はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『ベーコン』

井上荒野の短編集『ベーコン』(集英社文庫)を、読んだ。
読んだばかりの『キャベツ炒めに捧ぐ』と同じく、食べることが鍵になる短編ばかりを集めている。しかし雰囲気はまるで違う。登場人物の孤独が『キャベツ』より、はるかに色濃く描かれている。裏表紙の言葉を借りると「人の心の奥にひそむ濃密な愛と官能を、食べることに絡めて描いた短編集」だ。
以下表題作、死んだ母の恋人を訪ねる『ベーコン』より。

私と沖さんは、炉を囲み、向かい合って座った。炉の縁には、脂やソースの染みが点々と付いていた。沖さんと母は、幾度もこうして食事をしたのだろうか。私の想像はなぜか上空を駆け抜けて、沖さんがこの炉を作っているところや、そのそばでしゃがみ込み、膝の上に顎をのせて、幸福そうに作業を眺めている母の姿までが浮かんできた。私はそれを振り払うように、
「沖さんは、最初からそんなふうに逞しかったの」と聞いた。
「いや。べつに」沖さんは炉の上のベーコンに向かって呟いた。
「沖さんは、床上手だったの」
沖さんは、ゆっくり顔を上げて、私を睨んだ。
「よく、そういうことが言えるもんだな」
「母のことなんか、何も覚えていないもの。私には他人なのよ」
私は言い返した。
「あなたはお母さんによく似ているよ」
ベーコンはゆっくり炙られていった。脂身がぷっくりと膨らみ、次第に透明になって、端のほうから少しずつ、ちりちりと焦げていく。脂が炭の上に落ちて、香ばしい細い煙になった。匂いにつられたのか、他の理由でか、豚が二頭、そばに寄ってきた。「ほい、ほい」と沖さんは豚の尻を叩いて追い返し、ベーコンを裏返した。

食べることなく、生きていくことはできない。では、人を愛することなく、生きていくことはできるのだろうか。9編目の『目玉焼き、トーストにのっけて』から引用すると「ビッグマックに今ならポテトがついてくる、みたいに」そのふたつはセットになっているのかも知れない。

表紙は、レースとフォークのお洒落なデザインです。
単行本の表紙とは、全く違うものになっています。
文庫化の際『トナカイサラミ』を追加収録したそうです。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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