほど、あれもこれもと忙しくしている。性質(たち)なのだろうと思うが、ふと疑ってみたりもする。同じ1日のなかに居ても、実はひとりひとり持ち時間が違うんじゃないかと。

だが、たとえそうだとしても、それで損をしているような気分になるかといえば、そんなこともない。これだけ生きていれば、それぞれが持つ時計の針の進み方が丁度いいのだと判っている。ぼーっとしてる間に世界中の秒針が光の速さで回っているとしても、それさえわたしにとって必要な時間だと思える。

オニヤンマは、あまり休憩しないそうだ。すぐに空へと向かって行った姿は、少ない持ち時間を惜しんでいるようにも見えた。
トンボは前にしか進まない。トンボと同じく、針の進み方はそれぞれでも、時間が後戻りしないことだけは、みな同じだ。

腕を曲げてしっかりつかまっていましたが、懸垂はしていませんでした。
つい声を掛けたくなります。「五十肩になるなよー」
    
この季節、庭にはアップルミントの白い花や、桔梗が咲いています。

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便利だからこそ、まだスマホには変えられない

いまだガラパゴスケータイを使っている。
周囲でのスマホ率が上がり、みんながみんなスマホを使っているように思っていたが、現在丁度半々というところなのだそうだ。
ちなみに我が家ではスマホは夫のみなので、80%がガラケー。周囲というのはだいだいが友人で、久しぶりに会ってケータイを見たら「スマホにしたんだぁ」というパターン。普及が進んでいるのは確かなようだ。

食わず嫌いで、スマホに変えない訳ではない。しいて言えば、スマホが便利だからこそ、変えることができないのだ。
わたしの場合、これ以上ない大きな節約の味方がガラケーだ。今、月4千円に満たない料金。これがスマホに変えたら倍になるだろう。もともとの使い方にもよるのだろうが、なんと1年で5万円近く上がることになる。
パケ放題が必要のない使い方をしているわたしだって、スマホに変えたら便利なだけに、パソコンでやっているブログもfacebookも気軽に見たりかいたりするようになるはずだ。便利であれば使ってしまうのが人の性。というか、それを使わなければスマホにする意味はない。
大抵は、便利だからとスマホに変える人が多いなか、しかし、便利だからこそ変えられないという、わたしのような人もまた、いるのではないかと思う。

「まだまだ、よろしくね!」
いきなり電源が入らなくなり、修理から戻ったばかりの5年目のガラケーに挨拶しつつ、色を合わせたストラップを丁寧に取り付けた。

長生きするように、フクロウ達に応援してもらいました。
ブルーのフクロウは、新婚旅行で行ったバリ島で買った長生きくん。

「おーっ! ひらいた!」と、驚くフクロウ達。

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時間のバランスが崩れる不思議に出会って

明野サンフラワーフェスが始まった。
富士山、南アルプス、八ヶ岳を見渡せる町の北側の農道沿い、約20か所に向日葵を咲かせ、畑を開放する。町おこしにと始め、毎年行っている祭りだ。
自由に歩いたり写真を撮ったりと、家族連れやカップルなど観光客がにわかに増え、観光地周辺に住んでいるのだと実感する季節でもある。

週末、我が家のウッドデッキで10人程でのバーベキューをすることになり、向日葵咲く北側の農道沿いにある産直野菜売り場に出かけた。採れたてのトウモロコシや枝豆、トマト、茄子など、美味しい野菜で都会から来る客人達をもてなそうという訳だ。
車で5分の野菜売り場に行き、買って帰るだけなので、当然普段着の上、化粧も日焼け止め程度。びっきーとの散歩と何ら変わらぬ格好だ。早足で野菜を買い、バタバタと車に乗り、いつものスピードで坂を下る。
その間、何人もの観光客とすれ違い、または追い抜いた。

ふと、時間のバランスが突如として崩れたような不思議な感覚に陥った。早足で買い物をする通常モードのわたし。ゆっくりと向日葵を愛で、一歩一歩を大切にあるく人々。
せかせかしているつもりはなかっただけに、その微妙なスピードの違いは、わたしを驚かせた。気づかぬうちに早足になっている時には「のんびりいこう」と誰かが教えてくれるものなのだろうか。そんな不思議を感じ、また町の向日葵が、彼らの時間をゆったりと進めていることを嬉しくも感じた。

フェスに合わせて、綺麗に咲きました。
向日葵畑のホームページはこちら→北杜市明野サンフラワーフェス

大輪の向日葵もあれば、小さく咲いた向日葵もあり。

うっすらと八ヶ岳が見えています。
雲と八ヶ岳が、向日葵畑を眺めているかのようです。

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風鈴ひとり

涼しげな音色だと思ったら、末娘の部屋の風鈴だった。
「主はいなくとも、風鈴は鳴るんだな」と、夫。
彼女はこの春、大学入学とともに県外でひとり暮らしているのだが、学生生活は思いの他楽しいらしく、夏休みの帰省もいまだ日にちすら決まっていない。
だがこう暑くては、エアコンのない我が家では窓を開け放つしかなく、末娘の部屋も例外ではない。玄関でも、彼女が小学生だった頃に家族旅行した佐渡の無名異焼き(むみょういやき)の風鈴が音を鳴らしているが、焼き物らしい割りと落ち着いた音だ。
何処で買ったんだか、誰かに貰ったんだかわからないが、末娘の部屋の風鈴はガラスで、風が吹く度に高音の綺麗な音色を奏でてくれる。
音で涼を感じ、ガラスで作られた風鈴の揺れる姿にまた涼を感じる。日本の素晴らしい文化だ。

20年と少し前、東京は大田区に住んでいた。東京といっても隅っこで、都会という趣きではなかった。その町で上ふたりの子ども達は生まれた訳で、思い出せば様々な出来事が果てしもなく浮かんでは消え頭をよぎるのだが、風鈴売りの屋台が通って行くのを見かけた時のことは鮮明に覚えている。

風鈴は、ひとつふたつだと涼しげな音を鳴らすが、30や40の風鈴が、風が吹く度にカラカラカランと鳴り、屋台を引く振動でまたカラカラカランと鳴る音は、涼しげというよりはにぎやかで祭りのようだった。
様々な色形の風鈴が揺れる姿には涼を感じたが、またまるで祭りの人ごみのようだなとも思った。風鈴の人ごみ。人ごみを歩く人も、それぞれひとりの人であるように、たくさんのなかに置かれても風鈴でさえ個なのだと思えた。
売れて行った風鈴達は、末娘の部屋で揺れる風鈴の如く風に揺れ、何処かでひとり、凛と涼しげな音色を奏でているのだろう。
風鈴に涼をもらいつつ、遠い昔に見た風鈴売りと、家族から離れて個となり暮らす娘を思った。
   
末娘の部屋の風鈴には、昔ながらの金魚の絵が描かれています。
玄関の無名異焼きの風鈴は、金属が混じっているような音色。
風よ、吹け吹け!

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ぶらりと絵を観に

峠のギャラリー『歩゛ら里(ぶらり)』に行った。
近所に住むペーパークラフトのイラストレーター、小林さちこさんの個展を観に出かけたのだ。
『天使のプレゼント』と題された展示の作品約30点は、すべてが天使。
「世界の負のエネルギーを良い方向に変えていきたい。そんな思いを込めてライフワークとして創作している心の天使たち」だという。

絵を観るって、いいなとあらためて感じた。
作品の作り手は、様々な思いや意図を表現しようと創り上げているものも多いが、観る人によって受け取り方はそれぞれだ。
性別や年齢、好み、感じ方の違いや、また同じ人でも気持ちのバランスなどで、1枚の絵が全く違うものとして見えたり、心の違う場所に入ったりする。
絵にしろ彫刻にしろ、写真にしても映画にしても、詩だって小説だって、人が観て、あるいは読み、何かを感じる。それでようやく、作品は完成するのではないかと、わたしは勝手に考えている。

『歩゛ら里』で観た、天使たちの持つふわふわとした何かや、穏やかな微笑みは、わたしの心のかさかさしたしたところに、すっと馴染んで沁みていった。

北杜市は長坂町にあるギャラリー。夏の昼間でも涼しい天井の高い建物です。

絵ハガキでちょっと紹介。実物はもっと立体的で柔らかい感じです。
さちこさんのホームページはこちら→SACHIKO KOBAYASHI

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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