はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
[10]  [11]  [12]  [13]  [14]  [15]  [16]  [17]  [18]  [19]  [20

雪えくぼ

『雪えくぼ』という言葉があることを、初めて知った。
雪解けは進んできたが、田んぼや畑が多い明野では、空から見下ろせば、雪で白く染まっている部分がかなり多いだろう。
その田んぼで、雪がデコボコになってへこんでいき、出来る模様を『雪えくぼ』と言うのだそうだ。へこんでいる場所は、水の降りる道になっていき、そこから雪が解けていくのだとか。
「こんなにどかどか雪降っちゃって、この雪が解けた水はいったい何処へ行くのだろう」と、ネットで検索していて出て来た言葉だ。
まあ、川を流れ、海に行くのだろうとは判ってはいたのだが。

『えくぼ』という笑顔に出来る言葉を当てたのは、深い意味があってのことではないかも知れないが、にわか雪国になってみて、今思わずにはいられない。雪解けでの災害が、出ませんように、と。
雪達のえくぼが「だいじょうぶだよ」という春待つ微笑みだと、思いたい。

昨日は気温が上がり、韮崎では雪えくぼに、地面が見える場所もありました。
でも明野では、標高も高いので、まだまだ雪解けとは、いきません。

『雪えくぼ』というネーミング、雪ん子でも出てきそうに幻想的。
雪の妖精達が、キラキラと遊びまわった足跡だったりして。

拍手

彼女の名前は?

パスワードを忘れ、設定しておいた質問に答える羽目に陥るのは、よくあることだ。だがその質問の答も忘れてしまうことは、よくあることなのだろうか。

自分に自信がないという自信は大ありなので、かきとめておくことにしているのだが、そのメモがまた、行方不明になる。これもまた、よくあることなのだろうか。なので、いつも同じものにしようと思うのだが、例えば「好きなビールは?」に「のどごし生」と設定していたのが、気分で「カールスバーグ」にしてしまったりと、同じものにしようとすることすら、忘れてしまう。それでもまあ、ここまでは、よくあることだとしておいてもいい。ここまではいいが、これはないだろうという状況に、我ながら唖然としたことがあった。

「彼女の名前は?」
この全く記憶にない質問には、参った。
「彼女ぉ? って、いったい誰だよ?」
娘達の名前を入れてみるが、エラー。そこまで夢中になれる女優もいないし、自分、母や義母の名前、友人達の名前を入力すれど何処までもエラーが続く。
「やめた。やめた」緊急を要するパスワードではなかったので、面倒になり放置したまま何日かが過ぎた。

思い出したのは、何かの用事で末娘の本棚の前に立った時だった。そこにあったのは『破天荒遊戯』( 一迅社)という漫画だった。娘が中学の頃だろうか。それを借りて読んだ時、その主人公の少女、ラゼルのしゃべり口調が娘にそっくりで驚いた。いや、娘の方が、ラゼルのしゃべり方に影響を受け、気に入って使っていたのだろうが。それでその頃、とりとめもなくかいていた日記に、末娘の名を『ラゼル』と記していたのだ。
謎は解けた。「彼女の名前は?」「ラゼル」が正解だったのだ。
しかしいったいどうして、こんな探偵みたいなことをしないと判らない質問と答にしたのか。その謎は、いまだ解明されていない。雪が解けて、ふやけて出てきた節分の豆のように、出てくるか出てこないかも判るはずのないわたしの記憶。謎は、深く濃い霧の中だ。

2階のベランダの手すりに見つけた節分の豆を見て、
ふと思い出した、何年か前にあった出来事です。

庭に来る鳥達は、煎った豆には興味を示さず、夫が撒く向日葵の種に夢中。
シジュウカラの背中が黄緑色のタイプ。可愛い!

シメは人相(?)が悪いとか、目が怖いとか、夫と笑ったりしますが、
カワラヒワを追い出すこともせず、仲良く食べていますね。
ヤマガラのcuteなページはこちら→『飛べ! ヤマガラ』
夫の焚き火台の上に板を置いて、餌場を作っています。
この焚き火台、少人数でのバーベキューにぴったり。夏に冬に大活躍。

拍手

雪かき&ガールズトーク

♪ さよならは 別れの言葉じゃなくて 再び逢うまでの遠い約束 ♪
来生たかおの『夢の途中』は、切ない失恋の歌だが、それとは全く関係なく、雪かきの途中である。

家の前の道路も、このままでは車のすれ違いが出来ないし、プロパンガスの交換も、まだまだ雪をかかねば出来ない。水道メーターや電気メーターも雪のなか。計測不可能の場合は、過去のデータで推測し請求金額を割り出すと、防災無線で放送があった。ウッドデッキには屋根から落ちた雪が山になっている。
とりあえず、駐車場からすべての車を出せるように、家族4人でがんばった。柔らかい雪も重くなっているし、凍って歯が立たない場所も多い。3時間、ほぼ休憩なしで雪をかいた。
身体じゅうが痛く、疲れ方も半端じゃないが、家族みんなで雪かきをするのは、楽しくもある。娘達が突然雪合戦を始めたりして、キャーキャーと女の子達の声が響くのっていいなと、思ったりもした。特に末娘が帰省し、彼女のおしゃべりで家のなかは、いつもに増してにぎやかになった。
「こんな時に帰省して、口を増やしていいのかな、とも思ったんだけど」
末娘に言われた時には、一瞬食べる方ではなくしゃべる方かと思ってしまった。それほどに、彼女はしゃべり出したら止まらない口の持ち主なのである。

例えば、昨日のわたしと娘達3人のガールズ(?)トーク。
「友達が『ねぶっち』されたって、ツイッターであげててさ」と、末娘。
「『ねぶ』なに? それ、なに?」と、わたし。
「『ぶっち』って言わない?」「『ぶっち』言うよねぇ」と、娘達。
「『ぶっち』知らない」と、初めて知る言葉に喜びつつ、わたし。
「約束を反故にすることだよ。寝過ごしぶっちで『ねぶっち』」と、末娘。
「ああ、なるほど。って、おねえ、反故にするって知らないでしょ?」
「ほご? なにそれ。知らなーい」と、上の娘。
「はいはい、判りました。さはに言う時には『反故』で、おねえに言う時には『ぶっち』にすればいいのね」と、末娘。
「おねえ、よく『ねぶっち』してるよね」「うん。してる」「してないよー」
「それでね」「こないださぁ」「だからー」
女という字を3つ『姦しい』で、かしましいと読む。女3人の、まさにかしましいおしゃべりは、雪に囲まれた温かな居間で、延々と続くのであった。

末娘が、がんばって開通させた道路からウッドデッキまでの道。

わたしは、下の外倉庫とプロパンガス置き場までを。

夫は道を広げる作業を。上の娘も一緒に、融雪剤を撒いたり。

軽トラくんは、まだ出動できません。荷台にも雪がいっぱい。
月曜には、ようやくゴミ収集車が来るので、活躍してほしいのですが。

ウッドデッキの雪も下ろさないと、デッキの木がダメになってしまいます。

拍手

雪に隠された地面の如く

「びっくりした?」とは、伊坂幸太郎『ゴールデンスランバーに登場する殺し屋キルオの決めゼリフだが、それとは全く関係なく、びっくりした。

東京に出ると、普段と変わりなく世界は回っていた。雪はもうないし、野菜も牛乳も売っているし、山梨では、毎日のように流れるテレビの雪による情報も、東京では、取り上げられることも少なくなっている。確かに中央自動車道開通と共に、状況はいい方へ向かっているが「トンネルを抜けると、雪国であった」というくらいの別世界。
これでは、山梨の惨状は、他の地域には伝わっていなくて当然だ。

情報と現実の格差を、考えさせられた。
我が家は停電もなく、食料も備蓄があり、暖房は薪ストーブを燃やし温かく、3日閉じ込められても、問題はなかった。しかし、これがもっと長く続いたらと思うとぞっとする。まだまだ、そのなかに居る人もいるのだ。山梨のなかでも恵まれた状況にあるわたしだが、それでも雪の重さと恐さは、垣間見えた。
「もっとよく見て、考えなくちゃ」
雪に隠された地面の如く、見えているものの後ろにある、見えないものの大きさが見えてきた。そして、外からは見えないからこそ生まれる、意識の違いが。これまで他の地域に起こった災害を、外からだけ見て、情報をかいつまみ、判ったつもりになっていたんじゃないかということが。

昨日、夫の仕事が終わるのを待ち、埼玉から帰省するという末娘とその友人と4人、中央自動車道を走り、再び雪国、山梨に帰ってきた。今日も雪かきだ。

上りは、快調に飛ばせる区間もありましたが、首都高まで、
4時間半かかりました。普段なら2時間くらいで着くところです。

一車線通行になっている区間も多く、濡れた路面から飛んでくる飛沫で、
フロントガラスは、常に曇っていました。

帰路、一車線になるところ。どう見ても2車線走行は無茶だという場所で、
無理やり左側を飛ばして追い抜きを図ったトラックがスリップ。恐かった!

談合坂サービスエリアのスタバ。
昨日は、給油もリッター制限はありませんでした。

帰ってきたぁ。我が家から徒歩3分の夕焼けスポットで。
雪だらけでも、やっぱり家に帰ってくると、ホッとしますね。

拍手

雪の白さに映し出された心の色

雪で、イライラしている。
普段積もらない土地に住んでいると、たまの大雪はたいへんでもあるが、まあ楽しくもある。それも、続けざまに降られると、嫌にもなる。
雪国のように、除雪車が来てくれる訳でもなく、標高600メートルの我が家は、何処へ行くにも下って上って。カーブも半端じゃなく「次のヘアピンカーブ、何処までスピードを維持できるか!」と、F1レースのアナウンサーが叫びそうなカーブだってある。

だが、イライラしているのは、わたしではない。
雪道を走るドライバーに、イライラしている人が多いのだ。
「前の軽トラ、おっそいなぁ。しょうがないけどさ」
などと、思いつつ走っていると、いきなり後ろの車が「もうキレた!」と言わんばかりに、クラクションを鳴らしてきたりする。対向車もゆっくり走っている状況で追い抜きも出来ないのだから、鳴らしてもどうにもなんないんだよ、と忠告してあげたいところだが、ひとり車中でつぶやくのも空しいばかり。
また、感応式の信号が凍りついたのか作動しないでいると、3台目の車が痺れを切らし、パパパパーッ!と、派手にクラクションを鳴らし、信号無視して雪道を大きく滑りつつ、左折して行った。わたしは呆れて車から降り、歩行者用の押しボタンを押した。こういう時こそ慎重に運転しないと危ないのに。
また、コンビニで駐車場に入れようとすると、推定4歳の女の子が飛び出してきて、慌ててブレーキを踏んだ。すると、観ていた父親の方が「あぶねぇだろ!」と、なんとわたしに怒鳴っている。その親は、自分の車の雪をコンビニの駐車場に落とすことに懸命になっていて、駐車場でちょろちょろ遊んでいる自分の子どもを、観ている暇はないようだった。

そうかと思えば、見ず知らずの側溝にハマった車を、通りかかった何人かで押して助けているのもを見かけたり、地域の人のためにと、消火栓の雪掻きを欠かさない人もいる。

雪は、様々なものを、美しく眩しい白で覆い隠す。汚れた心でさえすっぽりと隠してくれるような気持にもなる。しかし、その雪の白さ故に、映し出される心の色もあるのだ。降りしきる雪を見上げ、その白に映った自分の心の色をこっそり覗き、つぶやいた。「のんびり、いこうよ」

びっきーがいた玄関側の林です。午前中の風景。綺麗だなぁ。

夫が作ってくれた、薪運び用の道も、あっけなくなくなってしまいました。

その後さらに吹雪いて、車を走らせるのも恐かったです。

前方、道なんだけど、もうこうなると見えない・・・。

夜のウッドデッキです。テーブルの上には、巨大なケーキが。

そして今朝のウッドデッキ。ケーキが富士山に。脱出不可能かな・・・。

拍手

自分自身を俯瞰し、立ち止まって考えてみる

『綺麗な薔薇には棘がある』と言うが、綺麗な雪には、雪掻きがある。
とにかく車だけは出せるようにと、夫と娘と3人で雪掻きした。腕も肩も足も腰も、痛い。頬も雪焼けして、痛い。本格的に雪を掻いたのは、何年ぶりだろうか。ずいぶんと久しぶりに、大真面目にした雪掻きだった。

だが、その筋肉痛の半分とは言わないが、肩こりの半分以上は、雪道の運転から来ている。前日、娘が役場駐車場に置いてきたマイカー・フィットを取りに行き、そのまま韮崎のスーパーまで車を走らせたのだが、村道に出ても、国道に出ても、除雪したはずの道路には、雪がしっかりと残っていた。
「全く、モーグル用のコースじゃないんだからさぁ」
文句も言いたくなるほど、デコボコになった雪道だ。ハンドルを取られ滑りつつ修正し、2速と1速を交互に繰り返し、ようやく買い物をして帰ってきた。

帰り道、上り坂でスタックし、登れなくなり慌てる場面もあった。アクセルを踏んでもタイヤは空回りするだけだ。その時、フロントガラス越しの空に、鳥が見えた。とんびだか鷹だか判らないが、風に乗り空を切り、獲物を探している様子だ。『俯瞰』という言葉が頭に浮かぶ。あの鳥から見たら、スタックした車のアクセルを踏むわたしの状況はどう見えるんだろうか。ギアをパーキングにして、サイドブレーキを引き、対向車をやり過ごした。その間に、気持ちは落ち着き、前後を確認してゆっくりとバックし、ハンドルを切って、対向車が降りていった轍を登る。1速でゆっくりと進むと、フィットは急な坂道を、難なく登っていった。

俯瞰すること。一度止まって、落ち着いて考えてみること。その大切さを、再確認した。雪道の運転に限らず、自分自身を含めた今を俯瞰し、立ち止まって考えてから歩く。特にこれからの人生には必要なことかもしれないな。

カーテンを開けると、ウッドデッキには巨大プリンが出来ていました。

南天の赤が、真っ白い雪に映えています。がんばって起き上がれ!

軽トラくんは、しばらくお休みですね。

娘の車を出すと、周りが壁になっていました。

綺麗なんだけどなぁ、雪。我が家の前の道に、除雪車は来ません(涙)

拍手

雪のなかに聴いた着信音

しんしんと降り積もる雪のなか、上の娘がバイトに行くと出かけて行った。それも更に北に向かってだ。何事もないだろうとは思いつつ、心配する気持ちは胸のなかに居座っている。夫と新聞の記事などについてしゃべりつつ朝食を食べていると、忘れたような気にもなるが、ラジオから流れるメロディに、不意にハッとし耳をすませる。そして、違うと判りホッとする。ケータイの着メロに似た音が、混じっていたのだ。

「あれ、電話?」と、ハッとする瞬間は、今までにも経験してきた。
実家のダイヤル式黒電話の時でも、ひとり暮らしにと選んだ真っ白なプッシュホンでも、結婚し使っていた平たい形になった電子音を奏でる電話でも。
同様に音楽のなかに、同じ音、または似た音が混じっていると、反応してしまう。何度も聴いた好きな曲なのにもかかわらず、つい同じところで、ハッとしてしまう自分を笑ったり、その電話に似た音に、わざわざ耳をすませて判別し、にやりとしたりしたのを、懐かしく思い出す。

今も、車中で新しいCDを聴いたりすると、オルゴール音にしているわたしのケータイの着メロに似た音が混じることが多い。昔の黒電話のベルより、今時の着メロの方が、多くの音楽に混じりやすいだろうし、CD化される音楽の方だって進化している。ハッとする瞬間は増えただろうが、その驚きは、昔ほどではないようにも思う。雪だってたまに積もるから大騒ぎになる訳で、雪深い地方では、驚きもせず騒ぎもしないのだろう。

1日じゅう降りしきる雪を眺め、ふと、ひとひらひとひらの雪が音を持っていたらと想像した。そしてすぐにその想像を打ち消した。しんしんという擬音に込められた静けさはなくなり、多種多様な音の応酬に、参ってしまうだろう。時代が移り変わっても、やはり雪には、しんしんと降ってほしい。
娘は、途中まで夫に迎えに行ってもらい、ぶじ帰還した。そして夜が更けても、雪はまだまだ、音もなくしんしんと降り積もるのであった。

北側の窓から見える木で、アカゲラが懸命に餌を探していました。

午後4時。見下ろした堰沿いの道。雪掻きをする人もいません。

西側の窓から。薪にするために積んだ丸太が、埋もれています。

駐車場。車達は、すっかり、かまくらの振りを決めていました。
関東甲信越では、16年ぶりの大雪だそうですね。
みなさま、どうぞお気をつけて。



拍手

『病院って、すごいね』

「なんか、もう治った気がする」と、控えめに夫に言ってみるも、
「とりあえず行って、診てもらいなさい」と、彼は取りあってくれない。
そのうちわたしも自棄になり、ひねくれて自虐的に笑った。
「そうだね。病院行けば治るもんねぇ。今夜は酒盛りだぁ」
夫は、ため息をつき、呆れ顔をするばかりだ。
病院とは、足が遠のけば遠のくほど、行くのが億劫になる場所だ。
胃腸の調子の悪さが Maxになり、行くと決めてからも、やっぱり行きたくないなぁと、何とか行かずに済む方法を考えている自分がいる。夫が背中を押してくれなかったら、今回も行かずに済ませていただろうことは、自明の理。
家族とは偉大な存在である。

そう言えば、と思い出す。末娘が5歳の頃、車のドアに指を挟み、救急で病院に行ったことがあった。
待合室は、慌ただしい雰囲気で、1時間ほど待ったが、一向に名前を呼ばれる気配はない。比喩ではなく看護師さんが走っている。「痛い、痛い」と泣いていた娘も泣き止み、きょとんとしている。何かピリピリと張り詰めた病院の雰囲気を感じ取っているようだ。娘の指は、1時間を過ごしても腫れてくることもなく、痛みも引いたようだったので、帰って様子を見ることにしようと受付に行き、その旨話した。すると、受付の女性が申し訳なさそうに言った。
「すみませんでした。チェーンソーで足を切った人が搬送されて来て、その処置の方に医師が回っていまして」
大怪我だったのだろう。その人の回復を祈りつつ、病院を後にした。
病院を出て、その駐車場で、娘の手を引き歩きつつ「だいじょうぶ?」と何気なく聞くと、彼女はさっぱりとした笑顔で言ったものだ。
「うん。病院って、すごいね。病院に来たら、治っちゃった」
わたしも笑顔になり「うん。そうだね。よかったね」と受け合った。

健康だからこそ普段は忘れているが、それでも様々な病院に、ずいぶんとお世話になって来た。感謝の気持ちを忘れてはいけないと、自分に言い聞かせる。本当に病院って、すごいのだ。そしてまあ今回もそんな訳で、病院に行き、お腹の調子はすっかりとは言えないまでも良くなったのである。是非「よかったね」と、一笑に付してやってください。ご心配おかけしました。(ぺこり)

新しくもらった『お薬手帳』は、優しいピンク色。
「今飲んでいる『三共胃腸薬』が合ってるなら併用してもいいです」
と、いつもながら、柔軟な対応のお医者様。

庭をゆっくり歩き『ブルーソーラーウォーター』を作りました。
自分に太陽があたるのもまた、気持ちよかったです。

午前中は、町内の内科に。午後はマッサージを受けに出かけました。
マッサージに行くには、お隣は韮崎市の『日本航空学園』の前を通り、
あ、これは、オブジェの如く、学校の前に置いてあるこの飛行機です。
もちろん、わたしがこれに乗って出かけた訳では、ありません(笑)

釜無川を2度、渡り、八ヶ岳からどんどん遠ざかります。
川沿いの気持ちのいいドライブコースを、楽しみました。

拍手

『ただ、そこに居てくれればいいだけの存在』の不確かさを知る

体調を崩し、2日間寝込んでいた。
もう3週間ほど、胃の調子がおかしいと気づいていたのだが、食べられるし飲めるしで、ちょっと疲れているだけだろうと軽く見ていたのが、災いした。
胃の重さが半端じゃなく、横になっていないと辛いので、横になると、いくらでも眠れるのだ。必ず病院に行くようにと、夫にも叱られた。

そんな浅い眠りのなかで、夢を見た。
トイレに置いてあるサボテンの形をした蝋燭が、失くなってしまったのだ。
「えっ、どうして? なんでないの?」
わたしは、慌てふためき探し回る。そこでふと考えた。彼女を蝋燭として頼りにしている訳ではない。わたしにとって、ただ、そこに居てくれればいいだけの存在なのだ。わたしは、サボテン型の蝋燭が失くなったトイレで、気づく。
その『ただ、そこに居てくれればいいだけの存在』の何と大きいことか、と。

目覚めても、悲しい気持ちは晴れなかった。トイレにサボテンがいることを確認しても、もの悲しく泣きたい気持ちのままだった。
『ただ、そこに居てくれればいいだけの存在』の不確かさを、夢が物語っているかのように思えたのだ。

考え募れば、健康であることの不確かさ、大切さにもまた思い至り、2日間禁酒した。(当然ですね)今日は、内科で診てもらいます。

今年は、お仲間のカレンダーを買ってあげました。仲良くしてるみたい。

はりねずみの表紙の、アイディアメモ用ノート。
失くさないようにしようと、誓いました。
何故か、はりねずみとかサボテンとか、棘ものに魅かれるわたし。

そうですね。確かなものは、今、目の前にあるものだけかもしれません。
そして、目の前にあるものこそ、失くさないよう大切にしたいものですね。
まあ僕は今、目に見えない場所にいますが、おとーさんもおかーさんも姫も、
帰宅時には僕の小屋に向かって「びっきー、ただいま!」って言うんですよ。
目には見えない大切なものも、たくさんあるんだろうなと、今は思います。
あ、この写真、決して、えらそーにしている訳ではありませんよ。
「えっ? 写真撮るの?」と、頭を持ち上げたところなんですからね。

拍手

『最後のコイン』のなかに見た悪意

朝日新聞『天声人語』に、少なくなった公衆電話が見直されているという内容が、かかれていた。(1月30日掲載)震災などが起こった時に、ケータイの電波がダウンし、公衆電話の方が繋がりやすい場合も起こり得るという。
「活躍の日が来ないことを祈れば、箱形の電話機がどこか、お地蔵様に思えてくる」との結びが印象的な文章だった。

そのなかに「『最後のコイン』は70年代から携帯電話普及までが、言葉としての旬だった」という文章があり、
♪ 最後のコインが今落ちたから、今までのすべてがあと3分ね ♪
という、さだまさしの『加速度』が引用されていた。
わたし達の世代なら、多くの人が実際に経験した『最後のコイン』
それは、懐かしくもほろ苦い思い出のなかにある。

だがわたしはそれを読み、あまり愉快ではない記憶が不意に甦った。
彼女のことは、中学だったか高校だったか同じクラスだったか違ったか、名前どころか顔も思い出せない。出来事のみが、わたしのなかに残っている。
ある日、廊下ですれ違った時に、彼女が困り顔で近寄って来て言ったのだ。
「電話かけたいんだけど、お金持ってなくて。10円貸してくれない?」
「いいよ」わたしは、すぐに財布から10円玉を取り出し、手渡した。
「ありがとう」彼女は、満面の笑みで礼を言った。
しかしその後、何日経っても彼女は10円を返そうとしなかった。廊下などですれ違うと、笑顔で挨拶を交わしているにもかかわらず。
1週間経って、わたしは痺れを切らし催促した。
「10円、貸したよね。返して」
すると、彼女は満面の笑みのなかに悪意を忍ばせ、言った。
「えっ? 借りてないよ。証拠とかあるの?」
返す言葉もなかった。あるいはそれが、千円だったら喧嘩にもなったかもしれない。だが、10円玉1個であれこれ言うなどとは、自分の方が卑しい様な気分にもなり、まぁいっかと、忘れることにしてしまった。それでも、こうも思ったものだ。人の悪意というものは、こうして10円くらいと思う心理を利用し、堂々と歩いていくものなのだと。後に、彼女に貸したお金は返ってこないのだと、噂で聞くこととなる。
あの時の彼女は今も、小さな悪意を育てつつ生きているのだろうか。わたしにはもう、知る由もないが、悪意をポケットに入れて生きるより、そんなものどっかに捨てちゃってさぁ、心の底から笑って生きていこうよと、今度、廊下ですれ違った折には、言ってあげたいなと、ふと思った。

町内にいくつ、公衆電話が残ってるのかな。もしかしたら、これ一つ?
多分一番使われている、明野中学校前の公衆電話。

えっ? 今、音量とか調節できるの?

公衆電話から見た、明野中学校越しの八ヶ岳。

公衆電話から見える、二宮少年。 相変わらず読書してるんだねぇ。

拍手

『半袖半ズボン少年』のこだわりが溶けた瞬間

息子は、小学校卒業まで『半袖半ズボン少年』だった。もちろん、薄着が丈夫な身体を作るなどと、母親であるわたしが推奨した訳ではない。妹達は、冬にはセーターやコートを着て、雪が降れば手袋だって喜んでしていた。

彼のこだわりのなかに見て取れるものは、決めてしまえば楽だという思いだ。常に何枚かあるTシャツと半ズボンを使いまわすのみで、何を着ようかと考えずに済む。確かに楽ちんである。周囲も、彼が1年生の頃から変わらず通しているポリシーだと自然と納得していて、何を言われることもない。逆に、突然セーターなど着ようものなら、友人達の驚きとリアクションへの対応に丸1日費やすことになるだろうとも、容易に推測できる。それでも、寒い時には温かい服を着たいと思うのが、自然である。
まあそれも、中学で学ランを着るようになるまでだったが、中学に通う時にも忘れ物をしないようにと時間割を揃えるのが面倒で、徒歩50分の道程を、全科目の教科書とノートを入れた鞄を背負って歩いていたのだから、その面倒くさがりでストイックとも思える性格に変わりはなかったのかもしれないが。

さて。その中学の頃の話。彼の私服は冬でもやはり半袖半ズボンだった。その彼がパーカーなどを着てジーンズを履くきっかけとなったのは、ふと思い出したようにたまに聞かされる親の小言ではなく、真冬に路線バスで出かけた時の出来事だった。本屋に行こうと、明るい時間に出掛けた時には、まだ太陽の陽射しがあったが、帰る頃には雪が舞い、真っ暗になっていた。そこで同じバス停で降りた高校生男子に、呼び止められたという。
「ちょっとだけ、待ってて」
彼は、急いで自動販売機にコインを入れ、温かい紅茶を買い、息子に手渡してくれたそうだ。余りに寒そうで、見ていられなかったのだろう。
「自分の季節外れの格好が、人に迷惑をかけることもあるって判った」
缶紅茶の温かさと、人の温かさに触れ、息子のこだわりはようやく溶けた。親がいくら言っても聞く耳持たなかったのに、である。
昨日、小雪舞うバス停を通り過ぎ、そんなことをふと思い出した。

最寄り『浅尾新田』のバス停まで、我が家から、行きは下り坂。
ジェットコースターかスキー場か、というほど急な坂です。
そして帰りは上り坂。最寄りの(?)自動販売機も此処です。

韮崎から走って来て、この木を見ると帰ってきたなと思います。
絵本『モチモチの木』の切り絵を連想してしまう、怪しげな雰囲気。
  
韮崎行きが1日6本、折り返しは5本。〇印は土日運休。
この本数に、びっくりですが、なくなると困る人もたくさんいるはず。
田舎ならではなのは、バス停以外でも乗り降り出来ることと、
標識ポールが停留所に1つしか無い(反対車線に無い)ことです。

拍手

霜が降りた朝

昨日の朝、霜が降りていた。地面の落ち葉も、枯草も、真っ白。畑など、うっすらと雪が降ったのかと思ってしまうほど白かった。

「霜が降りる」という表現が、好きだ。
霜は、空から降ってきた訳でも降りてきた訳でもないので、正しくないとも言えるが、朝、外に出て、うっすらと白くなっている地面を見ると、ふんわり着地した霜達を想像してしまう。
大人になった今では、霜は空気中の水分が、水になることなく凍る現象だと知っている。それでも「霜が降りる」という言葉を使うだけで、メルヘンの扉が開き、空からふわりふわりと舞い降りた白い結晶達を、霜のなかに見てしまう。正しくない表現が創りだした、幼い頃から膨らませただけのそんな想像が、今も不意に顔を見せる瞬間が、好きなのかもしれない。

百人一首のなか、冬の歌の一つにある。
「かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜も更けにける」
この季節、夜空を見上げれば、息を飲まずにはいられぬほど星が瞬いていることが多い。この歌は、天の川に輝く星の美しさを、霜の白さに例えたものだ。空から降ったと表現する霜を、また、天の星に返した様な不思議を感じる。

霜には、雪ほどの眩しくハッとするようなは美しさはないが、冬の朝に着地したささやかな造形美に、しばし見入った。

落ち葉も、心なしか身を寄せ合っているよう。

ドングリは、ひとり凍っていました。

雨に倒された猫じゃらし。霜で飾るとブラシみたいに見えます。

寒さに負けず、葉を開いたアップルミントも、凍えていました。

拍手

ウサギとカメにも似た、ちぐはぐさ

考えていることと、行動がちぐはぐで、最近よく「全く、いったい何やってるんだろう?」と、愕然とする。

いちばん多いのは、紅茶を淹れる時。ヤカンで湯を沸かし、ヤカンがぴーぴー沸騰を知らせてからの行動だ。沸騰したての湯で淹れた美味しい紅茶を飲もうと、わざわざ新しく湯を沸かしているというのに、沸騰したことに安心し、何故か魔法瓶から朝沸かした湯を注ぐ自分にハッとして思う。
「全く、いったい何やってるんだろう?」

他には、前夜磨いた靴を、玄関に用意していたにもかかわらず、普段履きを履いて東京まで出掛けてしまったり、それもそのことに気づかず、帰って来てから、玄関で呆然としたり。また、東京に出掛けると、電車が頻繁に来るので、緊張が切れていることもあるが(我が家の最寄り中央線『穴山駅』では、平均1時間に1本くらい)電車に乗ったことに安心し、降りるのを忘れてしまったり。(二駅とかで乗り換えることが、山梨ではないので)
本当に「全く、何やってるんだろう?」である。

しかし夫も、昨日、薬局での買い物途中で言った。
「あー俺、いったい何やってるんだろう?」
彼は、スマホでサプリメントについて検索していたのだが、
「今、一瞬、ポケット探って、やばいっ、スマホ忘れたって青くなった」
それを聞き、くすりと笑うわたしだが、買い物を終え車に向かいつつ、夫の車で来ているというのに、自分の車のキーを何故かポケットから出している。
全く、笑えない。笑えないどころか、ふたりして、娘の部屋の蛍光灯が切れたからと買いに来たのに、蛍光灯の型番を控えて来るのを忘れ、一度戻って出直してきての出来事だったのだ。
うーむ。全く、いったい何をやっているのやら。

頭では、きちんと考えているつもりなのに、身体にはしっかりいつもの習慣が染みついている。考える前に、行動? いや、考えずに行動していることが、何と多いことか。その脳内で考えることと身体がとる行動の差は、何かウサギとカメに似通っているとも思えるほど、ちぐはぐだ。いや、そもそも、向かっていく方向すら違っているのか。

買い物に出た日中、長い時間、雨が降っていました。
けれど、どちらを見ても、青空が広がっています。

夫は、いつもアールグレイのミルクティ。
とっても美味しい(とは、夫)バームクーヘンを頂きました。

上の娘の部屋の蛍光灯。この型番のものは、もう生産数が少ないみたい。
何でも新しくなっていっちゃうんだなぁ。

拍手

転ばぬ先の?

『二度あることは三度ある』と言うが、三度目は勘弁してほしい。
一昨日は、雨が降るなか歩いていて側溝に被せた鉄格子(?)を踏み、滑って転びそうになり、昨日は強風のなか、よせばいいのに八ヶ岳を撮っていてその風の強さに吹き飛ばされ、1mの石段の上から転んで落ちそうになった。
『三度目の正直』などと、本当に転んで怪我でもしたら情けない。
ひざを痛めた時も、テニス肘も、骨折も、五十肩でさえ、びっきーに引っ張られたのが原因だったのだ。
「どうしたんですか?」と聞かれ「転んじゃって」と言うのは如何にもかっこ悪いが「エアワンコに、引っ張られちゃって」と言えるはずもない。
『二度あることは三度ある』という諺は、物事は繰り返し起こるものだから注意せよとの戒めだ。注意するに越したことはない。
「絶対に、転ばないぞ!」との誓いを立てた。

だが考えれば、このところその他にも、小さな失敗が多い。
ストーブに薪を入れれば火傷するし、爪を切れば深爪するし、靴下を履けば、その深爪したところで、すねを引っ掻くという在り様。
「絶対に、火傷しないぞ!」とか「深爪しない!」「引っ掻き傷を作らない!」はたまた「ドアに指を挟まない」「包丁を落っことさない」とかとか、日に日に立てなきゃならない誓いが、増えていく気がする。
そのうちに、最初の誓いを忘れ、転んで怪我して「はははは」と自虐的に笑う自分を、たやすく思い描くことができた。

転びそうになりつつ撮った(笑)木枯らし吹き下ろす八ヶ岳。

午後、所用で出かけた際、八ヶ岳大橋を通りました。
雲たちは、北風に吹き飛ばされて、すっかりいなくなっていました。

『犬も歩けば棒にあたる』帰りに珈琲屋さんを見つけました。
『豆玄』1週間前にオープンしたばかりだそうです。
エチオピアのモカ、浅煎り珈琲を試飲させてもらいました。
檸檬を感じさせるフルーティな酸味! うーん、わたし好み。
  
お洒落な雰囲気。作りたてだと言わんばかりの木材が綺麗でした。
自家焙煎珈琲を、100gずつ購入しました。
今のところまだ、転んでいません(笑)

拍手

長田を歩いて

夫に誘われるまま『長田』を歩いた。
阪神・淡路大震災で、大規模な火災が発生した町『長田』だ。
その長田に『鉄人28号』のモニュメントが出来ているから、行ってみようと出かけたのだ。わたしは長田は初めて。彼は幼い頃住んでいたが就学前に今の東灘区に越し、その後行くこともなかったので、あまり記憶にはないと言う。
震災のあった19年前、テレビで観た『長田』の火災の映像はショッキングで、今も忘れられない。わたしは末娘を10月に出産したばかりだった。
東灘区に住む夫の両親に幸い怪我はなく、家は半壊したものの住みながら修理ができ、夫は何度も出かけて行った。

18mの『鉄人28号』は、予想を遥かに超える大きさだった。火災で焼けた長田の商店街の方を向き、力強く腕を突き出している。
『鉄人28号』の作者、故横山光輝は神戸出身であり、復興のシンボルとして多くの人の思いを込めて企画制作したと聞いた。同じ作者が漫画『三国志』を描いていたことから『KOBE三国志ガーデン』も作られ、商店街のあちらこちらに三国志の登場人物の石像や絵などを設置され、ギャラリーでは簡単にストーリーを追うことが出来たり、横山光輝の漫画なども展示されている。
鉄人にちなんで、長田名物『そばめし』が食べられるお好み焼き屋を『ザ・コテ鉄人』と呼んだ、人気店紹介の小冊子もあった。

先週、上の娘と話したばかりだ。彼女は今『きっかけバス』(47都道府県2000人の学生を東北へ)というボランティアに関わっていて、福島の学生の話を聞き、意識の違いに傷ついたり悩んだりしていることを知ったと言う。
わたしも山梨に越して来た時に、山梨で知り合った友人達が「阪神大震災って、冬だったっけ、夏だったっけ?」と話しているのを聞き、まだ5年しか経ってないのに、もう忘れちゃったんだと驚いたことがあった。
『3.11』という数字は忘れられることはないと思うが、東に住む人で、『1.17』を覚えている人は、少ないのではないか。

『鉄人28号』は大きく『三国志』は興味深く、お好み焼きは美味しかった。『長田』の町を、半日歩き、楽しみ、思った。こうしてその場所に来ることが、そこに住む人の気持ちに寄り添う、初めの1歩なんじゃないかと。

地下鉄『新長田駅』は、鉄人こちらの矢印と、マップだらけ。

いたー! ビューッと飛んでく『鉄人28号』♪ 大きい!!
ホームページはこちら→『KOBE鉄人PROJECT』  
外灯も、鉄人の頭部。 こちらは三国志『関羽』等身大石像。

三国志入門的なアニメーションも流れていて、これまで本を、
手に取ることもなかったけど、読んだら面白いかもと思ったり。

長田名物『そばめし』がある、お好み焼き屋『ゆき』

結局『そばめし』ではなく『すじ焼き』と『モダン焼き』に。
キンキンに冷えた生ビールで乾杯。美味しかったです!

拍手

凍った半月と朝陽とディズニーランド

夜明け前、凍った半月が空に浮かんでいた。
「手に取ったら、ぱりんと割れそうだな」
そんなことを考えつつ、フィットにエンジンをかける。夫を韮崎駅まで送る途中、陽が昇り始めた。半月は、ぱりんとは割れず、主役を太陽に譲った。雲達の演出で、いつになく神々しい日の出だ。
夫を送り出してから、フィットを駐車できるところに停め、写真を撮った。
「撮りたいものを中心に置くより、左右どっちかにずらして撮る方が、面白い写真が撮れるんだ」と、夫に教わったばかり。左に太陽を置いて撮ってみる。
ふと、背中に月の視線を感じるが、見当たらない。
「常に、すれ違いなんだな」などと、考える。
昼に、場違いですみませんって恐縮した感じで浮かぶ月も可愛いけれど、月はやはり夜空に似合う。そう言えば、夏目漱石は英語教師時代『I love you』を『月がきれいだね』と訳し生徒に教えたと言う。では漱石は、朝陽をどんな心持ちで眺めたのだろうか。

久しぶりに夫と、東京駅で待ち合わせた。彼の実家、神戸に帰省するためだ。今はケータイがあり、待ち合わせのすれ違いも、ほとんどない。その上、彼は待つのが苦手だし、わたしは待たせるのが苦手。太陽と月のように、性格はすれ違っているふたりだが、待ち合わせに関して言えば、相性抜群である。

新宿から乗った快速東京行は、車両すべてをディズニーキャラクターに乗っ取られたかのように、ディズニーランド祝30周年広告で埋め尽くされていた。
「30年かぁ」人並みに、開園した年に遊びに行ったっけ。
我々夫婦も先日、結婚して28年を過ぎた。兄と妹のように永遠に追いつくことのない年の差でディズニーランドを追いつつ、わたし達はわたし達なりに毎日を過ごして来たのだよなぁと考える。考え募れば、陽が昇ることも月が浮かぶことも、30年の時が過ぎていくことも、たいそう不思議なことに思えた。

韮崎駅近くで。あっという間に、陽は昇っていき……。

家に帰るともう、すっかり明るくなっていました。

ケータイで写真を撮っている人が、大勢いました。
ディズニーランド、30周年記念、おめでとうございます!
  
などと思いつつ神戸に着いたら、宝塚は100周年!
夫が生まれた頃に開業したという、阪急岡本駅前にある喫茶店
『ユニーク』は、変わらず営業していました。

拍手

灰をかぶった2週間前の新聞

引っ越しでもないのに、2、3週間前の新聞に見入ってしまうことがある。
薪ストーブに、火を入れ直す時に使う、新聞である。
特にスポーツ欄などは、見出しが面白く「そうだった、そうだった」と手に取ってしまうことが多い。夫のように、スポーツ欄を細部まで読むことはほとんどないのに、だ。

昨日も「ああ、箱根駅伝かぁ」とか「高校サッカーの準決勝のPK合戦は、夫と観たなぁ」などと思いつつ新聞を破き、焚き付けにした。
「お、本田だ。そう言えば夫が、話してたっけ」と、読み始める。
10日の新聞には、サッカーのイタリア1部リーグ、セリエAのACミランに移籍し、背番号10番をもらった本田圭佑の記者会見が載っていた。
本田が小学校の卒業文集に「セリエAで、10番をつけて活躍する」とかいていたことを、夫から聞いてはいたが、読んではいなかったので目を通した。
「夢に向かって、まっしぐらに歩いて来たんだ」と、感心したのは、2週間ほど前のことだったか。
その後2試合目で初ゴールを決めた本田も、言葉の壁など、まだまだ試練のなかに居るようだ。長い長い2週間を過ごして来たかも知れない。

たった2週間だが、世の中、動いているんだなぁと実感する。そして、繰り返しの毎日のなか、わたしも少しは動いているのだろうかと、突然、不安になる。そんな不安に冷たく浸かりつつ、灰をかぶり取り残された2週間前の新聞のような自分を見つめ、また、静かに揺らめく炎を見つめた。

夫のグローブはかなり年季が入っていますが、大切に使っているようです。

冬の日差しのなか、ようやく機嫌を直して、燃え始めた薪ストーブ。
周りは、灰だらけ。「灰かぶり」は「シンデレラ」の語源ですね。
彼女が常に灰だらけになって働き「灰かぶり」と呼ばれたとはグリム版。
日本で有名なストーリーは、フランスのペロー作のものだとか。

拍手

the クッション

フォアグラが、決してダチョウの肝臓ではないように、クッションもまた決して座布団ではない。週末、夫と上の娘が揉めていた。
「クッションつぶれるから、座布団にするのやめてくれる?」と、夫。
「えっ? だってこれ、座布団でしょ?」と、娘。
彼女は、ダイニングのテーブルにつく時に、ソファに置いてあるクッションを座布団代わりにしていたのだ。
「クッションと座布団は、違うでしょ?」と、夫。
「おんなじじゃん。何処が違うの?」と、娘。
「だから、クッションは背中にあてたり、もたれたりするもので、座るものじゃないんだよ。座布団は座るものでしょ?」と、夫。
「ふうん。でもいいじゃん、座ったって」と、娘。
「だ、か、ら、つぶれるからやめてって言ってんの」と、夫。
「だって、これで座りたいんだもん」と、娘。堂々巡りである。

所用で甲府に出た際、甲斐市のアジアン雑貨屋『ヤヤパプス』で、椅子用クッションを見繕った。750円也。
あれ?と疑問がムクムク湧いた。 椅子用クッションとは言うが、椅子用座布団とは言わない。これ如何に! 椅子用クッションは、座るのにクッションと呼ばれている。うーむ。座布団とクッションの違いを解明するには、つぶれたクッションが元に戻るくらいの時間が必要になるかも知れない。とりあえずは新しい椅子用クッション、『the クッション』とでも呼ぶことにするか。

安価の買い物しかしていないのに、快く写真を撮らせてくださいました。
この赤いライト欲しいなぁ。背の高いキリンも!

アクセサリーも、手に取ってみたいものばかり。

クッションはサイズも形も、いろいろ置いてありました。
  
before「何か落ち着きませんねぇ」 → after「ぴったりくる感じ」

拍手

無口な冬の庭の住人達

木枯らしも、何処かで昼寝でもしているのかと思うほど、静かな週末。
夫と薪を運び、その後のんびりと庭を歩いた。

物言わぬ植物達をじっと見つめていると、童話などに登場するおしゃべりな花や木を思い出す。『不思議の国のアリス』もそうだが、宮沢賢治の『ひのきとひなげし』のひなげし達も、小さな花やら、黒斑が入ったもの、一番美しいと羨まれるひなげしなど、花畑は彼女達の声でにぎやかだった。

「おまえ達はみんなまっ赤な帆船でね、いまが嵐のとこなんだ」
けやきの木は、ひなげしを愛しいものを眺めるように見下ろしている。
「あたしら、帆船やなんかじゃないわ。背だけ高くて、ばかあなひのき」
だがそのひなげし達は、美しくなりスターになりたいと自分のことばかり。
「風がいっそう激しくなってひのきもまるで青黒馬(あおうま)の尻尾のよう、ひなげしどもはみな熱病にかかったよう、てんでに何かうわ言を、南の風に云ったのですが風はてんから相手にせずどしどし向うへ駆け抜けます」
青黒馬の尻尾とのひのきの描写が素敵で、ひなげしを熱病というのも麻薬であるアヘンを作る花だとの伏線に思え面白く、宮沢賢治の魅力を感じる掌編だ。
(宮沢賢治を「賢治」と呼ぶほどのファンではありませんが)

冬の庭におしゃべりなひなげしは不在だが、ふと見せる植物の表情に、ああ、生きているんだなと思う瞬間はある。春のような日差しのなか、ほんの少しだけ伸びをしたような、ホッとして欠伸をしたかのような表情が見え隠れするのを感じ、無口な彼らの声を聞きとれそうな気配に、じっと耳を澄ませた。

枯葉で埋もれた足元で、ドングリが根付いていました。可愛い!
  
見上げると夏には昆虫酒場だったクヌギも、店を閉めています。
                 山桜の木肌は、とっても綺麗。
  
『ハーブ園』?のローズマリーは木枯らしにも負けていません。
     ニラは、朝顔のような種を落とした後の形が、花のよう。
  
ヒイラギは緑を失わず、    薔薇は、棘を北風で磨いています。
  
ヘクソカズラの実。実も花も可愛いのに、哀れ過ぎるネーミング。
それだけに、強く生息しているのかも知れません。 
  テッポウユリは種をすっかり飛ばし、ドライフラワー状態です。

拍手

目に見えない努力?

昨日は1日、眼鏡をかけて仕事をした。近視の眼鏡である。
書類を確認するのも、パソコンを叩くのも、眼鏡の方が楽なのだ。10年前から老眼が始まり、コンタクトをしたままでは近くのものが読みにくくなった。
だが、ドライアイでもありワンデイコンタクトを使っている以上、つけたら外せない。眼鏡をちょっと上にずらして見るような、気軽さはないのだ。その眼鏡は度が弱く、仕事をするには丁度いい。ただ、運転するには不安だ。だいたい、眼鏡に慣れていないので、目と眼鏡との距離に微妙にずれていく世界がつかめず、我が家の階段でさえつまずく始末。運転など出来るものではない。万事が万事は、上手くいかないものである。
運転しなければならない日は、コンタクトをつけ1日過ごす。末娘が高校に通うために送り迎えしていた昨年までは、朝起きて、コンタクトをつけるのが当然の習慣だった。今はそれがなくなり、多少自由に使い分けている。

そんな調子でいられるのも、老眼が始まってから10年、ほぼ進行していないからだ。老眼という沼に片足をとられながらも、なんとか近視のコンタクトで過ごしている。
コンタクトで過ごすことにより、日中は近くのものもがんばって見るしかない。疲れる。疲れるが、これがいいリハビリになっているようなのだ。知らず知らず目の筋肉体操をしているらしい。
「わたしの目、目に見えない努力をしているんだなぁ」
などと感心することしきり。しかし。

五十肩がよくなり、夫にストレッチをするように言われるが、なかなかやる気が起きない。毎日かかさず入念にストレッチする夫を眺め、目の筋肉のように自然にストレッチ出来ないものかと怠惰に考えつつ、ちょっと肩と首を回しては「おっ、気持ちいい」と言って「それは、ストレッチじゃない」と、呆れ果てた夫に指摘されるのである。目に見える努力もまた、必要なようだ。

常時眼鏡をかけている夫は、眼鏡を拭くのもマメです。
わたしが、着ているフリースとかで眼鏡を拭いていると呆れられます。
  
おかーさん、僕が誘わないからって、少しは歩かないとダメですよ。
ウォーキングシューズ、プレゼントしてもらったんでしょ。
ほらほら、外はいいお天気ですよ。気持ちいいですよー。
これは11歳の夏の写真です。「笑うびっきー」とは、おとーさん。

拍手

夢始め『待ち針』編

夢の話は、つまらないから人にするなとの忠告を、何処かで読んだことがある。なので、家族以外に話すことは少ないが、年明けに見た馬が登場した夢は、面白がってくれる友人も何人かいて、再度、夢の話をしてみようかという気持ちになった。

幼稚園の教室を、わたしは傍観していた。南向きに建てられた園舎にはたっぷりと陽が射し、園庭はにぎやかに駆け回る子ども達であふれていた。その教室の窓際で一人の男の子が、両手いっぱいに鷲掴みにした待ち針を教室中にバラ撒き始めた。先生達は躍起になり止めさせようとするが、待ち針は後から後から彼の手にあふれ、教室の天井めがけ、花びらでも撒くかのようにそれはもう嬉しそうに思いっきり投げ上げる。待ち針は大きさ形もまちまちで美しい。シルバーピンクのものもある。それが色鮮やかに宙を舞う。「危ない!」と思うのだがわたしは傍観者で、他の子ども達も一向に気にも留める様子もない。ただ大人だけが、必死に叫ぶのみである。

この夢を見た前日、わたしは二つのことをした。一、Facebookに『金平糖』のことをかき込んだ。二、東野圭吾原作ドラマ『眠りの森』を観た。
カラフルで小さな金平糖から、待ち針が連想されたのだと想像する。そしてドラマの題材となった『眠りの森の美女』では、姫を百年の眠りにつかせた糸車の針が登場。針は人を刺すものとなる。撒いたのは、節分が近づいたからか。

目覚めて冷静に考えると、なんて単純な、と思わざるを得ない夢が多いのだが、眠っている間に、どうしてまたこんな風にややこしくこねくり回して創り直すかなぁと、そのシステムには、我ながら呆れてしまう。
ちなみに今回、舞台として選ばれたのは、幼い頃通っていた東京は板橋区の『みどり幼稚園』だった。あの園舎はまだ、あるのだろうか。

ずっと使っていない裁縫道具など、ごちゃごちゃに入れた箱を開け、
懐かしい気持ちでいっぱいになりました。ミシン刺繍用のカラフルな糸。
とれたボタンや、カラーボビン。右上にある指ぬきは、小学校の時のかな?

パッチワークの針山は、中学の時に家にある布で作りました。
1本だけ、ちょんと刺してあるのがシルバーピンクの待ち針です。
リスくんの針山は、吉祥寺の雑貨屋で見つけたものです。300円也。
このリスくん、ウルトラマンに似てると思うのはわたしだけ?しゅわっち!

拍手

知っているという宝物

「すごいよねぇ」と、末娘が感動していた。
「韮崎から乗って、浦和までスイカで行けるんだよ」
「ほんとだねぇ」と、わたし。
彼女は、各駅停車の旅で浦和から帰省した。わたしや夫が東京に行く時には、あずさやかいじの特急を使うのでいつも回数券。スイカは使わない。
彼女の感動は、新宿からJR中央線に乗ってスイカ利用可能最終駅『韮崎』の先に在る無人駅『穴山』からさらに長野方面に乗り『長坂』まで通っていた高校時代から来ている。
「なんで、スイカ持ってるの?」と、何度も彼女は学友達に聞かれていた。
わたしの実家がある東京に遊びに行く機会が多かった彼女には、持っていて便利なスイカも、スイカの果ての先の学校では、その便利さも判ってもらえない。都心大学のオープンキャンパスに行く3年生になるまで、スイカを持たない子の方が多数派だったのだ。

新宿湘南ラインだって停まる浦和で始めた暮らしは、信じられないほど便利で楽しく、キラキラ輝いているかもしれない。だがそれも、彼女がスイカの使えない暮らしを知っているからだ。知っているっていうことが、もしかしたら彼女にとって、キラキラとは光らなくとも宝物の一つになるかもしれないな。
韮崎で、電車を待ちつつ、キラキラと凍った空気を小さく吸い込んだ。

韮崎駅まで歩く途中の歩道で、寝転んでいました。
韮崎名物ではありません。ノラさんかな?
  
サッカーが盛んな韮崎市。駅前には『球児の像』があります。
韮崎高校出身の中田英寿が、モデルという訳ではありません。
彼が生まれる前から、立っているそうです。
新しく登場したキャラ、ニーラも、サッカーボールを持っています。
  
自動チャージできないスイカ改札をくぐって、ホームに立つと、
真っ白い平和観音の姿が見えます。

ええっ? 国立公園下車駅だったの?

知らないことばかり、かいてありました。うーん、灯台もと暗し。

拍手

誰か、いる?

八ヶ岳から北風が吹き下ろすこの季節、強い風に家が揺れる。
「えっ? 地震? あれっ? えっ? なんだ、風かぁ」と、わたし。
小学生の頃から北風に揺れる2階の住人である上の娘は、一緒にいるリビングから自分の部屋を見上げることもなく「風だね」と答え、顔色一つ変えない。そして脅すように言うのだ。「それか、誰かいるのかも」と。

この土地に生えていた赤松を使い建てたこの家は、隣りの林の赤松と申し合わせたかの如く、しなり揺れる。隣の赤松は「キーッ、キーッ」と鳴くような声を出すが、木材となった赤松は、そんな風に素直な声では鳴かない。
カタッ。ことん。ミシッ。ずん。カーン。ぱん。タタタタタッ。ぱらぱらっ。
不思議な音で、鳴くのだ。
住んでみないと判らないだろうが、娘達も夫も言う。「誰か、いる」と。

節電のため、いちばん温かい2階の末娘の部屋で眠るようになり、風の音にも、その北風に揺さぶり起こされることにも慣れ始めた。
しかし、慣れないのは「誰か、いる」その気配だ。夫がいない夜、上の娘から遅くなるとメールがあり、ひとりベッドに入った。うとうとし始めた頃。玄関が開く音がし、鞄を置く音、ストーブに薪を入れる音、鍋を温める音がする。「ああ、娘が帰ってきたのだな」と夢うつつで眠りに入った。だが、夜中に目覚め、トイレに行き水を飲み、リビングや風呂場を見回し愕然とした。彼女はまだ、帰って来ていなかったのだ。
「誰!?」
それでもまだ、仕事部屋にいるかもしれないと、末娘の部屋から窓を覗くと、窓に髪の長い心細そうな顔をした女が映った。もちろん、自分自身である。
「やめた、やめた!」真冬に怪談は、似合わない。布団をかぶるのみ。
朝起きて、娘に話すと、彼女は不敵に「ふふふ」と笑った。

吹き抜けの上の天窓には、手が届きません。外からだと7m位あるかなぁ。
此処から入って来られるのは、シルクド・ソレイユのメンバーだけかも。
  
末娘の部屋の天窓も同様。南向きの天窓からは陽が射していました。

こんな風に、組み合わせた梁もあります。
  
また、何年か経ち木が動いて直した場所もあります。
建てた時に材木につけたマークが、そのまま見えるところも。
  
いちばん怪しいのは、屋根裏部屋? 煙突のなかも、怪しいかも。

拍手

お気に入りの長靴

若い頃に、挑戦だけはしたが、すぐに自分には合わないと悟り、以後いっさい手を付けていないものがある。煙草とハイヒールだ。煙草は、嫌い、で済んだが、ハイヒールは、TPOに合わせ必要と思われるシーンもあった。だがそれも、デザインを工夫すれば、ローヒールで通すことが出来た。

尖がったハイヒールを履く女性を見るにつけ、だいじょうぶかと不安になる。駅の階段などを駆け上がる姿に、いつ転ぶんじゃないかとハラハラするのだ。余計なお世話と知りつつ「すみません、地に足がついていませんよ」と、声をかけたくなる。そんな空飛ぶ女性の方が多数派なんだろうか。ハイヒールを履きつつも、地に足をつけて生きている人が多いってことかな。

ところで、今シーズン新調したブーツの履き心地が、素晴らしくいい。普段履いている足に馴染んだ靴よりもさらにフィット感があるのだ。なので夫と散歩に行く時にも、スーパーに買い物に行く時にも、つい履いてしまう。そうして、気に入った靴をダメにしてしまういつものパターンは見えているのだが。
「ジーンズに合わせると、かっこよくないかなぁ?」と、わたし。
すると、一言で夫。「長靴、だね」
長靴だって、いいさ。と、負けずにブーツを履く。そして、いやいやと否定する。この履き心地の良さは、長靴ではない、と。

そして、さらに思い出す。息子が2歳の頃、長靴がお気に入りで、運動靴を履かず長靴ばかり履いていた。若い母親は、彼のために買った運動靴を履かせようと、四苦八苦していたが、今なら、と、思う。長靴が履きたいんなら、毎日長靴を履けばいいと。無理に他の靴を履かせようなどとは、もう思わないだろうなと。今26歳の彼は、東京の空の下、毎日長靴を履いている訳でもないだろう。いや、それならそれでまた、面白いかも知れない。
「正月くらい、帰って来いよ」独り言を聞き、長靴に似たブーツは嘲笑した。
「長靴を履こうが、何処で正月を迎えようが、いいんじゃなかったの?」

一目で気に入ったのは、色でした。薄いベージュという合わせやすさ。
  
洒落ているようで、簡単な作り。前から見ると『長靴』そのものですね。

こんな風に、レグウォーマーを組み合わせると、可愛いでしょ。
薄い色だから、いろいろに楽しめそうです。

拍手

裸の木々に、冬を感じ春を思う

北風も休みをとったらしき静かな昼。夫と、歩いた。
春の林は、木々の息吹を感じるし、秋には、日々色を変えていく木々に見とれたりもしたが、冬の林もまたいい。
裸になった木々達が、冷たい空気のなか、それぞれに自分をさらけだし、少々恥ずかしそうでもあるが、凛として立っている姿に、こちらも胸の奥にある芯のようなものを、真っ直ぐ伸ばして対峙せねばという気持ちにさせられる。

見上げると冬の空が、青く眩しい。
春や秋のように華やかではないが、木々をじっと見ていると、季節の移り変わりを静かに教えてくれていることが判る。八ヶ岳から北風が吹き下ろす、冬の長い明野だが、春の兆しがそこ此処に見え始めるのだ。
冬を感じ春を思い、びっきーとよく散歩した道を、ふたりゆっくりと歩いた。

落ちずに残っている栗が、栗の木だと教えてくれます。

足元には、よく見ると栗達が落ち葉の陰に隠れていました。

ニセアカシアは、春、むせ返るような匂いでたくさんの花を咲かせますが、
冬には、空を切り裂くかの如く、鋭い棘を見せています。

柿は、生ったままの実を重たそうに抱え、鳥達に突かれるがまま。

ムクゲは、枯れた花を落とさず、洒落た姿で冬を迎えました。

朽ちゆく赤松の根元には、新しい松の芽が太陽を浴びていました。

拍手

08 2019/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
ご意見などのメールはこちらに midukisae☆gmail.com
(☆を@に変えてください)
Template by repe