はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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招き猫の気持ち

新宿高島屋で、開運招福 招き猫「福の市」をやっていた。
ふらりと立ち寄ると、これがなかなかおもしろい。招き猫といっても、一匹一匹表情も仕草も違うのだ。もちろんスタンダードな形はあるが、展示品には個性的なものも多かった。

その個性に見入りつつ、ゆっくりと歩いて回った。
歩きながら胸のなかにあったのは、一体の招き猫。23年前に夫が会社を興したときに従弟からお祝いにと貰ったものだ。創業時からの社員がいないこともあり、引っ越しのたびに「それ、持っていくんですか?」などと怪訝な顔をされたりもするが、夫もわたしもとても大切にしている。何しろ創業時からともに働いてきた仲間なのだ。

展示された表情豊かな招き猫達には、命が吹き込まれているのかと思わせるような、心あるものの存在感が感じられた。
「何を、思っているんだろうか」
そう考えつつ歩くと、無表情に思えた招き猫にも、不意に意思があるように思えてくるから不思議だ。実際人形には、人とは違う形だとしても、何かを思う心があるのかも知れない。

会社をずっと見てきた招き猫は、何を思っているだろう。
それに限って言えば、判る。応援してくれているに決まっているんだから。
そんなことを考えていたら、声が聞こえた。
「福を招くのは、わたしじゃありません。あなたです。あなたが自ら扉を開けて、福を招き入れるなら、福はおのずとやってくるものなのです」

開運招福 招き猫「福の市」は、明日26日までです。
猫グッズも、たくさん販売していました。

日本各地の招き猫達が、おもしろかった。個性豊かです。

岩手。牡丹の模様に味わいがあります。

埼玉。赤い招き猫は、子どもの麻疹や疱瘡避けの意味があるとか。

京都。いっぱい福が来そうな感じ。

広島。大きな鯛に乗っかってる。

愛知。瀬戸市には『招き猫ミュージアム』があります。
そこの協力で開催された展覧会だそうです。

鹿児島。招き猫にも、しっかり眉毛がありますね。
手を高く上げているほど、遠くからも福を呼び、
左手は、人やお客を、右手は、お金を招くそうです。

現代アートも、展示されていました。

九谷焼の招き猫もありました。日本の美が感じられますね。

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おばんざいの木の芽

東京で、友人とランチした。ゆったり和食だ。
野菜がいっぱい食べられそうだと「おばんざい膳」を選んだ。イメージ通り、里芋の煮物やセリのお浸し、オクラ味噌、切り干し大根の煮物、牛蒡と白滝のきんぴらなど、いく種類もの野菜を楽しめた。
シルバーウィーク前半、バーベキューをし、自分でも信じられないほど肉を食べた。身体じゅうにパワーがみなぎり、やっぱり肉を食べなくっちゃと思った。しかしそれから、野菜が恋しい季節となったのだ。身体は、自然と必要なものを欲するものなのである。

そのおばんざいの里芋の煮物に、木の芽が載せてあった。木の芽は新芽でやわらかく香りがよかった。
「庭の木の芽、山椒の葉っぱは、もうすっかり硬くなっちゃったのに」
こうして季節を問わず、作っている人がいるんだなと、つんとした香りを楽しみつつ感心した。
普段は野菜売り場を歩き、冬でもトマトや胡瓜が買えることに違和感さえ持たない。だが、庭の木となるとぐんと身近で、旬の季節もはっきりと判り、こうして驚かされたのだ。知っていながら忘れていることの多いこと。
そう考えてやっと、里芋も、大根も、牛蒡も、オクラも、セリも、いいものを作ろうと丹精込めている作り手がいるのだと思い出す。

京都のおばんざいは、お番菜とかくのが一般的で、番の字には「常用、粗品を示す」意味があるらしい。普段のおかずということなのだろう。
久しぶりに目にした「おばんざい」という言葉に、その味に、普段のおかずにも、もっと心を配ろうと思った。素材ひとつひとつにも、心を寄せつつ。

冷奴が最初に出てきました。粗塩でいただきました。

お漬物3種類とちりめん雑魚は、おかわり自由。

「おばんざい」という名の通りのおかず。厚焼き卵はちょっと甘め。

赤出汁の具、大根や牛蒡が大きい! 煮ものくらいの大きさでした。
今度やってみよう。と新しい風を食卓に吹かせるのも外食のいいところ。

ご飯はもちもち。もう新米だったのかなあ。

丸の内オアゾ6階『蔵人厨ねのひ』でのランチでした。

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『祈りの幕が下りる時』

東野圭吾の加賀恭一郎シリーズ最新刊『祈りの幕が下りる時』(講談社文庫)を、読んだ。加賀恭一郎とは夢中になった時期を経て、 久しぶりの再会だ。

日本橋署の刑事、加賀に、従弟で警視庁捜査一課の松宮から連絡が入った。担当の殺人事件に加賀の知人が関係しているという。アパートで絞殺された女性は、直前に演出家、角倉博美と会っていた。加賀は数年前、博美に子役の剣道指導を頼まれたことがあり、細く長く交流を続けていた。
行方不明の男が借りていたアパートのカレンダーには、月ごとに日本橋を囲む12の橋の名がかき込まれていた。それを聞き、加賀は驚愕する。小学生の時に家を出たまま行方知れずになっていた加賀の母親の遺品に、それと同じ順に並べられた橋の名のメモが残されていたのだ。以下本文から。

「今年の一月、柳橋に行かれたみたいですね」
「はっ?」博美は眉根を寄せていた。「柳橋? 何のことですか」
「行っておられない? おかしいな」
加賀は手帳を出し、中を広げて首を捻った。
「どういうことでしょうか」
「いや、今年の一月、柳橋の近くであなたを見たという人がいるんです。あなたに間違いなかったとおっしゃっているんですがね。一月の何日かは覚えていないそうですが。よく考えてみてください。お忘れになっているんじゃないですか」
加賀は、じっと博美の目を見つめながら訊いた。博美は目を合わせたまま口元を緩め、小さく首を振った。
「いいえ、そんなところには行っておりません。柳橋なんて、近づいたこともありません。その方は誰かと見間違えたんですよ」
加賀は頷いた。
「そうですか。あなたがそうおっしゃるんだから、その通りなんでしょう。失礼しました。もしあなたが一月に柳橋に行っておられたら、橋巡りの法則について何かご存じかと思ったのですが」
「橋巡りの法則? 何ですか、それ」
「こういうものです」加賀は手帳を広げ、博美のほうに向けた。
そこには『一月 柳橋 二月 浅草橋 三月 左衛門橋・・・』というように十二の月と橋の名称が並んでいた。

この物語のテーマは、親子の愛。「愛」と一文字で呼ぶことすらためらってしまうような、強い想いが深く沈められていた。加賀は、殺人事件と母親のもとに残されたメモの謎を解くため、一つ一つの疑問を辛抱強く解き明かしていく。真相は、数え切れないほどのベールに包まれていたが、彼があきらめることはなかった。そんな加賀にも理解し得ない気持ちもある。恋仲になった看護婦の登紀子から訊かされた、死を間近にした患者の話が印象的だった。
「子ども達の今後の人生をあの世から眺められると思うと楽しくて仕方がない。そのためには肉体なんか失ってもいい」
愛する人が死んだあと、最期はどういう気持ちだったのか、辛さや淋しさに耐えかねて死んでいったのか。知りたくても、あるいは知りたくなくても、永遠に知ることはできないそれを、考え続けていくのは残された者にとってとても辛いことだと思う。それでも加賀は、一歩ずつ母親の最期に近づいていく。彼は彼のやり方で、深く母を愛していたのだ。

シリーズ10冊目にして、吉川英治文学賞受賞作です。
日本橋の謎を解いた加賀は、警視庁捜査一課に戻ります。
次、11冊目、早く出ないかなあ。

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ほおずき、鬼灯、フルーツホオズキ

いつもは行かないスーパーで、フルーツホオズキが売っているのを見かけた。以前、寿司屋でデザートにと出され口にしたことがあり、不思議な美味しさという印象だったので目を留めたのだ。見れば、血中コレステロールを下げ動脈硬化や脂肪肝の予防効果大のスーパーフードとある。試しに買ってみた。

「珍しいでしょ。身体にいいらしいよ」
シルバーウィークに遊びに来た夫の友人と夫に出す。ふたりとも、お酒は好きだけれど身体のあれこれが気になるお歳頃。味も珍しいが効能の方に魅かれているようにも見えた。トロピカルな甘さという表現が、曖昧なようで的を得ている。瑞々しいがトマトほどの水分はなく、実はしっかりして甘酸っぱい。香りにはパパイヤやパイナップルを連想した。

調べてみると、最近注目のフルーツらしい。名前がたくさんある。
フルーツホオズキのほか「ストロベリートマト」「ほおずきトマト」「オレンジチェリー」など。「恋どろぼう」「太陽の子」と名づけ販売している生産者さんもいるようだ。英語でほおずきは 「ground cherry」畑のサクランボ 「Chinese lantern」中国のランタン「husk tomato」殻つきトマトなど、やはり似たような呼ばれ方をしている。ほおずきの漢字は「鬼灯」赤く怪しげな提灯の意味。中国のランタンとイメージは同じだ。そのほか「summer cherry」「golden berry」などと呼ぶ国もあるそうだ。

新しく生まれたフルーツ。あちらこちらで名づけ親がいて、様々な呼ばれ方をしているのがおもしろい。子どもが生まれれば家族が名前をつけるけれど、フルーツホオズキに名前をつけた生産者さんも、大切に育てた子どもの名前を考えるような気持ちだったのかなと想像する。どっちかというと、箒星を見つけた人が名前を考えるのと近いものがあるかも知れない。
個人的には、鬼灯という漢字が趣があって好きだな。わたしだったら、何て名前をつけるだろう。そんなことを考えつつ、黄色くまあるい実を味わった。

市内は大泉町の農場チュトワで作ったという、フルーツホオズキ。
もっと入ってたんだけど、味見後に写真を撮りました。

実を包んだ殻の形に、味がありますね。

まん丸の実は、薄い黄色をしています。

トロピカルサラダということで、アボカド&トマトサラダにしました。
これ、すごく美味しかった! いくつでも食べられそう。

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蛙の待ち時間

洗濯物を干していて、物干し竿の上にけろじを発見した。
ウッドデッキから2mほどの高さ。よく登ったものだと感心しつつ、椅子に乗りカメラを向ける。カメラを向けても微動だにしないけろじが多いなか、彼はふわっと顔を上げた。羽虫が接近したのだ。
「そうか。ここで待っているんだね」
邪魔者は退散と、すぐに椅子を降りた。
その後2日間、けろじは物干し竿の上にいた。羽虫はたくさん食べられたのだろうか。待ちぼうけを食って、場所替えをしたのだろうか。けろじの姿は見かけても、虫を捕らえる瞬間は見たことがない。人間がいては気も散るだろうし、捕獲も難しいのかも知れない。

アマガエルの寿命は、長生きすれば10年生きる者もいるようだが、4~5年ほどだそうだ。その間、こうして獲物を待っている時間はどのくらいに当たるのか。何を思っているのか。過去や未来などの概念を持っているのか。はたまた、待つという意識すら持っていないのか。
考えているうちに雨が降り出し、蛙の時間に気持ちが寄り添っていく。
雨粒が、林の風景を斜めに切断しながらストライプ模様を作っている。水たまりのなかで揺れていたヤマボウシの葉が、地面に広がる空へと伸び始める。物干し竿からゆっくり落ちるしずくは意外と大きく、見つめていると大小の感覚が揺らいでいく。空気中の水分の多さに呼吸がしづらくなり、霧の海を泳いでいるような心持ちになっていく。

彼らにとって待つことは、食べることであり生きることなのだと知っている。だけど本当のところは、何も知らないのと同じだ。

物干し竿の上に乗っかっていた、けろじ。ちょっと貫禄あり。
この鳴き袋の大きさからすると、たぶんオスかな。

ウッドデッキの薪置き場の上にも、乗っかっていました。

薪のなかにも、目を凝らして探すと、けろじの姿が。

ウッドデッキに置いたテーブルの下がお気に入りの子もいます。

硝子のテーブルの上にも、上がってきました。

けろじ、笑ってるんだよね? 楽しいことあったの?

雨上がりの朝、生まれたてっぽいけろじがいました。可愛い~。

やっぱり性格もそれぞれ違うんだよね。この子はちょっと怖がりさん。
わたしを見るなり、壁にのぼって行ってしまいました。

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熱い珈琲が美味しい季節

夏の間、珈琲をドリップすることはなかった。
アイス珈琲は、インスタントで済ませている。ネスカフェのゴールドブレンドが、インスタント珈琲のなかでいちばん好きだ。簡単で喉を潤してくれるアイス珈琲に、汗にまみれた夏の日、癒されたことは数知れない。
久しぶりに淹れた、夏を茶筒(珈琲豆用)で過ごした豆の珈琲は、確実に新鮮さを失っている許容しがたい味がした。珈琲は、生物なのである。酸化してしまったことは明らかで、残念だけれど新しい豆を買うことにした。

焙煎したての豆を購入し、ミルで挽く。挽く手に伝わってくる感触も、古い豆とは違っている。湯を落とした瞬間に広がる香りも、全く違う。カップを鼻先に近づけたときにくすぐられるような香ばしさも、口に含んだときのやわらかい酸味と苦みも、新鮮さに満ち満ちている。
ひと口飲んで、ほーっとため息をついたと思ったら、
「美味しい」
ため息と一緒に、言葉がこぼれ落ちた。いつになく、ホッとした気持ちになったのだ。そんなとき、言葉というものは自然にこぼれるものなのだろう。
熱い珈琲が美味しい季節が、ふたたび巡ってきた。
秋。読書の秋。芸術の秋。物思いにふける秋。珈琲の香りが、もっとも似合う季節かも知れない。

封を切ったばかりは、キッチンいっぱいにコーヒーの香りが広がります。
いつもの珈琲問屋で、目の前で焙煎してもらって購入しました。

たまには違うカップにしようかな。右のカップは、何年か前の誕生日に、
夫に貰ったものです。森下慎吾ちゃん作。

欠けてしまったところも、慎吾ちゃんに金継ぎしてもらいました。

煎りたて挽きたての珈琲は、膨らむなあ。いい香り。

やっぱり焙煎したての珈琲へのこだわりは、捨てられないなあ。
さて。珈琲を入れてから、まず最初にすることは何でしょう?
答 → キッチンの電気を消す。ここまでが一つの作業になっています。

トイレの写真で失礼します。消臭剤代わりに古い珈琲豆を置きました。

庭のアップルミントも、消臭剤代わりによく飾ります。

気が向いたときにお香を焚きます。それだけで消臭剤はいりません。

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舞台『アヒルと鴨のコインロッカー』

伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間と芝居を観に行った。
伊坂原作の舞台『アヒルと鴨のコインロッカー』だ。

場面は、椎名が河崎と本屋に向かう車のなかから始まった。
「一緒に、本屋を襲わないか?」
椎名は、大学生活を始めるためアパートに越してきたその日、隣人である河崎という男に誘われた。元気がない外国人の友人のために広辞苑を盗もうという計画だ。何も盗まなくても、と口ごもる椎名に河崎は言う。
「シャローンとマーロンの話を知っているか?」
河崎は、話し始めた。
「シャローンは、煉瓦色のアパートの5階に恋人のマーロンと住んでいた。シャローンは部屋の窓から外を見下ろすのが好きだった。いつもマーロンが帰ってくるのをそこから見ていた。ある雨の日、シャローンは窓から顔を出していると、下に子猫がいることに気がついたんだ。ずぶ濡れの子猫だ。シャローンは、マーロンにこう言った。『あそこで濡れている子猫が欲しい。ここから見える、あの雨に濡れたかわいそうな子猫が』マーロンは、すぐに部屋を飛び出した。そして猫を抱えて戻り、びしょびしょの猫を綺麗に拭いてシャローンに手渡した。ところがシャローンは怒った。『わたしが欲しかったのは、ここから見た雨に濡れた可愛そうな子猫よ。今ここにいるのは、あなたに抱かれた濡れていない可愛い子猫でしょ。わたしの欲しかったものじゃない』そうして二人は別れ、マーロンは子猫と仲良く暮らしましたとさ」
訳が判らないという顔の椎名に、河崎が言う。
「シャローンにとっての猫と同じさ。俺は広辞苑をプレゼントしたい訳じゃない。本屋を襲って奪った広辞苑が欲しいんだ」

このストーリーのテーマは重い。外国人への無意識下の差別、動物虐待、宗教による考え方の違い、死と輪廻転生。その重さを受け止めながら、わくわくと楽しめる伊坂幸太郎の小説はすごいとあらためて思う。
舞台では、シャローンとマーロンの話が、歌っている訳ではないのにミュージカルのようにも感じられ、「裏口から悲劇は起こる」や「ブータン人は代用品で誤魔化すのが得意」とか、伊坂の文体そのままの洒落た文句も効いていて、やはりテーマの重さをきちんと据えたうえで、舞台だからこそ楽しめる演出になっていた。伊坂がかいたセリフが散りばめられた生の芝居は、とても人間味が感じられた。

仲間とは、久しぶりに会った。
軽くイタリアンを食べながら「アイス珈琲だと思って飲んだらコーラだったとき」(『チルドレン』)や「映画で表現されなかった小説『グラスホッパー』の好きなシーンそれぞれ」や「『重力ピエロ』と『オー!ファーザー』の映画で好演した岡田将生くんについて」など、とりとめもなくしゃべった。同じ作家が好きな仲間がいるというのは、しみじみとふつふつと楽しいものである。
そう言えば、スイカロッカーができ始めた頃「これはコインロッカーじゃない!」と彼女と熱く語ったものだったなあ。

入口に展示してあったチラシです。

中野駅から歩いて5分の『ザ・ポケット』での公演でした。

小説です。映画はもう9年も前に公開されたんだっけ。
そういや濱田岳くん、18歳だったー。

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どんぐり、どたんばたん

どんぐりが、屋根を叩いて落ちていく。
風情があるというには、派手な音だ。屋根が瓦ではなく金属だからなのだろう。庭からも、また違ったどんぐりの音が聞こえる。軽トラの荷台に落ちる音だ。こちらも金属なので、けっこう響く。どんぐり、ころころならぬ、どんぐり、どたんばたんである。

先週辺りから、どたんばたんとよく落ちる。この季節だけのことなので、うるさいけれど、さほど気にはならない。不思議だなと思うのは、どんぐりが落ちる音を聞き、それまで閉まっていた耳の扉が開くことだ。聞こえていたのに聴いていなかった音が、どんぐりが開けた扉からいっせいに入ってくる。堰を切ったかのように。
蛙が鳴く声、蝉や秋の虫達の声、野鳥達のそれぞれの鳴き声、堰を水が流れる音、風が木々を揺らす音、そして、どんぐりが屋根ではない場所に落ちるカサコソという音も。

耳に扉があったとて、それを閉めることはできない。それなのに無意識のうちに、その扉は閉まったり、突然大きく開いたりする。何かに集中していたり、ぼんやり考え込んでいたり、耳は聞こえていても、心が何処かへ行ってしまっているのだろう。
リビングで仕事をしているときに、どんぐりが開いた扉からいっせいに入ってきた様々な音に、しばし耳を澄ますのは、悪くない感覚だ。

軽トラの荷台に落ちたどんぐり達です。

隣りの林は、どんぐりだらけ。クヌギ林ですから。

朽ちていくばかりの切り株オブジェにも、落ちていました。

これが、派手な音を鳴らす玄関の屋根です。

足もとを見ると、キノコさん。何茸さんかな?

庭のウドの花。大木になりつつある?

田んぼの畦には、あちらこちらに彼岸花が咲き始めました。

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キイロスズメバチの巣作り

ご近所さんの玄関先に、キイロスズメバチが巣を作った。
触ろうと思えば届くほどの位置なので、見兼ねた夫が駆除した方がいいと言ったのだが、ひとり暮らしの彼はただ笑うのみ。全く怖がっている様子はなく、むしろおもしろがっているようだ。ペットにしては危険を伴うが、何処か可愛がっているような感じもある。
巣はまだ製作中のようで、日々大きくなっていく。写真を撮らせてもらったのだが、蜂達はとても活発に作業をしていた。

近くで見ると、キイロスズメバチの巣は、とても美しい。マーブル模様とも、貝殻模様とも言われているが、何匹もの働き蜂が様々な素材を集め、巣作りをすることで色の濃淡ができるのだそうだ。こつこつと同じ作業を繰り返し、積み重ねていく作業だ。
「どんな気持ちで、巣を作っているんだろう」
しばし、蜂達の作業を見つめた。
「楽しそう」
ふっと自分の口からこぼれた言葉に、驚く。
近くで見るまでは、働き蜂は働かなくてはならず苦行を強いられているような感覚を持っていたのだが、じっと見つめていたら、そうは思えなくなった。
美しく機能的な巣を作るために試行錯誤し、ベストを尽くしている職人のように見えてきたのだ。
「そこのラインは、もっと薄いベージュがいいかな」
「そこ、ブラウンが重なっちゃってるじゃないか」
「そっち、もっと盛った方がラインが滑らかになるよ」
などと会話してる訳ではないだろうが、きびきびと働く蜂達の姿は、いかにも楽しそうに見えた。
その姿を見て、無心に何かを積み重ねていく作業って、じつは楽しいんだよなと、忘れていたことを思いだしたような気持になったのだった。

キイロスズメバチの巣は、球形がスタンダード。
こんなふうに平らなのは珍しいのだそうです。

アップにしてみました。美しい模様がよく見えます。

右側が玄関で、巣の下はウッドデッキの出入り口です。
だいじょうぶなのかな? 心配なんですけど・・・。

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電車に乗って

普段、車にばかり乗っているので、たまに電車に乗ると新鮮な気分になる。
電車を使うのは遠出するときがほとんどなので、指定席を間違えないように何度も確認したり、駅弁やお茶を選んだりしながらも、周囲の人々を知らず知らず観察していたりする。そわそわ、というところまではいかないが、いつもは使っていない扉を開けたような、新しい空気に触れたような感じがするのだ。

老若男女、いろいろな人がいる。持ち物も服装もそれぞれだ。
赤ん坊が泣いていれば、お母さん、周りの人に申し訳ないって顔してる、たいへんだなと思ったり、座席に誰かの忘れ物のハンカチがあれば、その隣に座っている人や座ろうとした人に目がいったりする。この間、全く同じガラホを持っている女性がいて、ちょっとうれしくなった。ガラホの使い勝手の悪さと料金の安さを秤にかけて選んでいるのだから、何処か価値観が似ているところがあるかも知れないとも思うが、ストレートヘアに真っ黒なベースボールキャップを被ったスポーティな雰囲気は、わたしと正反対のようにも思えた。

お年寄りや妊婦さんに席を譲ることはあっても、わたしから、そうして気になった人に声をかけることはない。そんなとき、想像してみる。あの友人だったら、どうするだろう。あるいは、あの人だったら? と。
「たいへんねえ」と笑いかけ、赤ん坊をあやす姿。
「落としませんでしたか?」と、ハンカチを指さす姿。
「同じガラホ!」と、意気投合する姿。
わたしにはできないそんなことをするであろう友人の姿を思い浮かべて、思わず一瞬笑顔になり、それから少し淋しくもなる。
人との繋がりが希薄になった現代では、わたしのような人がほとんどだろう。それでも、友人のようにお節介と言われることをいとわず誰にでも親切にできたら、またほかの友人のように飛び切りの笑顔で誰にでも話しかけられるようになれたらという気持ちは、わたしのなかにいつもあるのだ。

電車で食べた、駅弁を紹介します。
神戸帰省で、狐のお顔に魅かれて買った、きつねの鶏めし。
義母のマンションの近くにある、淡路屋さんの駅弁です。

黒七味をかけて食べます。左上三角の味が染みたお揚げが美味。

これも蟹の絵に魅かれて買った、山陰鳥取かにめし。
鳥取はアベ鳥取堂の駅弁。蟹寿司を出しているお店です。

シンプルなお弁当。ハサミには蟹肉がちゃんと入っていました。
何故、福神漬けがついているんだろう。蟹の形の容器は、
環境にやさしい自然分解樹脂で、できているそうです。

鳥取の観光案内が包みの裏側に載っていました。行ってみたいな。

石狩鮭めし。北海道札幌は弁菜亭の駅弁です。
大正12年からのロングセラー弁当だそうです。
骨までやわらかく煮えた鮭の昆布巻きが、美味しかった。

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『花の鎖』

湊かなえの小説『花の鎖』(文春文庫)を、読んだ。
主人公は、3人の女性。梨花、美雪、紗月。それぞれに悩みを抱えている。
両親を亡くし仕事も失った矢先に祖母が癌で入院した梨花。死んだ母に毎年贈られてきた花束の送り主「K」を探す。以下本文から。

「そういや、俺もKだ。Kの正体が俺だったらどうする?」
「花の送り主が花屋? 匿名にする理由は?」
「それだ。年賀状を実名で送ってくる人が、花を贈るときだけ『Kより』なんて書かないよな。昔の話に名前がよく出てきたのに、手帳に名前が載ってない人とか思い当たらないのか?」
「全然。ママってそういう話を全くしない人だったから。今度はどこへ行こう、何をしようって先のことばっかり。パパとのなれそめを訊いても、どうだっけ? とか本当に憶えてなさそうだったし。パパもそういう人だったから、なおさらなんだろうね」
「ばあちゃんはどうなんだ? きっちりしてるじゃないか。一緒に住んでいる娘にあんな大きな花が届いたら、誰からか訊くんじゃないか?」
「もちろん、ばあちゃんにも訊いたよ。Kの秘書が来たときも一緒にいたんだから。そうしたら、見ず知らずの他人とも強い絆で結ばれていることがある、なんて、正体を詮索する気はないような言い方された」

結婚して3年の美雪。悩みは子どもができないこと。それさえ優しく受け止めてくれる夫だが、彼の仕事に陰りが見えてきた。以下本文から。

「和弥さん・・・」
話してくださいとは言えません。私と陽介さんはいとこ同士です。けれど、私は和弥さんの味方です。信じてください。そんな思いを込めて、和弥さんを見つめました。
「・・・あとは全部俺がやる、だってさ」
「どういうこと? 選ばれたのは和弥さんが応募した図面なんでしょ。陽介さんにそんなことを言う権利はないわ」
「権利はあるさ。知らないうちに名前が書き換えられていた。最終候補に選ばれたのはうちの事務所名義で応募した作品。代表者は、陽介だ」

バイトをしながら好きなイラストを描き、昔の恋人との辛い思い出を忘れようと、一人で育ててくれた母と生きる紗月。以下本文から。

母が誰かに相談や頼み事をしている姿を見たことは一度もなかった。小学校低学年の頃、母が熱を出して寝込んだことがある。誰かを呼んでこようかと駆け出そうとしたのに、母は一人で大丈夫だから行くなと言った。
「お母さんは一人で大丈夫だから。寝込んだら誰かに助けてもらえるなんて、体が覚えてしまったら、一生起き上がれないわ」
それを聞くと、自分も他人に頼ってはいけないような気がした。

3人の女性達は、花で鎖を編むように、花の記憶で繋がっていた。読み進めるうちにその鎖がほどけ「K」の謎が解けていく。
花は誰のためでもなく咲いているのだが、その可憐な姿は人の心に様々な変化をもたらす。人の心が動いたとき、それは記憶として残っていくのだろう。
コマクサの花を探して、八ヶ岳を登るシーンが印象的だった。いつも観ている八ヶ岳に、高山植物の女王と呼ばれる花が咲いていることを初めて知った。
日々漠然と眺めている山々だが、知っていることはほんのわずかなのだ。

子どもの頃に編んだ、シロツメクサの花冠を思い出すような表紙。
デビュー作『告白』が黒なら『花の鎖』は白。解説、加藤泉の言葉です。

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失くした文殻

便箋に手紙を綴ることは、今はもうほとんどない。
あるとすれば、子ども達に送る宅配便に一筆箋を添える程度だ。それさえも書き損じ、お気に入りの一筆箋をムダにしてしまうことも多い。メールに慣れ、字をかくことすら少なくなっているのだ。

何もかいていない一筆箋や便箋は、風ひとつ吹かない陽だまりで眠る水たまりのように穏やかだ。だがいったん一文字でも文字をかき込むと、その穏やかさは一瞬で消え、心のしずくを落としていくかのように、一筆一筆水たまりに波紋が広がる。まだ意味をなさない文字の羅列であっても、そこには心のしずくの跡がついていて、書き損じたものを丸めるときにさえ消えない。そんなことを考えていたからか、心のしずくの跡がついた書き損じ、それを「文殻」というのだと、ずっと思っていた。伝えたいことが伝えたいように表現できず、書き損じを重ねた文の残骸のイメージだ。

しかし「文殻」の本来の意味を、つい最近知った。デジタル大辞林によると
「読み終わって不要になった手紙。文反故(ふみほご)」
書き損じではなく、ちゃんと相手に渡り、読まれた後の手紙のことだった。貝殻の殻の字が使われていたことで不要な物だと思い込んでしまったのだろう。

先月、パソコントラブルでこれまでのメールがすべて失くなった。「文殻」だったので問題はないのだが、少し淋しい気がした。メールをかくときにだって、心のしずくは落としているし、誰かの心のしずくを拾ったりもしているのだ。だが、断捨離をしたようなすっきり感もあった。過去をすべて忘れるのがいいとは思わない。だけど失くした分だけ軽くなったからか、不思議と力が湧いてきて、今とこれからを生きていこうっていう気持ちになったのだ。

一筆箋達です。いちばん左が市内にある『平山郁夫美術館』のもの。
右側のツツジは、信州ビーナスラインのお土産です。
ツバメ達はいちばん右の封筒についていたメッセージカードです。

『平山郁夫美術館』は、カレンダーも素敵なんです。
7月は、ベネツィア。水路のある風景。

8月は『ロミオとジュリエット』の舞台となった街、ベローナ。

9月は、フィレンツェの街並みです。

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みどり、緑、ミドリ

ネイルを、更新してもらった。
迷った末に選んだ色は、白ベースに明るい緑。濃い緑のストーンも入れてもらった。じつは緑には、一度失敗したことがある。気に入って買った濃いグリーンのTシャツを着て出かけると、出先の鏡に映った自分がどうにも顔色が悪く見え、この色との相性が悪いのだと知ったのだ。緑にもいろいろある。もちろん緑色全般との相性が悪い訳ではないとは知っている。だが一度目の失敗の印象が強いと、臆病になってしまうものである。緑色。ネイルでは初めての挑戦だ。肌の色との違和感もなく、とても気に入っている。
そのうえ、思いがけずいいこともあった。期待していた訳ではないがこのネイルに変えてから、パソコンのキーを叩きながら、包丁を持ちながら、洗濯物を干しながらちらちら見える緑に、気持ちが和らぐのが判るのだ。
緑には、リラックス効果があるそうだ。太古の昔に外敵から身を守るために緑の茂みに隠れた記憶が残っているとも言われているらしい。

みどり、緑、ミドリ。見渡すと様々な緑色が目に入ってくる。この季節、我が家の居間では三方にある窓から木々の緑が見える。その色も、木によって、あるいは光の加減によって、違っている。
ふと、ずいぶん長いこと思い出さなかった記憶がよみがえった。
「綺麗な若草色ねえ」
子どもの頃、何度も聞いた母の言葉だ。母は、明るくやわらかい緑、若草色が好きだった。太古の記憶と、母の記憶。わたしのなかには、緑色に気持ちが和らぐだけの記憶があるのかも知れない。

白ベースに明るい緑を散らして、濃いグリーンのストーンを入れて。
ゴールドで縁どると、アジアンテイストな雰囲気が出ますね。

庭にも様々な緑があります。アップルミントはまさに若草色。

ポストの上には、ミントとよく似た色合いのカマキリくん。

イチイの緑は、ミントより濃い目ですね。赤い実が似合う色。

柊には、けろじがかくれんぼ。保護色なんだよね。

同じアマガエルでも、みんな違う色をしています。

モミジには空き家のハチの巣がありました。ごく薄い黄緑色。

ドウダンツツジに、仮面ライダー発見!

山椒は赤い実がはじけて、艶やかな黒い種が顔を出していました。

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庭の栗の栗ご飯

週末の土曜、庭の栗を収穫した。豊作である。
日曜の朝食に、栗ご飯を炊こうということになった。仕込みをするのは夜だ。
「一緒に剥くよ」と言ってくれた夫だが、夕方ご近所さん宅で飲み、酔っぱらって帰ってきた。鬼皮は栗剥き器で剥いてあったので、あとは渋皮を包丁で剥くのみ。
「酔ってるんでしょ。包丁持つのは危ないよ」
そう言って、彼の申し出を退けた。
夕食後、テレビを観ながらのんびりと栗を剥く。大粒の栗だったので、ふたり分の2合なら12個もあればいい。手を傷めることもなく、特に負担に感じもせずに剥けた。

だが翌朝炊きあがった栗ご飯を見て、ある疑問が浮かんだ。
夕べは、彼がビール持参でご近所さん宅に行ったので、わたしもキッチンドリンカーよろしくビールを空けて料理していた。そして風呂上りにまた1杯。夕食時にまた1杯。夫が開けたワインまでともに美味しく飲んだ。
「自分だって、じゅうぶん酔っぱらってたじゃん」
包丁を使い慣れているという自負もあったかと思うが、夫には危ないと言っておきながら、自分の状況は見えていなかったのだろう。

しかしそれ以上に、自分のことならなんとかできるという気持ちがあったのだと思う。夫が怪我をした場合、自分には判らない痛みや感情やそれに付随する諸々のことが発生し、わたしにはそれを把握することができない。そのことへの不安の方が大きかったのだ。
幽霊だって、どんなものであるか判らないからこそ、怖いのだ。
「わたしって、案外、臆病なのかも知れないな」
ほっくり炊けた栗ご飯に、自分自身の知らなかった側面を見た気がした。

ドングリが小さい訳じゃなくて、栗が大粒なんです。

炊けたー。お釜のなかでも、栗が粒の大きさを主張しています。

なめこ、若芽、油揚げ、大根に茗荷の味噌汁、塩鮭、モヤシとニラのナムル。
そして栗ご飯。ちょっと贅沢な日曜の朝食です。

甘い! ほっくほく。←ありきたりな表現だなあ。でもそうなんだもん。

ご近所さんに栗ご飯を持っていくと、カボスに変身しました。

夫が、薪ストーブ作業用の分厚い手袋で剥いたイガ残骸。

栗の木には、収穫後もまだ青い実が残っています。

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秋が来た朝

台風が温帯低気圧に変わり通り過ぎた朝。
毎朝飲む白湯、昨日のポットの残り湯が、いつもより美味しく感じられた。山梨の北、標高600mの我が家では、半袖では肌寒いほど冷え込んでいた。
「あ、今朝、秋が来たんだ」
そうつぶやくと、腑に落ちた。

栗が実を落とし、とんぼが群れをなして舞い、蕎麦が白い花を咲かせ、田んぼの稲粒が一粒ずつが日々重みを増しながら頭を垂らしていくのを眩しく眺めていた。もうすぐ秋が来るんだな。あるいは少しずつ秋になっていくのだなと。

しかし、秋はある朝突然、場所ごとに、家ごとに、いやたぶん、ひとりひとりそれぞれにやってくるものなのだと知った。日中は気温が上がり夏日となったが、わたしに来た秋は、一昨日の朝だったと言い切れる。気温が下がった朝の山々は、くっきりと輪郭を際立たせ美しかった。
「お、綺麗」
運転席の夫が、富士山を見て声をあげた。
「彼にも今朝、秋が来たのだろうか」
そんなことを考えながら、助手席で富士山を眺めていた。

南の方角、韮崎駅に向かう農道からはまっすぐ前に富士山が臨めます。

正反対の北を向くと、やはり正面に八ヶ岳。韮崎からの帰り道に。

八ヶ岳の方が、富士山よりずいぶん近いので、
アップにすると、夏山が秋に向かう様子が感じられます。

さらにアップにした八ヶ岳の最高峰、赤岳です。

こちらは権現岳。螺旋のようにも見える稜線が美しい山です。

足もとを見ると、稲刈りを待つばかりの稲穂が揺れていました。

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10分どん兵衛と無花果のお吸い物

10分どん兵衛が話題になっているという記事を読み、なるほどと納得した。
お湯を注いで5分待つのが定番のカップうどんだが、10分置くことで麺が汁を吸い、ほどよく柔らかくなるという。冷めることはないが、猫舌にはちょうどいい熱さで食べられるということだ。
製造元の日清は謝罪文を発表した。そこには世の中の多様性を見抜けなかったことを深く反省とある。5分にこだわり過ぎていたと。こうして食べるべき、という縛りからどん兵衛は抜け出したのだ。売り上げもアップしたという。
わたしも見習って、最近ハマっているカップ麺のフォーの食べ方を変えてみた。時間を長くするのではない。3分はフォーにはちょうどいいと思う。しかし食べるたびに口のなかを火傷するのだ。変えたのは、出来上がってからカップのまま食べるのではなく、器に移す。ザッツオール。それだけで、火傷せずに美味しく食べられるようになった。固定観念に縛られていては、自らがもっとも楽しめるカップ麺の食べ方にもたどり着けないのだ。
毎日の食卓のなかにもそういう縛り、けっこうあるんじゃないかな。

そんなことを考えていた折り、無花果をいただいた。
無花果といえば、冷やして生で食べるほか、コンポートやジャム、ヨーグルトに混ぜるのもスタンダードだ。しかし、いただいたその日にとんぼちゃんの日記でとても斬新な食べ方を知った。無花果のお吸い物。作り方も簡単だ。お吸い物の出汁に無花果を入れるだけ。さっそく作ってみたら、これが美味い。味噌汁にプチトマトを入れて食べることを知ったとき以来の感動だった。

こうしなくちゃ、こうすべき、これはない。そう決めつけていたら、見逃しちゃうものもあるだろうし、出会えないものも、たぶんある。
「10分どん兵衛と無花果のお吸い物」
なんとなく口にすると、そんな縛りを解く呪文のような気がした。

無花果の甘さはやわらかい。甘いものが苦手でも楽しめます。

無花果の木、初めて見ました。木が次々風船を膨らましているみたい。

白だしと昆布を入れて温めただけの汁に少し浸けて温めて。
やってみたら、癖になる美味しさ。

無花果と同じ方にいただいたミニというには大きいトマトを、
味噌汁に入れて。酸っぱさと味噌と出汁のマッチング。

最近ハマってるフォー。猫舌のわたしには、ちょうどいい熱さに。
カップのまま食べなくっても、いいんだよ。

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『星々たち』

桜木紫乃の連作短編集『星々たち』(実業之日本社)を、読んだ。
不意に桜木紫乃の短編集が読みたいと思い立ち、Amazonで注文した。桜木紫乃には、そんな行動をとらせてしまう不思議な魅力がある。心の奥底に広がるものを覗きたくなったとき、この作家の本を手に取るような気がする。

9つの短編からなる小説集は、体というものに翻弄され続けた塚本千春という女の半生を切り取りながら、彼女の周りの人々を描いていく。
1話『ひとりワルツ』千春、13歳。離れて暮らす母咲子を訪ねた。
「ねぇ、ブラジャー買おうよ。そんな大きなおっぱいに直接Tシャツ着てたら、周りの人に気の毒だよ」
千春は自分の胸を見下ろし「うん」とうなずいた。
「ばあちゃんは、なにも言わないの」
「さらし巻いておけって。でも、暑いから」
2話『渚のひと』16歳の千春と息子との仲に気をもむ女。
気づけば千春の鈍さや、細い目や、短い指や愛想の悪さなど、おおよそ魅力とはいえない部分を数えていた。この娘が圭一の気持ちを惹かない理由を精一杯心に溜めていく。
3話『隠れ家』父親殺しの血の繋がらない兄を慕う女。彼女の後釜でストリッパーになった千春は20歳。
ふと、彼女の本名を聞いていなかったことに気づいた。
「千春です」「いい名前じゃないの」
細い目が弧を描いた。杉原麗は二年を待たず人気が出るだろう。
4話『月見坂』母親と暮らす40過ぎの公務員と結婚。千春、22歳。
晴彦はその夜、初めて彼女を抱いた。
千春の体は、夜景の底に忍び込むような暗さをたたえていた。どんどん沈んでゆく男の体を、細い胴が受け止める。行き止まりに向かって体を進めると、豊かな胸が上下して思わず手を伸ばした。
5話『トリコロール』結婚前の妻の不貞を許さず暮らす理髪店の男。言い訳ができない妻。その息子と再婚した千春は赤ん坊を生む。
千春と名乗った女は決して清潔とは言いがたい風貌で、どこか愚鈍な気配が漂っていた。息子が右を向けと言ったら一日中右を向いていそうな女だ。二つ年上だというのに、姉さん女房のかいがいしさや頼りになる気配はまったくなく、膨らみ始めた腹を隠そうともしなかった。
6話『逃げてきました』千春、38歳。同人誌で詩をかく。
あのひとは わたしにはいってきたけれど
わたしは あのひとにはいることができなかった
ぬるいたいおんが いったりきたり ずっと
おわりがくるのを まっていた
7話『冬向日葵』最期を迎える咲子のため、男が千春(44)を探しに行く。
「ずっと死んだような目をして生きていけばいいじゃないの」
「なんだよ、千春ちゃんまでそんなこと言うのかよ」
「だって、そうすればいつか誰か助けてくれるもの」
8話『案山子』編集者をリタイアした男の前に現れた千春は、交通事故で片足を失くしていた。男は千春の半生を綴る。
「事故のときに顔に刺さった硝子や、車の細かい破片がときどきこんな風に皮膚から飛び出してくるんです。事故後すぐの手術ではぜんぶ取り切れなかったんですよ。いくらかでも元に戻ろうとしているのか、人間の体っておもしろいですね」
9話『やや子』千春の娘やや子は、それと知らず、千春の半生をかいた小説『星々たち』を手に取る。
やや子の胸の内側で、星はどれも等しく、それぞれの場所にある。いくつかは流れ、そしていくつかは消える。消えた星にも、輝き続けた日々がある。

夜空に輝く星。ここに届くまでの間にすでに消えてしまっている星もあるだろう。だけどかつては輝いていて、今その光が届いている。
人は星、みんな輝いていたいんだ。そして輝いていたときを心に留めておきたいんだ。千春も、彼女の周りの人も。そう思った。普通でいい。特別な光を放つことはなくともいい。そう思いながらも、わたし自身、小さくてもいいから輝いていたいと思う気持ちがあるのだと、しみじみと考えた。

濃く深いブルーに、何処か切なさを感じる表紙です。

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井津建郎『インド 光のもとへ』

市内の清里フォトミュージアムに、写真展を観に行った。
井津建郎(いづけんろう)『インド 光のもとへ』
井津は、インド、ベレナスで、死者が荼毘に付されるさまを目の当たりにし、それから10年後に本格的に写真を撮り始めた。ベレナスは、ヒンドゥー教徒が死後、ガンジス河に流されることを切望する聖地だ。そこでは人の死は、悲しむべきものではない。命は永遠に続いていく。死して光のもとへ帰ることは次の生への旅立ちであり、穏やかに受け入れられる出来事だという。

井津は、頭では知りつつも知りえなかったことに写真を撮りながら気づいていったのだと、写真を観ていくうちに判ってきた。自分とは圧倒的に違う感覚で「死」をそして「生」を捉えているのだと。
ベレナスの火葬場で、家族が集まって亡くなった人を焼く火を見つめながら談笑しているのを見たときや、火葬をする最後の儀式を行えるのは男性だけで、そのために男の子の誕生を願うのだと聞いたとき、火葬場で働く人の家族がその残り炭を使い夕餉の支度をするのがしきたりだと知ったときなどに。

死を迎える人々と家族に無料で部屋を提供する施設、モクティ・バワンでの写真もあった。通称「死を待つ家」の言葉そのままに捉えていたのだが、何年かかけ写真を撮っていくうちに違和感が生まれたそうだ。死を待つのではなく「家族とともに最期を生きる家」なのだと感じられるようになったという。
モクティは「解脱」の意味を持つ。「解脱」はこれまでの行いにより繰り返されていく輪廻転生から解き放たれた理想の状態で、そのために瞑想や断食が行われるそうだ。

宗教を持たないわたしは「死」について持論と呼べるようなものはない。今、生きてる。確かなことはそれだけだ。死してその先何が待っているのか、考えようとも知ろうとも思わない。ガンジス河のほとりで、最期を迎える人々の気持ちを理解しようとしても、理解しがたいものがある。
写真展には、寡婦や孤児達のポートレートもあった。
モクティ・バワンでの写真も含め身近な人の死を経験しているであろう人がほとんどだ。みな穏やかな表情をしているのがわたしにはとても印象的だった。

清里の森のなかに建てられたミュージアムです。

入り口に展示されていた、大きなカメラ。

反対側から見ると、こんな感じ。

気持ちのいい中庭がありました。

写真展は、10月10日まで。
井津建郎は「小児病院をつくった写真家」としても知られています。
アンコール遺跡で地雷で傷ついた子ども達と出会い建設を決意したそうです。
カンボジアのアンコール小児病院開院式での井津の言葉は、
「この病院では自分の子どもにすることはすべてやってください。
自分の子どもにしないことは、絶対にやらないでください」

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「普通」という言葉

「普通は、そうだよね」ということが、よくある。
例えば「普通は、ラーメンに葱とチャーシュー入ってるよね」とか、
「普通は、チェックのシャツにチェックのパンツ合わせないよね」など。
だけどその「普通」どうなのかな? と考えることがたまにある。

普通は、あの映画観たら泣くでしょう。(ツボが違うらしく当てはまらない)
普通女性は、甘いものが好きだよねえ。(超苦手で困ることがよくある)
普通は、天気予報雨なんだから、傘持ってくるでしょ。(よく、雨にぬれる)
こういう一般的にはそうかも知れないんだけど、そうはいかないものも多い。
好みや性格によって普通とずれている部分は、誰しもが持っているだろう。

しかし、わたしが最近違和感を抱くのは、その普通、本当に普通なの? と思うときだ。「普通」という言葉のなかにある偏見に気づくとき、とも言える。

先日東京に行ったとき、久しぶりに実家に帰った。
両親は板橋の団地でふたり暮らしている。相変わらずだなと思ったのは、父が料理し、母が片付けるというスタイルが崩れていなかったからだ。子どもの頃は出来合いの総菜が並ぶ食卓が嫌で、エプロンをしてハンバーグをこねるような「普通」のお母さんに憧れたものだが、人には向き不向きがある。母は料理が苦手で、父は得意だ。得意な方が得意なことをやればいいと今なら思える。
考えると、子どもの頃は自分の偏見に気づかず、母に「普通」を押しつけていた。申し訳ないことである。今でも、ときどき思い出す。母は、料理は苦手だったが編み物は得意だった。編んでくれたチュニックには丸いミカンをデザインしたポケットがつけてあったっけ。
母はもう、編み物はしていないようだが、父とふたり普通に暮らしている。
「普通に暮らす」そういうふうに使う「普通」は、偏見もなく、静かで穏やかないい言葉だ。

我が家の庭の「普通」な風景です。イヌタデ。ピンクが可愛い。

「秋桜」コスモスも、咲き始めました。

ホタルブクロは、最後の花を膨らませていました。

イチイの垣根に、赤い実がなっています。目を魅く赤です。

ムカゴも生っています。食べられるのかなあ。植えた覚えないけど。

「松の木さん。ウッドデッキの上じゃ、大木にはなれないよ」

そう話しかけているのは、アマガエルのけろじでした。

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車という仮面

車を運転していると、見ず知らずの人と小さなかかわりを持つことが多い。
狭い道をすれ違うときに、片手をあげて挨拶したり、会釈したり、軽くクラクションをならしたりする。道を譲ってもらったときには、ハザードランプを点滅させありがとうと伝えることもある。

しかし、嫌な思いをすることも多い。前の車が窓から吸殻を投げるのを目撃したとき。駐車場で車庫入れしている最中に割り込まれたとき。反対車線に大きくはみ出してカーブする車に危うくぶつかりそうになったとき。
「嫌だなあ。ああいうこと、したくないよなあ」
ひとりごち、ため息をつくよりほか、どうしようもない。
そういうわたしも、遅い車が前を走っているといらいらするし、駐車場でもいつでも何処でもお先にどうぞと譲っている訳じゃない。

ふと、考えた。車のなかにいると、顔は見えるけど、無意識に仮面を被っているような感覚になっているんじゃないのかな。
「ちょっとくらいずるいことしたって、判りゃしないさ」
そんなふうに思いやすい心理状態になってるんじゃないのかな、と。
車で割り込みをする人だって、人と人、顔を突き合わせていたら、きっと割り込んだりなどできまい。

大きな四駆に乗っていたら怖そうにも見えるかも知れないし、可愛い軽に乗っていれば甘く見られるってこともあるだろう。でもそれは、ただの仮面だ。
仮面を被っていたって、自分であることに変わりはない。

甲府方面に行くときに、たまに通る信玄堤沿いの道です。
信玄堤は、武田信玄が作った堤防だそうです。

川沿いの道。広めの一本道なのでスピードを出す車が多いです。

流れているのは、釜無川(かまなしがわ)。

信玄堤には、歩道があります。

土手を降りたところは、遊歩道や公園になっています。
桜並木もあります。土手に桜を植えるのは昔の人の知恵だとか。
花見客が土手を踏み固め、より強固な堤防になるのだそうです。

舗装されていない道もあります。獣道ならぬ人間道?
人もいろいろ。車もいろいろ。道もいろいろです。

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素材の旨みを味わうために

ご近所から野菜をいただくときには、これでもかというほどの量をいただく。トマト、トマト、トマト。胡瓜、胡瓜、胡瓜。ゴーヤ、ゴーヤ、ゴーヤ。ズッキーニ、茄子、茄子、茄子、ピーマン、ピーマンだ。
生で食べるほか、トマトはお浸しやピクルス、胡瓜は浅漬けにする。
ゴーヤはチャンプルーで食べることが多いが、食べるのが追いつかないほどいただく。他の素材で量を増やすとますます食べられない。なので、ゴーヤだけ消費するためにナムルを作った。これが美味い。ゴーヤを思う存分味わえる。初めて食べたときには抵抗があったゴーヤの苦みも、今ではそれを旨みと捉えられるほどに、すっかり馴染みの味となっていた。
家庭菜園で採れた無農薬のゴーヤ。素材がいいのだから、シンプルに味わうのがいちばん。凝った料理もいいけれど、素材そのものの旨みを味わうのもいいなと再認識。朝に夕にナムルを楽しんでいる。

素材そのものを味わう料理って、けっこうある。刺身。魚の塩焼き。焼き鳥。青菜のお浸し。じゃがバター。そう言えば、新米はそのままでも美味しくて、古米をおかずに新米を食べるなんて話も聞いたことがある。冷奴も、豆腐料理のなかではシンプルに素材を味わえる料理だろう。
先日、豆腐売り場でおもしろいものを見つけた。『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』エクストラバージンオリーブオイルがついていて、それをかけて食べるという。食べてみると、これがまた美味かった。キメの細かい木綿寄りのしっかりした豆腐に、フルーティなバージンオイルがぴったり合う。旨みの濃い豆腐と新鮮なオイルだからこそ実現する味だ。

素材の旨みを引き出すためには、素材自体の新鮮さ、美味しさだけではなく、調味料の良しあしも大切なのだなと、これもまた再認識したのだった。

おすそわけもしたんだけど、まだこんなに。2本分ナムルにしました。

緑鮮やかなシャキシャキした茹で加減が、好きです。茹で時間15秒。
すりおろしニンニク、塩、砂糖、酢、胡麻油、粗挽き黒胡椒で味つけして。
ここでも、新鮮な生ニンニクと太香胡麻油の旨みがキーになっています。

スイーツみたいな包装。相模屋さん、いろいろ出しています。

中には、エクストラバージンオリーブオイルとスプーンも。

オリーブオイルの旨みだけで、醤油も塩もいりません。

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稲絵アート、観る目もそれぞれ

市内で稲絵アートをやっている場所があると聞き、観に行ってきた。
と言っても、クリーニング屋さんに行くついでに足を伸ばしただけだ。
ふらっと立ち寄り、ぼんやり眺め、写真を撮って帰ってきた。その間に2組の見物客と遭遇した。

1組目は、70代くらいの男性。会釈をすると、立ち話になった。
「新聞で見て、甲府から来たんですよ」と、彼。
「わたしはテレビで。すぐ近くから、明野なんですけど」と、わたし。
「でもちょっと、写真を撮るにはねえ」
「もう少し高いところから、撮りたいですよねえ」
稲絵は2mほど高くなった畦から観られるのだが、全体を絵として楽しむにはもうちょっと高さが必要だと思っていたところだったので同意した。
するとそこに脚立を持ったやはり70代くらいの男性が現れた。
「ああいうの、持ってこなくっちゃダメなんですね」
わたしが言うと、話していた男性はにっこり笑って言った。
「どうぞお使いください。あれ、わたしのツレなんです」
予期せず、変わりばんこに脚立を抑えつつカメラを構えることとなった。わたしも脚立に上り撮影することができ、礼を言いしばらく話し込んでいた。
そこに2組目がやってきた。50代後半くらいかな。ご夫婦だろうか。
「小さいな」「これだけ?」と話している。
会釈をし、やはり立ち話になった。横浜から美ヶ原高原に行く途中、稲絵アートののぼりを見て立ち寄ったそうだ。がっかりしている様子が伝わってくる。他でもっと規模の大きな稲絵アートを見たことがあるのだそうだ。

不思議なものだな、と思った。
横浜から不意に立ち寄った人。甲府からわざわざ脚立を持って観に来た人。市内に住みクリーニング屋に行くついでに観に来たわたし。
そこまでの距離と、期待の大きさ、それまでの経験。そんなあれこれで、同じ稲絵も違って見えるのだ。テレビでは、子ども達が田植えをしたことや、稲刈りをする人を募集していることなども伝えていた。そんなこんなを知っているかどうかでも、違ってくるのかも知れない。
田んぼに描かれたフクロウ達の表情が、高見ではないが、そんな人間達を見物しているかのように見えてきたのだった。

フクロウの絵、判りますか? 向こう側の田んぼには月と星。
脚立に上って、手を伸ばして撮って、やっとこのくらいです。

近隣の山々と一緒に撮ると、こんな感じです。

右手手前の双葉、葉っぱの部分です。

アップにしてみました。4種類の苗で絵を作っているそうです。

北杜市の市の鳥は、フクロウなんですね。
山梨がその昔「星見里やまなし」と呼ばれていたことも知らなかった。
今月10日に、稲刈りだそうです。

駐車場には、無人の産直野菜販売所がありました。

野菜って綺麗だな。店頭にはトウモロコシもありました。

家に帰ると、玄関先の葉っぱに赤とんぼがとまっていました。
まだまだ暑いけれど、秋の気配は日々色濃くなっていきますね。

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『幸せになる百通りの方法』

荻原浩の短編集『幸せになる百通りの方法』(文春文庫)を、読んだ。
タイトルに騙されそうになるが、自己啓発本ではなく短編小説集だ。現代社会で人が生きていくなかで感じる悲喜交々をユーモアたっぷりに描いている。
リストラされた男、オレオレ詐欺の片棒を担ぐ売れない役者、婚活に参加するも冷めた目でしか相手を観られない女、ネットゲーム周辺、歴女を恋人に持つ男、原発事故から発生した節電問題と嫁姑、自己啓発本に夢中になる男。
今まさに現代社会で浮き彫りとなっている事象を切り取っていた。
今はオレオレ詐欺とは言わないが『俺だよ、俺。』が秀逸だった。大阪は、詐欺のターゲットから外してあるという。ほんまかいな。以下本文から。

「もしもし、ありがとうな」
「ええけど。なぁ、晃」「何?」
「あんた、ほんまはなんていう名前?」
「え」脳味噌が三秒ほど機能停止した。
「こんなんするの、やめとき」
さらに三秒。高村さんのほくほく顔が一転イヤホンから針が飛び出してきたように硬直した。パチさんの顔も。麻美さんが煙草の煙りをぷかりと吐き出す。
「あのな、うちの子の名前アキラちゃうの。ヒカルって読むん。なんぼうちの子がアホでも自分の名前を間違うたりするほどのアホに産んだ覚えはないわ」
やられた。向こうに逆にひっかけられたのだ。叩き切りたかったが、できなかった。
「すんません、番号間違えたみたいで・・・」
「嘘言い。あんた年は?」
高村さんが、電話の向こうに聞こえるのもかまわず叫んでいた。
「だめだ、早く切れ」でも、切れなかった。
「まだ若いんやろ。こないなこと早うやめて、まじめに働き。あんたのお母はん、こんなん知ったら泣くで」
おばちゃんの口調はきつかった。でも、東京の人間に「だめ」とひと言で切って捨てられるより、なぜか耳触りがいい。俺は晃の母親の言葉を黙って聞き続けた。昔、飼い猫の頭を丸刈りにして、隣のおばちゃんにこっぴどく叱られた時みたいに。

幸せになる方法は、百通りと言わず、人の数だけあるはずなんだよなあ。
ひとりひとりが違っていて当たり前なように、幸せだって違っているのが本当だ。そんなこと、誰しもが知っているのかも知れないけれど、それでも周りが気になって、比べてみたり、やっかんでみたりもする。
幸せになる方法はよく判らないけれど、読み終えて思い出したのは竹内まりやの『元気をだして』の歌詞だった。
♩ 幸せになりたい気持ちがあるなら 明日を見つけることはとても簡単 ♩

自己啓発本のようなタイトルをわざわざつけたところにも、
ユーモアのセンスを感じます。
決して自己啓発本を馬鹿にしない、謙虚さも感じられました。

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江戸東京博物館で

東京に出た際、初めて『江戸東京博物館』へ行った。
江戸東京の歴史と文化をふりかえり、未来の都市と生活を考える場として23年前に建てられた博物館だ。単純に、江戸の町を覗いてみたい、そんな来館者が多いのだと思う。

常設展示は、江戸ゾーンと東京ゾーンに分かれ、主に江戸ゾーンを観て歩いた。実物大の日本橋を渡ると、江戸城とその周辺の街並みの模型が展示されている。建物もだけれど、人間の模型が細かくておもしろいと聞いていたので、じっくり観察した。表情までは判らないが、帯の結び方が違ったり、荷を担ぐ人は重そうにしていたり、何やら会話をしているようだったりと、ひとりずつにちゃんと個性がある。『江戸博』はコンセプトに「粋」を掲げているが、その粋が感じられるモノづくりへのこだわりを感じた。

ふと、火消(ひけし)の展示の前で立ち止まった。
先月、火災訓練で、消防団員に消火栓の開け方、ホースの使い方などをレクチャーしてもらったばかりだったのだ。実際に火事の消化を目の当たりにした経験もあるので、消防団のありがたみは身に染みている。
「火消は、江戸の頃から受け継がれてきた風習なんだよなあ」
そう考えてから、模型の人達が急に動き出したように見えてきた。
火消を観て、今の世のなかよりももっともっと助け合わなければ生きていけない時代だったのだろうとリアルに感じられたからだろうか。

ビルが立ち並ぶ街並み。情報が瞬時に手に入るスマホやパソコン。車に電車、飛行機での移動。洗濯機に冷蔵庫に食洗器を使った生活。変わったものを挙げれば数知れない。だが、いちばん変わったのは「人」なのかも知れない。
道端で会話を楽しむ模型の人々に、考えさせられたのだった。

実物大の日本橋を渡って、江戸ゾーンへと足を踏み入れます。
カメラは、フラッシュをたかなければOKです。

これは模型の日本橋です。人ひとりひとりとてもよくできています。

全体の半分でこんな感じ。江戸の町、のんびりとした雰囲気だなあ。

双眼鏡が置いてあって、自由に見られるようになっています。
お侍さんも商人達もいます。馬に乗ってるのは地主さんかな?

江戸城の模型には、松の廊下もありました。

こちらは松の廊下、実物大の絵だそうです。大きい!迫力あります。
全長50m、幅4mの畳敷きの大廊下だったそうです。

建具を作る職人の暮らしなども、実物大で展示されていました。

両国付近の模型です。芝居小屋が立ち並んでいました。

錦絵を売るお店。身分に囚われず絵師になることはできたとか。

町の火消が組のシンボルとして掲げていた「纏(まとい)」です。
左側の球と立方体は、芥子の実と升をデザインしたもので、
芥子、升で「消します」の意味を持っているそうです。

火消の纏、体験コーナー「担いでみてください(14㎏)」

日本橋にあった歌舞伎劇場、中村座を再現したものです。

伊藤晴雨幽霊画展やっていました。今月25日までです。

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ビールは、ゆっくり味わって

東京本社近くの神田の地ビールハウス『蔵くら』で、樽生ビールを楽しんだ。
樽生ビールは12種類もあり、メニューには、ライトなものから重みのあるものへと順番に並んでいる。ビールの絵に色がついていて、薄い黄色から、琥珀色へと進み、レッドビールは赤っぽく、黒に近い色のものもあった。
わたしはライトビール派で、一番上にある薄い黄色の伊予柑ホワイトから、夫は重みのある方が好きなようで、真ん中より重めなペールエールをオーダーした。地ビール屋さんだけあって、肴もビールにぴったりで、そのうえお洒落で凝っている。一味違うとはこのことである。

時間もビールの種類も、ゆっくりと重いほうへと流れていく。
「ビールは、ゆっくり味わって」
これが、最近のわたしの標語なのだ。

ひと月前ほどだろうか。たまに飲みに行く友人達5人とベルギービールの店で飲んでいた。やはりビールがいく種類もあり、うれしくなってばんばん飲んだ。そのとき、気の知れた友人の一人に言われたのだ。
「弱いんだから、もういい加減やめときな」
ハッとした。そうか。自分は酒に強いと思っていたのだが、その時代はもう過ぎ去っていたのだ。歳をとったと実感することが日々増えているくせに、酒に関してはすっかり自分を過信していた。昨日まですいすい歩いていた場所で突然つまづいたようなショックが、ベルギービールの酔いとともに身体を駆け巡る。そう言えば最近富に、彼女達には酔っぱらい過ぎて迷惑をかけることが多くなったと思い至り、さらに酔っていったのだった。

それから、ビールの飲み方を考えるようになった。
「ビールは、ゆっくり味わって」
ビールに限らず、何事もゆっくりと味わうべき年齢になっていたのである。
えっ? 気づくのが遅すぎるって? ほんと、これまでご迷惑をかけた方々、すみません。懲りずに一緒に飲みに行きましょう。ぜひ。

フルーティライトな伊予柑ホワイト(愛媛 梅錦ビール)

わーい! 生ビールがこんなにいっぱいあるー。樽生12種類。

夫は、重めのペールエール(長野 志賀高原ビール)
わたしは、ライトなベイビーブロンドミヤマ(長野 志賀高原ビール)
茹で鶏は、山葵、ポン酢、塩の三種類で楽しみました。

ゴールデンエール(神奈川 湘南ビール)グラスが違うと雰囲気もがらり。
肴は、鴨のハム。粗挽き黒胡椒が効いていました。

脱皮したての海老唐揚げ。ビールにぴったりです。

「〆にポテトフライはないんじゃない?」と、夫に呆れられました。
「だって、食べたくなったんだもん」スイートチリソースいけるー。

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08 2016/09 10
S M T W T F S
26 27 28 29 30
HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
ご意見などのメールはこちらに midukisae☆gmail.com
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