はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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夏に冷えを防ぐには

夏にも、身体は冷えている。
そう実感するのは、歳だけのせいではあるまい。
ガンガンに冷房が効いた場所も多く、我が家にはエアコンはないが、標高600メートル。朝夕の冷え込みは寒いほどだ。
ヨガ教室で、促されるままに身体じゅうのあちらこちらを触ってみると、汗をかくほど暑い日だったにもかかわらず、思ったよりもずっと冷たくて驚いた。

そこで先生が教えてくれた冷え対策を、毎日実行している。
なに、実行というほどのことではない。とても簡単なことなのだ。
冷えたところを、さする。ザッツオール。
お腹、背中、腰、腕、膝、ふくらはぎ、そして頭も。
触ると、多少の差はあるが、身体じゅうが冷えていることが判る。
要するに何処でもいいから気持ちのいいように、手に負荷がかかるほどの力も入れず、たださする。それだけ。ほんの少しさするだけでも新陳代謝がよくなるそうだ。さすらずとも触るだけでその部位に意識が向き、血流がよくなるという。それで肩こりや足の張りがほんのすこーし楽になる。たったそれだけのことなんだけど。

その簡単さ、その手軽さ、場所も時間も選ばないところ、気が向いたらできる自由さが、いい。ずぼらなわたしでもできる。
テレビを観ながら、ベッドに入って眠るまでの間、夫を迎えに行き車で待ちながら、身体のあちこちをさすっている。さすっていると思い出す。もう記憶にないくらい小さな頃に、母に背中をさすってもらったことを。そんな記憶も相まって、新陳代謝もよくなるのかも知れない。

夏、雨上がりの朝の庭です。テッポウユリが次々咲いていきます。

ウッドデッキに顔を出したキノコさん。そこ、困るんですけど。

あっ、ポストの屋根には!
(ポストのペンキ塗り直さなくっちゃ)

生まれたての苔達が・・・。

切り株のオブジェには、苔さんもキノコさんもいらっしゃいました。

ガウラが、濃いピンクの花を風に揺らしています。

エゾ蝉。力尽きて地面に落ちたのかと思いきや、飛んでいきました。

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トマトが赤くなると

トマトが赤くなると、医者が青くなる。
そんな諺が、ヨーロッパにはあるそうだ。
夏にトマトを食べれば、医者いらずという意味だろう。それだけ栄養価が高いということか。まさに栄養満点と、自らアピールしているようなトマトをいただいた。プチプチトマトだが、枝に鈴生りになっている。捥ぐと、まだまだ枝にくっついていたかったんですとでも言うかのように、ぷちっとはじける。そのまま口に入れると。甘い。甘いが、青臭いような野菜の味がしっかり残っている。つんと葉の、茎の匂いもする。その匂いは土の匂いとも通じている。

小学校のときの仲良しが、八百屋の娘だった。
東京でも畑や林の多い不便な地区で、彼女のお父さんは、軽トラックで野菜を売って回っていた。今でも覚えているのは、近所の意地悪婆さん(笑)と八百屋さんが口論していたシーンだ。
「トマトはね、青い方が美味しいんだよ」とお婆さん。
「いや、赤く熟れたトマトの方が、そりゃあ美味いでしょう」と八百屋さん。
「あんたは赤い方を売りたいだろうよ。売れ残ったら腐っちまうからね」
「いやいや、そういうことを言っているんじゃあなくって」
「そういうことだろうよ」

お婆さん、どうして八百屋さんに意地悪するんだろう。
子ども心に思ったのは、そんな当たり前のことで、トマトが歩いて行く先の道は見えなかった。
今は思う。青いトマトを買い、熟れるまで常温で置いておくもよし、すぐにかぶりつくなら、真っ赤に熟れたトマトを買うもよし。
ただ、もう子どもじゃない、いい大人になったわたしが、あのときの二人の前に立ったとしても、果たしてそんなことが言えるのだろうか。
思い出すうちに、あのときには判らなかったが、お婆さんと八百屋さんが、半ば楽しみまじりに口論していたようにも思えてくる。
お二人とも、わたしの親ほどのお歳だと思うけれど、お元気なのかな。

枝についているだけなのに、趣きがありますね〜。

たらふく食べてからピクルスにしました。来週も楽しめそうです。

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ひとつひとつを積み重ねる心地よさ

夏糸で、バッグを編んだ。普段使いの小さなものだ。
こま編みだけで、ただただ編み進めていく。心地よい単純作業だった。

編み物だからという訳ではなく、単純作業がけっこう好きだ。
野菜の千切りもそうだし、洗濯物を干すのも好きだ。
言い換えれば、ひとつひとつを確実に積み重ねていき、何かしら出来上がるのが楽しいのかもしれない。いや。楽しいというより、スッキリするといったほうがぴったりくる。単純に、ただただひとつひとつを積み重ねていくとき、頭のなかで、あるいは心のなかで、ごちゃごちゃになった何かが整理整頓されていくような感じがするのだ。まさに、ストレス解消である。

そして単純作業のいいところは、難しくないこと、簡単にできることひとつひとつをこなしていけば、いつかは完成形にたどりつくというところだ。
そんなふうにして、バッグは出来上がった。頭と心もスッキリとして、夏糸のアイボリーと藍の色が、まぶしくくっきりと見えた。

こま編みのみの簡単なバッグですが、色を変えるだけでいい感じ。

中身を入れると、こんなふう。軽くて普段使いにぴったり。

末娘の大学の学園祭で購入した、手作り陶器のブローチをつけて。
入っているはりねずみ柄のタオルハンカチ、見えますか?

地球をデザインしたようなブローチには言葉が添えられていました。
「変わっていく 私のこころ あなたのこころ」

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『初恋温泉』

吉田修一の短編集『初恋温泉』(集英社文庫)を、読んだ。
裏表紙の紹介文には「温泉を訪れる5組の男女の心情を細やかにすくいあげる」とある。舞台となる5つの温泉は、すべて実在する。いつか行ってみたいと思いつつ読むのも楽しい恋愛小説集だった。
 『初恋温泉』(熱海 蓬莱 現、星野リゾート 界
初恋の人を妻とし、彼女のために店を大きくしようとがんばってきた男は、温泉旅行の前夜、離婚話を切り出される。
 『白雪温泉』(青森 青荷温泉
仕切り屋でおしゃべり同士のカップルが、温泉宿の離れで、沈黙し続ける男女に出会う。
 『ためらいの湯』(祇園 畑中
男は妻に、女は夫に嘘をつき、温泉宿で待ち合わせた。何も知らない男の妻からの電話が鳴る。
 『風来温泉』(那須 二期倶楽部
夫婦で訪れる予定だったが、男はひとりで山深い温泉ホテルにやって来た。ひとり旅の女との時間を過ごし、自分を見つめる。
 『純情温泉』(黒川 南城苑
親に嘘をつき、温泉旅行に行く高校生カップル。以下本文から。

行く、行かない、約束した、しないと言い合っていたのだが、その途中でどのように話が脱線したのか、どっちが先に互いを好きになったかという話になった。もちろん、付き合ってくれと学校帰りに待ち伏せして申し込んだのは健二だったが、健二としては「不可能だと思えば、告白なんかしない。同じクラスで真希の親友でもある喜多川が『健二のこと、かっこいいって言ってたよ』と教えてくれたので、告白したんだ」という言い分があり、真希は真希で「そんなこと言ってない。とつぜん告白されて、正直かなり迷ったんだ」などと、今さら後悔しているようなことを言う。
「だったら、なんで付き合うって言ったんだよ?」と健二は口を尖らせた。
「だって、あんなに必死に告白されたら、悪いなって思っちゃうじゃない」
「同情?」「最初はね」「うそだろ?」
「でも、今はそうじゃないよ」「ほんとかよ?」
「ほんとよ。もしそうだったら、わざわざ親に嘘までついて、温泉なんかに一緒にくるわけないじゃない」
「じゃあ、訊くけど、俺のどこがいい?」「どこって・・・」
いちおう喧嘩をしているのだが、この辺りから互いの口調も変わってきていた。健二が二つ並べられた布団を這って、真希の膝に頭を乗せると「馬鹿じゃないの」と言いながらも、その耳を抓んだり、鼻を抓んだりしてくる。
「なあ、露天風呂」と健二は言った。
「分かったよ、じゃあ、ほら、行こう」

温泉って、日常を忘れてしまうような特別な場所なんだよなあ。
無音という音が聴こえたり、透明という色に気づいたり、風が目に見えたり。温泉宿で過ごすそんな時間が、服を脱ぎ交わっても交わり切れない部分に、男と女それぞれが抱える孤独に、温かく寄り添っていた。

新緑を見上げたような、さわやかな表紙です。
本屋で手にとった訳は、吉田修一だという安心感と、
初、恋、温、泉、の漢字が4つとも好きだったからかな。

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反対の反対は、反対じゃない?

「うわっ、逆だった!」ということが、よくある。
昨日かいた、生姜の皮vs大根の皮、然り。思い違いが多いのかも知れないが、位置関係を認識するのが苦手なのだ。

左右を、よく間違える。
運転していて「そこ、右に曲がって」と言われ、左に曲がってしまうことは日常茶飯事だ。方向音痴である所以、ここにあり、である。
子どもの頃は、左手の甲の真ん中にホクロがあった。左右はいつもそれを見て判断していたのだが、そのホクロも大人になる頃には跡形もなく消えていた。子どもの頃に増して、右も左も判らない状態になった。

さらに前後も、よく間違える。
毎日の生活のなか、2日に1回やるのが、Tシャツを着る時に、背中側についたタグを確認しつつ頭を通すにもかかわらず、逆になってるというもの。さすがにそのまま着ることはないが、自分でも原因が判らない。
「きみは、小さな子どもなのか?」
自らツッコむほか、どうしようもない。
冷えとり靴下も、五本指タイプの左右が目視で認識できず、指が入らなくて履き直すのも毎日のことだ。

縦横も、間違える。
特にリボン結びが縦結びになることが多く、結ぶ手をとめ考え込んでしまう。

若い頃は、脳の造りが他人と違うのだろうかとまじめに悩んだこともあった。だが、悩んだところでどうなる訳でもなし、すとんと受け入れてしまった。
よかったこともある。誰にでもできるようなことをできない人もいるのだと、知っていたことだ。子ども達と過ごす時間、どうしてこんなに簡単なことができないの? と思ったとき、自分だって簡単なこと(他の人にとっては)ができてないじゃんと考えられた。そして、間違えたらやり直せばいいのだと、じっくり向き合うことができた。
幼い息子や娘達が、Tシャツの前後ろを間違えずに着られるようになったときには、本当にすごいと感動したっけ。誰もわたしの反対遺伝子(?)を受け継ぐことはなく、ちょっと淋しいような気持ちにもなった。

反対は、反対で、反対の反対は、反対じゃなくなって、反対の反対の反対は、反対だ。考えれば考えるほどに、こんがらがってくるのである。

冷えとり靴下は、ワンセット8枚。洗濯物のなかでも、存在感があります。
夫は左右を確認してから、五本指靴下を履くそうです。すごいな~。

正しいリボン結び。背中で結ぶタイプは、特に間違えやすいです。
エプロンとか、できません。それもあって、しないのかも。

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グリーンカレーと生姜の皮

日曜のランチに、タイ風グリーンカレーを作った。
ルーからすべて作ったのは初めてだ。こぶみかんの葉っぱは手に入らなかったし、レモングラスの代用にレモンバームを使ったが、なかなかに美味しくできたので、定番メニューに組み込みたいと思っている。

さて。普段あまり使わない食材もあったが、そのなかでいちばん違和感を覚えたのが、生姜の皮だった。レシピに「皮つき生姜」とはっきりあったので、皮を剥かずに入れたのだが、わたしは普段、生姜の皮は必ず剥いている。
若い頃読んだエッセイ本に「大根の皮剥くバカ、生姜の皮剥かぬバカ」と八百屋さんに教えてもらったとあるのを読んでからだ。根拠の記載はなかったが、そして大根の皮はその後も相変わらず剥いていたのだが、生姜の皮だけは剥かなくてはならないものだと一生懸命剥いていた。
「皮、剥かないんだー」
違和感があったので、調べてみた。するとなんと、こんな諺が出てきた。
「大根の皮とらぬ阿呆、生姜の皮とる阿呆」
大根は皮を剥かないと味がしみにくいし、生姜は皮をむいてしまうと香りや栄養が一番多く含まれる部分を捨てることになる。状況に応じて適切な行動ができなければだめだということ、とある。
「逆じゃん! 全くもう、わたしったら」
呆れ果て、これまで剥いて捨ててきた生姜の皮達への罪の意識で、胸がいっぱいになった。まさに生姜の皮とる阿呆である。
かかれたことをそのまま鵜呑みにしたから、こういうことになったのだ。ひとつひとつの言葉の意味を考え、調べ、理解しなくては。

初めてのグリーンカレーは、美味しかったが辛さがイマイチだった。
青唐辛子に「激辛」とかかれていたので控えめにしたのだ。激辛青唐辛子についても、調べてみよう。

パクチーたっぷり、青唐辛子、レモンバーム、ライムの皮、ニンニク、
皮つきの生姜と、ナンプラー、オリーブオイル、酒を混ぜ合わせて、
グリーンペーストを、作りました。

ほぼ完成図。右上に写っているのが、レモンバームの茎です。
ライムの皮で代用したこぶみかんの葉の香り代わりにレモンも搾って。

器によそってから、粗挽き黒胡椒をかけました。
うーん、クリーミー!

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色、いろいろ 人、いろいろ

最近、色について考える機会が増えた。
定期的に、ネイルをしてもらうようになってからのことだ。
「涼し気な水色にしようかな。久々にやわらかいピンクにするのもいいな。濃いターコイズも夏っぽくていいかも」
色の世界は、無限に広がる宇宙だ。しかしその芯となるものは、赤、青、黄の3原色。ネイルだとピンクやオレンジ、パープルに白なんかがよく使われる。
大抵は、ブルー系にするか、ピンク系にするか、白ベースにするかを考える。好みから黒や真っ赤なネイルを選ぶことはないから、選べる色はたくさんあるようで、そうでもない。
「レインボーカラーに、してもらおうかな」
今回、ふっと思いつき、白ベースにピンク、水色、薄紫を散らしてもらうことにした。やさしい雰囲気に仕上がった。
ネイルをしてもらうと、気持ちもすっきりする。色の効能なのかも知れない。

レインボーカラーのネイルを見ていて、思い出したことがある。
息子の大学の学園祭に、末娘と遊びに行ったときのことだ。もう十年近く前になるから、末娘は小学生だったと思う。ふたりでふらふらと出店をひやかし、娘にかき氷を買った。その店が、虹色かき氷の店だったのだ。大学生の男の子達がエプロンをして売っていた。彼らは娘にやさしく声をかけた。
「どの色のシロップも、好きなだけかけていいんだよ」
苺の赤、メロンの緑、レモンの黄色、ブルーハワイ。周囲を見ると、様々な色を綺麗に組み合わせたり、ぐちゃぐちゃに混ぜたりしたかき氷を食べる学生達が目に入った。かき氷を食べることよりも、色を組み合わせたり混ぜ合わせたりの実験的要素を楽しんでもらおうという企画だったのだろう。しかし、娘はレモンシロップだけをかけ、その場を離れようとした。彼女はただレモン味のかき氷を食べたかっただけなのだ。
「えっ? レモンだけでいいの? もっといろいろかけていいんだよ」
そのときの学生達の残念そうな顔が、今でも忘れられない。
小学生が来てくれた、きっと楽しんで遊んでくれるだろう。その期待を、娘は見事に裏切った。わたしはそれを傍観し考えていた。
「小学生だってひとりひとり違うんだよ。子どもだってひとりの人。色が無限にあるように、人もいろいろなんだから」

レインボーカラーのネイル。ベースをピンクにするか迷いました。
ゴールドのラメが入ると、まとまった感じになります。

これは玄関。夏の間は、京都の藍染の暖簾を掛けています。
天井近くの梁からは、赤い薄布を飾っています。

防災用も兼ねて、リビングに飾ってあるお家の形の蝋燭。
ブルー系とピンク系。いつも寄り添って立っています。

いただきもののトマトとスモモです。同じ赤でも全然違う赤。

何処からか種が飛んできて庭に咲いた、テッポウユリ。
この夏、いちばん最初の花が開きました。真っ白です。

こちらは、土曜日に観戦に行った山梨中銀スタジアム。
ヴァンフォーレ甲府のカラーは、風林火山イメージの赤と青です。
サッカースタジアムは、芝生の緑がまた綺麗ですね。
J1残留を目指して、がんばれ! ヴァンフォーレ甲府!

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小人さんが作ったトマトのお浸し

我が家には、たまに小人さんがやってくる。
正直者の靴屋を助けたことで知られる小人達である。
「あ、洗い物してくれたんだ?」
朝起きて夫に言うと、俺、やってないよと言う。小人さんである。
「あれ? いつの間にか、編みかけのバッグ、こんなに編めてる」
夫婦ふたり暮らし。もちろん夫ではない。小人さんである。
「うそ! メール打った覚えないのに、返事してある」
小人さんである。

昨日の朝も、小人さんが作ったトマトのお浸しが、冷蔵庫に入っていた。
いただいたトマトの皮が硬く、どう料理しようかと考えていたのだが、綺麗に湯剥きした大小のトマトが、丼ぶり鉢のなかで出汁つゆに浸かっている。なかなかに美味だった。

料理や洗い物はいいのだが、小人さん達には、パソコンやケータイを触らないように言ってある。しかし、いたずらしたくなる夜があるらしい。これにはほとほと困っている。
グリム童話に登場する正直者の靴屋は、ラストその正体を知り、小人達にお礼をする。裸の彼らに、洋服と靴をプレゼントしたのだ。裸じゃなくなった小人達は、喜んで出ていき二度と帰ってくることはなかった。
「小人さん達に、服、プレゼントしようかな」
いたずらがひどくなったら、考えなくては。
あなたのお家には、小人さん、来たことありませんか?

トマトのやわらかい赤に、和みます。よーく冷えていました。

昨日の朝ご飯です。胡瓜もいっぱいいただいたので毎日食べています。
お味噌汁の茗荷は、庭で収穫しました。いい季節ですね。

居間から、2階と吹き抜けの天井を見上げて。
誰もいないはずの2階から音がする、なーんてことがよくあります。

わたしにだけ聞こえる訳じゃ、ありません。
子ども達も、同じことをよく言っていました。
小人さんの姿は見たことありませんが、音がした時に声をかけています。
「パソコン、いたずらしないでね~!」

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いただきもの

川釣りが趣味のご近所さんに、鮎をいただいた。
ついさっきまで、川を泳いでいた鮎だ。イタリアンでワインの食卓に、鮎の塩焼きが加わり豪華な夕食となった。

野菜をいただくことが多いこの季節、植物の生命力というモノを身近に感じる季節でもある。
「どんどん大きくなっちゃって、困ってるんだ」
そう言ってゴーヤや、胡瓜、ズッキーニなどが届く。
しかし頭のついた魚には、さらに「命」というモノを強く感じる。
鮎は、友釣りという独特の方法で釣るのだそうだ。おとりの鮎を泳がせ、そこにテリトリーを守ろうとする鮎が攻撃してきたところを、引っ掛けて釣るらしい。鮎の性質を利用した釣りだ。そこには鮎の、生活の場所を守り生きていこうという強い意志が感じられる。その命を、鮎の意志や、生命のパワーまでもを、人がいただいているのだ。

普段は考えることなく肉や魚を口にしているけれど、鮎を食べ「命」をいただいているのだということを思い出した。ご近所さんからのいただきもの。そして川から、地球からのいただきものに感謝しつつ、残さず美味しく味わった。

ゴーヤにズッキーニにトマト。いっぱいいただきました。

これが、鮎です。綺麗です。

さばかずに、ただ塩を振って焼いただけだけど、風味が濃い!

ズッキーニは、オリーブオイルで焼いて塩胡椒しました。
生姜を入れて浅漬けにしても、美味しいんですよ。

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電話の声に

夏バテしたという末娘と、電話でしゃべった。
「夏休みなんでしょ。帰って来ないの?」
「うーん、バイトあるしなあ」
何を話すでもない、ごく普通のやりとりだ。思ったよりも元気そうで、安心した。ただその声が、やけに幼く感じ、ちょっと切なくなる。
彼女は、メールもクールで余計なことはかかない。用がなければ、連絡してくることもない。本が大好きなのに、理系が入った合理主義。わたしとよく似ている。だがその声には、クールさは感じられない。

彼女と会ってしゃべっているときには感じない幼さを、声だけだと感じてしまうことがよくある。会って、顔を見て、笑ったり肩をすくめたりしながらしゃべると、その全体がわたしのなかに流れてくる。クールさを前面に出した印象。それが実際には、本当の彼女なのかも知れない。しかし声だけの、幼さを残した彼女も、わたしのなかでは本当の彼女だ。

娘じゃなくとも、普段会っている人が、声だけ聴いてみたら、また違う印象になるということもあるのだろうか。その人の本質が、会って初めて判ることもあるだろう。しかし、何度も会っているにもかかわらず、声を聴いたときに不意に何かが判るということも、ないとは言えないなと思った。
いや。声だけを聴いたとき、わたしの母親としての感情が、彼女の幼さを誇張して聞き取ってしまうということだって考えられる。
娘の声に耳を傾けながら、つらつらとそんなことを考えた。彼女の部屋に吊るしたままの風鈴が、ちりちりりんと音を立てている。

昨日の庭の様子です。
隣りの林との間に広がるホソバウンラン。やさしい黄色です。

ワレモコウには、夏トンボがとまっていました。

テッポウユリは、日に日に蕾を膨らませています。

ムクゲは、毎日新しい花を咲かせて。

むっくり顔を出したキノコさんも、いらっしゃいました。

山桜の葉っぱが、赤く紅葉して落ちていました。

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『コンビニ人間』

芥川賞を受賞し発売された『コンビニ人間』(文藝春秋)を、読んだ。
著者は、村田沙耶香。いまだコンビニでバイト中の36歳の女性だそうだ。

古倉恵子36歳は、18年前、駅前のコンビニ、スマイルマートが開店したその時からアルバイトを続けている。コンビニ以外の場所では、これまで働いたことはなく、就職もできなかった。子ども時代にさかのぼれば、彼女は少し奇妙がられる子どもだった。以下本文から。

例えば幼稚園のころ、公園で小鳥が死んでいたことがある。どこかで飼われていたと思われる、青い綺麗な小鳥だった。ぐにゃりと首を曲げて目を閉じている小鳥を囲んで、他の子供たちは泣いていた。
「どうしようか?」一人の女の子が言うのと同時に、私は素早く小鳥を掌の上に乗せて、ベンチで雑談している母の所へ持って行った。
「どうしたの、恵子? ああ、小鳥さん・・・!どこから飛んできたんだろう。かわいそうだね。お墓作ってあげようか」
私の頭を撫でて優しく言った母に、私は「これ、食べよう」と言った。
「え?」
「お父さん焼き鳥好きだから、今日、これ焼いて食べよう」

その後も恵子の数々の言動や行動は問題視されるが、彼女には何が問題なのかが判らない。母親の「どうしたら『治る』のかしら」という言葉に、自分には修正すべき何かがあるらしいと感じるだけだ。中学以降、両親に心配をかけまいと、彼女は友達も作らず必要最小限しか口を利かず大学を卒業する。そして大学時代からバイトしていたコンビニで働き続けているのだった。
自分で働いて、誰にも迷惑をかけず暮らしているのだから、それでいい。本人に変化を望む気持ちはない。満たされていると言ってもいい。しかし周囲は誰ひとり、そうは考えないのだった。そんな折り、コンビニをクビになったダメ男、白羽が、恵子のアパートに転がり込んでくる。以下本文から。

「次に叱られるのは、古倉さん、あなたですよ」
「私・・・?」
「何で無職の男を部屋に住まわせているんだ、共働きでもいいが何でアルバイトなんだ、結婚はしないのか、子供は作らないのか、ちゃんと仕事しろ、大人としての役割を果たせ・・・みんながあなたに干渉しますよ」
「今まで、お店の人にそんなこと言われたことないですよ」
「それはね、あんたがおかしすぎたからですよ。36歳の独身のコンビニアルバイト店員、しかもたぶん処女、毎日やけにはりきって声を張り上げて、健康そうになのに就職しようとしている様子もない。あんたが異物で、気持ちが悪すぎたから、誰も言わなかっただけだ。陰では言われてたんですよ。それが、これからは直接言われるだけ」
「え・・・」
「普通の人間っていうのは普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ」

はて。「普通」って、何だっけ。周囲と同じことだったっけ。
恵子は「普通」とは言い難い女性だが、恵子に「普通」を押し付け、求めようとする周囲の人達も「普通」だとは思えない存在だった。
結婚して子どもを生んだから幸せ、ではなく、結婚して子どもを生むのもまた幸せのひとつなのだと、その違いを混同することなく判っていたいと思った。
それにしても「人」である以上に「コンビニ店員」として生きていこうとする恵子がコンビニで働くさまはいい。何よりコンビニ運営が優先という潔さが心地よい。そんな場所を持つ彼女がちょっと羨ましいような気持ちになった。

表紙は、金氏徹平の現代アート『溶け出す都市、空白の森』より。
タイトルに使われた黄色に、理系思考アピールを感じました。

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あきらめずに伝えること

久しぶりに、最寄りの無人駅JR穴山駅から電車に乗った。
たいていは、東京寄りの有人駅(?)韮崎から乗るので、穴山駅の利用は少ない。頻繁に使っていたのは高校に通っていた頃の娘達で、その送り迎えでわたしも毎日のように駅前まで車を走らせていた。その日々も、もう3年以上も前のことになるが、その道を走ると思いだすことがある。

冬の入口の乾いた風が吹く頃だった。朝いつもの時間に、高校に通う上の娘を送るべく坂道を上っていた。穴山駅は、山とつくだけに小さな山の上にある。うっそうと木々が茂る山道をくねくねと登っていくと駅にたどり着くのだ。
「うわあっ!」「キャーッ!」
娘とわたしの叫び声、どちらが先だっただろうか。
大きな木の枝が、ボンネットに落ちてきたのだ。最初の枝が次々に下の枝を折り連なって落ちてきたらしく、衝撃は3本分。ドンドドドン! という大きな音と振動に、身体じゅうが震えた。
幸いフロントガラスには当たらず、ボンネットはへこんだが車は動いた。娘が一緒にいたことでしっかりしなくてはと思ったのか気が動転することもなく、駅まで送り届けてから保険屋さんに電話して、行政の管轄だろうと教えてもらった。そのとき初めて、警察の事情聴取というものを受けた。

時間、走行速度、通勤か通学か、対向車や後続車の有無、様々訊かれひとつひとつに丁寧に答えた。ボンネットに落ちてきたのだからこちらに落ち度はなく、韮崎市の管理する森林だったこともあり、市に修理保証の申請を出すことになるとの説明を受けた。聴取は30歳くらいの歳若い警官一人で、謙虚な態度にとても好感が持てた。だから、話すことができたのかも知れない。
「ここは、通学する高校生達が、バイクや自転車で通る道なんです。もし、車のボンネットではなくバイクの上に重たくて大きな枝が落ちてきたら、死亡事故につながり兼ねません。張り出した枝の整備をしてください」
行政の対応の遅さには、呆れることも多い。特に山梨では倒木の危険にさらされた道路も多く、順番に整備していても間に合わず、事故が起こることもままあるのだ。だからつい、どうせ言ってもダメだろうと思ってしまいがちになる。それでも、やっぱり伝えておこうと思った。

その2週間後、穴山に続く道の枝は、綺麗に整備されていた。
あのときの警官の名前も顔も覚えてはいないが、彼が子ども達を守るためにがんばったのだろうと、わたしは今でも思っている。警察だって行政だってみんな人なのだ。穴山駅へと続く道を走りながら、いつもそんなことを思う。

一昨日の定点観測地点から撮った八ヶ岳。涼し気です。
気温が下がり、くっきりとした夏ならではの顔を見せてくれました。
それが、昨日は甲府では39℃を超えたそうです・・・。
どうぞみなさま、体調を崩されませんように。

最寄りの無人駅JR穴山駅です。後ろに見えるのは南アルプスの山々。
我が家からは、車で15分ほどです。

電車に乗るには、乗車駅証明書を発行して持っていきます。

帰りの切符は、この箱に入れます。改札はもちろんありません。

夏らしいお習字の文字。風林火山ゆかり駅も紹介されていました。

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『走れ! タカハシ』

村上龍の連作短編集『走れ! タカハシ』(講談社文庫)を、再読した。
読みたくなったのは、夫のひと言。
「あ、タカハシ、走ってる」
夫は、ジョギングする人を見かけると、いつも走っているチームメイトの名を口にするのだ。
「そう言えば『走れ! タカハシ』って小説あったよね? 映画では『走れ! イチロー』になってたけど」
「タカハシって、カープにいた足の速い選手?」と、夫。
「選手のことはよく知らないけど、とにかくタカハシを応援する普通の人達をいくつかの短編で描いた小説だよ」
そんな話をしていたら、読まずにおれなくなったのだ。
タカハシは夫の言う通り、広島カープの盗塁王、高橋慶彦選手だった。
以下『part9 私は小説家である』より。

「ここは走るところじゃないよな」「どうしてよ!」
ムツミはタカハシが一番好きなのだそうだ。
「コージにじっくり打たすべきだ、ちょろちょろリードするとコージが打ちにくいだろ? コージは4番だぜ、2番じゃない」
「ヨシヒコはいいのよ、あたし走って欲しいわ、あの人が走るところ見るの好きなの」
タカハシは大きくリードをとる。スチールを警戒するエンドウは長い間合をとり、牽制球を投げ、ヤマモトもたびたびボックスを外す。結局、一分以上待たされてヤマモトはじれ、2球目を打ってショートゴロゲッツーだった。
「見ろ、タカハシがちょろちょろするから、チャンスが潰れたじゃないか、きょうエンドウすごいからなかなかランナーなんて出ないぞ」
エンドウもタカギも最高のピッチングで、ゲームは延長に入った。
10回の表だ。先頭打者のタカハシは、一球目大きなスイングでフォークを空振りした後、二球目をサード前に絶妙に転がした。また、ノーアウト一塁だ。今度は、タカハシのリードが小さい。しかし、ヤマモトはフォークボールを空振りの三振、ナガシマは速球につまってサードのファールフライに倒れた。次はコバヤカワだ。私の一番好きな選手だ。ところが、タカハシは、コバヤカワがボックスに立つと、再びリードを大きくしたのである。タカハシのバカがまたコバヤカワを打ちにくくしやがって、と私がブツブツ呟いていた時だ。
ひときわ大きくよく通る声で、
 走れ! タカハシ、
と、男の叫び声がしたのである。

スポーツ選手のファンにだって、いろいろな人がいる。そのひとりひとりに人生がある。そしてその人生のなかでも大切な瞬間がある。タカハシが走っているから、がんばれる。そういう人もたくさんいたのだろう。
折しも昨日、イチローが3000安打を達成した。映画版ではオリックス時代のイチローが登場する他、3人の普通人イチローが、再起をかけ、夢を追い、奮闘するらしい。映画版も、観たくなってきた。
そう言えば、愛用のストレッチポール、イチローも使っているのだとか。

1986年に刊行された小説を、文庫化したものだそうです。
ちょうど30年前。昭和な味わいが出ています。

久々に開いて、驚きました。昔の文庫本って、字が小さい!
1989年発行の文庫です。今時の文庫は老眼の人にも優しいんだな。

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知ることでさらに知る

久しぶりに行ったヨガ教室で、歳若い先生と話した。
「最近スポーツ選手とか見ると、顔よりもまず姿勢に目がいくようになったんですよね」と、わたし。
「あ、それ判ります。わたしも、街歩いてても、よくすれ違う人の姿勢チェックしちゃうんですよ」と、先生。
姿勢矯正に重点を置いたヨガ「ひめトレ」に通い始めて3カ月。ほんの少しだが姿勢もよくなり、正しい姿勢がどういうものなのかも教わった。背骨と肩甲骨の間が、指3本分が理想なのだそうだ。そんなこともあり、鏡を見ても姿勢、道行く人を見ても姿勢に目がいくようになっているらしい。人を見ると、まず顔に目がいくのが自然だと思うから、余計におもしろく感じる。正しい姿勢を知り、興味を持つことで、自分自身の視点が変わっていたのだ。

また、台北の旅から帰って来て。
「あ、このいつも飲んでる烏龍茶、台湾産だった!」
夫に言うと、呆れられた。
「台湾銘茶って、しっかりかいてあるじゃん。知らなかったの?」
この夏、愛飲してる水出し烏龍茶。いつものスーパーに売っているものなのだが、美味しく、そして体調もよくなるような気がして、続けていた。
しかしこれまでは、烏龍茶なのだから中国の何処か産なのだろう、くらいにしか考えていなかった。興味がなかったのだろう。だが、台湾茶を知り、お茶の産地や味などにも興味が湧いたのだ。

知ることで、興味が湧き、さらに深く知ろうとする。
そんな知ることの大切さを、知った2つの出来事だった。

愛飲している、台湾は凍頂山の茶葉使用の水出し烏龍茶です。

台湾銘茶ジャスミンバージョンも、購入してみました。
緑茶に、ジャスミンの花で香りをつけたタイプのようです。

ずっと前から持っていた栗原はるみの料理本『私のおもてなしレシピ』
これまで、中国茶のページを読んだことはありませんでした。
烏龍は、半発酵茶なんだね。ジャスミンは、花の香を移すお茶なんだ。

こちらは、台北で買ってきた東方美人茶のティーバッグ。

東方美人茶は、紅茶に近い味わいと色味をしています。

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茗荷の花

5日ほど留守にして帰ってくると、庭の茗荷がたくさん花を咲かせていた。薄い黄色の控えめな雰囲気の花だ。庭を歩くと、ヤマボウシは赤い実を落としているし、花を咲かせたワレモコウには夏トンボがとまっている。テッポウユリは蕾を膨らませ、重そうにうつむいている。

「季節は、流れているんだな」
そう思った瞬間、不意に、今がいつなのか判らなくなった。頭が真っ白になり、何月なのかも考えられなくなる。脳内フリーズ。たまにこういうことがあるのだ。日々、茗荷を食べ続け、こういうことになった訳ではない。子どもの頃から思考が飛ぶ瞬間は、たまに経験してきた。それが授業中だったりすると、ひどく叱られた。今わたし自身があのときのわたしを前にしたとしても、しょうがないぼんやりさんだなあと呆れることだろう。
こういうことは、誰にでもあることなのだろうか。それとも。上手く訊くことができず、いまだ誰にも訊いたことがない。

居間のカレンダーの前に立ち、記憶を取り戻すべく、今日の日づけを探す。
「ああ、8月に入ったんだ」
声に出して言い、記憶も思考も戻ったことを確認する。
こうして真っ白になった瞬間、いつも考える。もし戻ってこなかったら、と。鍵をかけてしまっておけないものって、けっこう多いのかも知れないと。

茗荷畑の葉っぱの下でひっそり咲いています。綺麗です。

収穫した茗荷は、泥だらけ。植物は、土のなかから芽を出し、
花を咲かせるんだよなあと、実感する瞬間です。

洗うと、輝いて見えます。実を刻むのも楽しくなります。

鯵の茗荷酢味噌和え。白髪葱もたっぷり入れました。
花はあまり味がしませんが、もったいなくて、いつも食べちゃいます。

もちろん冷ややっこにも。京都は男前豆腐。しっかりとした旨味です。

茗荷の葉っぱには、大きな蝉の抜け殻が。

ウッドデッキの陽影では、けろじが涼んでいました。

ヤマボウシの赤い実が、レンガの上に落ちていました。

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中心街、中山の夜

台北3日目、最後の夜は中心街、中山(チョンシャン)を歩いた。
ホテル近くなので電車にも乗らず、ふらふら歩いて夕飯を食べる店を探した。行こうと思っていた火鍋の店がいっぱいで、さっぱりと海鮮を食べられる居酒屋を目指そうということになったのだ。
その名も『好小子海鮮店(ハオシャズハイシェンティエン)』。
ガイドブックには、地元民御用達の海鮮ビアホールとある。
「あ、ここだ」
しかし、夫が立ち止まったとき、驚いた。
「ここ!? えっ、ここなの?」
それは、イメージしていた居酒屋でもビアホールでもない、魚屋の脇にテーブルと椅子が並べてあるといった雰囲気。幾種類もの魚や魚介が、店頭の氷の入った陳列棚に並んでいる。商店街の鞄屋と下着屋に挟まれたドアすらもない店だった。
「2人」と夫が指で示すと、店内はいっぱいだったようで店先に陳列してあった海老の発泡スチロールをどけ、テーブルを空けてくれた。商店街を通る人を眺めながらの食事となる。魚は美味く、ビールも冷えていた。

「なんか、いいねえ。こういうの」と、わたし。
「俺達って、こういう雰囲気、好きなんだよね」と、夫。
観光客も多いのだろうけれど、昔から地元の人に愛されているという居酒屋。そこで魚を食べ、酒を飲み、ほんの少しだけ台北の人に近づけたような気持ちになる。観光も楽しいけれど、その土地の人達の暮らしを垣間見たい。たぶんわたし達はそういう気持ちが強いのだろう。何でもないスーパーマーケットや郵便局を見て歩くのも好きでふらりと立ち寄ることも多い。
実際には、垣間見られることなどあるかなしかのようなものなのだろうと知ってはいる。それでも、そこから見える風景を目に焼きつけながら、台北最後の夜と出会った人達に、気持ちよく乾杯したのだった。

商店街にあった海鮮居酒屋は、まさに魚屋の店先のよう。

「この魚を」と注文すると、おじさんが調理場にオーダーします。

種類いっぱい。海老やイカ、貝類も何種類もありました。
上のガラスケースの冷蔵庫には、お刺身が並んでいます。

「この魚と、この貝焼いてよ」「合点承知の助!」
なんて会話してるのかなあ。日本語も少し通じました。
お隣りは鞄屋さん。反対側は、下着屋さんでした。

すぐ裏に、調理する人がいます。奥にも厨房があるようでした。

お刺身。鮪とハマチと・・・あとは何だったんだろう。

牡蠣をオーダーしたら、野菜と炒めたものが出てきました。
スパイシーで、美味しかった。

ふたたびみたびの台湾ビール。B級グルメにぴったり。

太刀魚のムニエル。こんなに美味しい太刀魚、初めて食べました。

こちらは、帰る日の朝に歩いたやっぱり中山近くの朝市。
ひとつ先の雙連(シュアンリェン)駅前から伸びる『雙連朝市』

お豆に、乾物。お隣りでは、生肉を吊るして売っていました。

ゴーヤ、太ってるなあ。白いのもスタンダードのようです。
ホテルの朝ご飯で、白ゴーヤの煮物食べました。

鶏の丸焼きを、切り売りしていました。
お客さんがトング持ってる。自分で量るのかな?

あ、夕べ食べた太刀魚! 美味しそう!
大きな包丁で魚をさばく女性。迫力ありました。

食べそこなった臭豆腐でしょうか? 種類豊富ですね。
・・・怖くて、食べられませんでした。

ドラゴンフルーツは何処でも山積み。綺麗な色に目を魅かれます。

☆台湾旅日記は、これでおしまいです。
 読んでくださってありがとうございました☆

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シノワズリと台湾茶

台北3日目は、康青龍(カンチンロン)を歩いた。
ランチに小籠包を食べようと『鼎泰豊(ディンタイフォン)』を予約していたのだ。「康青龍」とは『鼎泰豊』のある永康街(ヨンカンジエ)と閑静な住宅街が続く青田街(チンティエンジエ)と学生でにぎわう龍泉街(ロンチュアンジエ)を合わせたエリアを呼ぶのだそうだ。

わたしは、永康街の行きたい雑貨屋を2つほどチェックしていたので、午前中からゆっくりと歩いた。雑貨にはあまり興味がない夫をつきあわせる形だが、彼も知らない街を歩くのは嫌いではない。そして何と言っても、方向音痴のわたしの地図代わりになってくれる頼もしい相棒なのである。
「シノワズリって言って、中国風のモチーフや色使いをアレンジした雑貨で、台湾では、牡丹の花の模様が伝統になってるらしいよ」
わたしが説明すると、夫が「へえ」と言う。
ガイドブックにかいてあったそのまんまなのだが、彼はシノワズリや牡丹には興味がなかったらしい。

雑貨屋を満喫した後は、青田街へ。道々、きょろきょろしながら言い合う。
「あ、このお店、ガイドブックに載ってたね」「そうだっけ?」
「この辺りには、日本人の家が多かったみたいだね」「そうなんだ?」
同じガイドブックを見て、同じ場所に来ているというのに、ふたりの知ってることはてんでバラバラで、それが何ともおもしろい。そして食べ物のページだけは、ふたりともしっかりチェックしているところも。
夫は、台湾を日本が長く統治していたことや中国との関係など、わたしが知らないことを教えてくれた。わたしは、雑貨関係の知識をわずかだが披露した。

視点が違うことって、悪いことばかりじゃない。ふたりの視点を合わせて見えてくることだってあるはずだ。ひとり旅もいいけれど、ふたり旅もまたいい。
青田街では、ふたりとも知らなかったお茶の淹れ方を教えてもらった。台湾茶初体験だ。お茶はやっぱり、誰かと飲む方が美味しいとあらためて思った。

『一針一線』というこだわりの雑貨屋さん。
中国少数民族チャン族伝統の刺繍を活かしたシノワズリ雑貨がいっぱい。

ゆっくり見て歩きました。綺麗。地下にはお土産小物のコーナーも。

永康街で、おススメの雑貨屋さんです。

こちらは青田街のお茶屋さん『青田茶館』

涼しげなお庭。日本人のお家だったそうです。

本格的に、台湾茶を淹れてもらいました。
夫は高山烏龍茶、わたしは東方美人茶にしました。

2杯目からは、教えていただいた通りに、自分で淹れます。

うーん。ゆったりした気分。落ち着く―。

心静かに、穏やかに、時間が流れていくのを感じました。

小籠包の人気店『鼎泰豊(ディンタイフォン)』も永康街にあります。
店の前には20分待ちの表示。待つ人であふれかえっていました。
予約していって、よかった。相席でしたが待ち時間なしでした。

5個ワンセットで、ふたりで3種類15個オーダーしました。

醤油とお酢につけた針生姜と一緒に、レンゲでいただきます。

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迪化街ノスタルジー

台北2日目の朝は、迪化街(ディーホアジエ)を歩いた。
河の近くの街で、中国大陸からの移民が水運を利用し栄えた問屋街だ。漢方薬、お茶、乾物、カラスミ、そして布や糸、仕立て屋が多いそうだ。
「なんか、なつかしい雰囲気だね」
歩き始めてすぐに、夫が言った。子どもの頃歩いた神戸は長田の商店街を、思いだしたと言う。わたしはわたしで、やはり子どもの頃に自転車でよく通った東京は板橋のSB通りを思いだしていた。
「このスパイスが混じりあったような匂いで、思い出したのかも」
SB通りにはSBカレーの工場があり、カレーの匂いがする通りだった。
「カレーの匂いがする通りがあるってこと自体が、昭和だね」
「今も、SB通りにはカレーの匂い、するんだろうか」
そんなことをしゃべりながら、様々な店をひやかして歩く。

人は、何処へ行ってどんなものを見ても、自分の経験と照らし合わせて、ああ、あれと似てる、あの場所の雰囲気だ、などと思うものなのだなあと、しみじみ考えた。
夫が歩いた頃の神戸の街並みを見ることはもうできないし、彼は彼で昭和のSB通りを自転車で駆け抜けることはできない。
そのとき不意に疑問が湧いた。SB通りには、本当にカレーの匂いがしたのだろうか。SB通りだからカレーの匂いがするような気がしただけなんじゃないだろうか。子どもの頃の記憶は、そのくらい曖昧だ。
そんなことをつらつらと考えたのも、迪化街の風情に、えも言われぬなつかしさを感じたからなのだろう。

昭和の日本を思い起こすような街並み。レトロです。

縦看板やバイクの多さに、そう感じるのかも知れません。

おばちゃん、いい味出してるなあ。魚のすり身団子スープのお店。

お茶屋さんの前を通ると、日本にはないようなお茶の香りがしました。

アロエが干してある―。漢方薬のお店のようです。

お粥屋さん? 営業時間朝6時からお昼の2時までってことかな。

川に続く道です。水運で栄えた問屋街の雰囲気感じました。

ドライフルーツやカラスミを売るお店もいっぱい。

豆もキノコも、牛蒡もゴーヤも、みんな干すんだね。
乾物屋さんです。北海道干貝もありました。

永楽市場のなかにあった仕立て屋さん。
上に飾られた輪になった小物は、赤ちゃんのよだれかけ。可愛い~。

生地屋さんや布小物の雑貨屋さんも、ありました。
でもこのお店、すべて made in japan でした(笑)

とっても素敵な雑貨屋さんが、ありました。
『simple pleasure 簡單喜悅』小さな喜びを大切にって意味かな。
共感する言葉です。日々そういうふうに過ごしたいです。

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九份で見た風景

2日目は、台北近郊の九份に行った。
昔は、不便な山の上にある9世帯だけの集落で、食材日用品はいつも九份(9つ分)まとめて調達していたそうだ。そこから「九份」の名がついたという。
それが、ゴールドラッシュに沸き、金鉱が渇いた後、台湾映画『非情城市』のロケ地として観光の芽が花開く。『千と千尋の神隠し』の湯婆婆の店「油屋」に似ているとの評判も広がり、今では一大観光地となっている。

山の急斜面を利用した観光商店街は、屋根つきのアーケードになっていて強い陽射しにさらされることなく散策できる。前日、夜市を梯子し、所狭しと店が並ぶさまにも少し慣れ、落ち着いて歩くことができた。昼過ぎに着いたのでお腹は空いていたが、露店で食べず、ガイドブックにあった『芋仔蕃薯』というレストランでゆったり食べようと決めていた。
だがそれが、なかなか見つからない。
「他の店でも、いいんじゃない?」
延々と続くアーケードを歩きながら、わたしが言ったとき、夫が見つけた。
「これだ」
それは、石造りのトンネルの入口で、人ひとりやっと通れるほどの細い穴だが、確かに『芋仔蕃薯』へ案内する道しるべがある。
「ほんとに、この先にあるの?」
しかし、つい聞きたくなってしまうほど、細いトンネルが続く。
「着いたあ」
店に着いたときには汗だくになっていた。だが店に入り、テラス席に通されたとき、その汗は吹き飛んだ。
「すごい。海が見える」「気持ち、いい!」
その海の広がる果てしない風景を見たときに、思った。アーケードは楽しく歩いたが、自分でも気づかぬうちに閉塞感に息が詰まっていたのだと。

その場所にいるときには、気づかないことがある。
今立っている場所にいて、いいのだろうか。そう問い続けることが、そして外へ出て違う風景を目にすることが、きっと大切なのだ。
九份で見た風景に、そんなことを思った。

天井つきのアーケードになっています。いろんなお店があるー。

あ、このチャイナブラウス、可愛い! 雑貨屋さんもいっぱい。

手作り海老団子のお店もありました。

フライにするんだね。美味しそうだったけど、我慢しました。

アイス珈琲のお店もありました。「氷滴」の文字に涼みました。

タロイモが特産のようで、タロイモ餅を入れたぜんざいが名物。
かき氷の上に餡子をかけて、その上に何故か熱々の餅をのせます。

あった! 『芋仔蕃薯』

トンネルを抜けると・・・わーっ、海が見える!
食事したテラス席からの風景です。風が通って涼しかった。

お料理も最高でした。やわらかいお味の中華料理って感じ。
日本語の上手な女性が、メニューの見方を教えてくれました。

店のなかには、骨董品のようなものがいっぱい並んでいます。

『芋仔蕃薯』に入るところの道が『千と千尋の神隠し』似の場所。
台湾映画『非情城市』のロケ地でもあります。

見下ろしても「油屋」っぽい。ジブリグッズ売ってました。
『千と千尋』のロケ地だとたどたどしい日本語でいう人もいました。
でも、アニメにロケ地はないから(笑)

会社のメンバーにお土産をと入った、素敵なお茶屋さん。
気持ちもお腹も満たされて、ゆっくり試飲しつつ買い物をしました。

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夜市を歩く

楽しみにしていた夜市を歩いた。
台北最初の夜の夕飯は夜市でと決めていて、ちょっとずついろいろ食べようと計画していたのだ。そのためには、ビールをあまり飲まないという決意までして、まずは、いちばん大きな士林(シーリン)夜市を歩いた。

「蟹のから揚げ、迫力!」「店の看板の雰囲気がいいねえ」
「鉄板焼きも、天麩羅屋もある」「牡蠣オムレツ、いく?」
冷やかしつつ歩き、牡蠣オムレツをつついてビールを飲む。
「ねえ、あれ何?」ビールを飲み干した夫が、言った。
「みんな、あれ持ってる」夫の目は、釘づけになっている。
「ガイドブックにあった、顔の大きさのフライドチキンじゃない?」
さっそく店を探し、購入。かぶりつくと熱々ジューシー、スパイシー。
「独特のスパイス、効いてるよねえ」
ふたり交互に、かぶりついた。
「これは、食べ切れないわ」と、夫。
「全部食べたら、3日間寝込むね」と、わたし。
なんと、ここで満腹になってしまった。
「ちょっとずついろいろは、どうしたんだ」
「だって、いろいろ大きんだもん」
50代の夫婦が楽しむには、夜市の食べ物はずいぶんと大きく多く感じられた。そのうえ、ふたりとも残すのが苦手ときている。

夜市の梯子をして、雰囲気はじゅうぶん楽しんだけれど、いろいろは食べられないもんだなあと実感した。暑さにやられたのも、あったのかも知れない。
「せっかくグルメ夜市寧夏(ネイシャー)に来たんだから、食べるぞ」
「おう」
一通り歩き回り、夜も更けて餃子に挑戦したものの、台湾は、大人数で旅してシェアして楽しむのがベストだと初日にして判ったのだった。

台北で、いちばん大きな士林夜市。夕方から始まります。

風船割りや射的の店がいーっぱいありました。毎日が縁日です。

「美食」は地下街にあり、冷房が効いていました。
見慣れない料理が並んでいて、目移りします。

蟹をそのまま揚げてあるー。肉も海鮮も盛りだくさん。

「人気よ」と日本語でススメられた、肉巻きです。

ゴーヤを蜂蜜で味つけしたらしいジュース。挑戦する気には・・・。

人の顔の大きさだというフライドチキン。
美味しかったけど、5~6人でひとつでいいかも。

「大串焼」だそうです。焼き鳥? とにかく大きい。
大きさで目を魅くのも、商売上手ってことなのかな?

こちらは、食べ物の屋台が中心だという寧夏夜市。

人だかりになっていた餃子屋さんで、焼き餃子を食べました。
皮がもちもちで美味しかった。10個ワンセット売り。

もしかして人気なのは、台湾では鍋貼(焼き餃子)が珍しいの?

2日目に歩いた、黄色い提灯で昼間もやっている、台北近郊の
基隆廟口(ジーロンミャオコウ)夜市。

市の真ん中に寺院がありました。綺麗な建物でした。

超美味しかった台湾風ひもかわうどん。
うどんなのに箸がなく、丸まった平らな麺をレンゲで食べます。
入ってる魚団子もいいお味。シェアしたんだけどとりあいに(笑)

お兄ちゃん達、にこやかに屋台を切り盛りしていました。

地元の人も、のんびりと食事しているように見えました。
台湾では外食が安価なせいか、家で食事を作る習慣がないのだとか。
子育てもおじいちゃん、おばあちゃんがするのがスタンダードで、
お母さん = 主婦という概念がないのだとネットの記事で読みました。

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違うことを楽しんで

夏休みをとって、夫婦ふたり、台湾は台北(タイペイ)を旅した。
いちばんの楽しみは、何と言っても、食。
「台湾は、食べ物が美味しいよ」
友人知人、口をそろえて言う。食いしん坊で呑み助のふたりだ。食べて飲んで、あとはのんびりできればいい。そんな3泊4日の旅だった。

到着は夕方だったが、夜市を観に行こうとふらり出かけた。
道を歩き、電車に乗るだけでも、日本と違うところが目に入ってくる。今や日本でも英語の看板には違和感がないだけに、漢字の並びが違うのが新鮮に映るのだ。ファミリーマートは「全家」(ファミリーの意味らしい)だし、床屋には「美髪」、レストランには「美食」とかかれている店が多い。街に並ぶ「養生館」は、台湾式足裏マッサージもしてくれるリラクゼーションルームだ。
電車(MRT)に乗ろうと改札をくぐると「← 月台」の文字。「月台」は、ホームだ。そしてホームに備えつけられたドアには「小心夾手」とある。「小心」は気をつけてということらしい。電車に乗れば優先席には「博愛座」。
並びは違うけれど、漢字の意味で判るのがおもしろく、またその表現のやわらかさにも魅かれた。「月台」なんていうと月を見上げて感傷にひたりたくなるし、「博愛」の気持ちがあれば、困っている人に席を譲るだろうと思える。
そして「小心」。「心を、小さくかあ」と、妙に納得した。
MRTの切符は、トークン(プラスティックのコイン)だし、信号機には、あと何秒で変わるかが表示されている。街で談笑しつつ歩く人は、みなゆったりと穏やかな雰囲気で笑顔が多い。

そんな小さな違いのひとつひとつを楽しみつつ、最初の夜は過ぎていく。
「この唐辛子の調味料、美味しいねえ。買って帰る?」と、わたし。
「うーん。家で使うとは思えないな。ここの食べ物があるから、美味しいんじゃない?」と、夫。
確かにそうだと思った。ここでしか食べられないものを食べ、ここでしか楽しめない時間を過ごす。それが、旅なのだ。

歩行者用の信号は、青の人型が動いたり消えたり。
その上に、あと何秒で信号が変わるか表示されています。

車用の赤信号の横にも、秒数が。大通りはバイクがいっぱいです。

狭い通りの商店街とのギャップが、おもしろかった。
そしてここも、どんなに狭い道でもバイクが通っていきます。

ポストは赤と緑。赤が遠方や海外便で、緑が市内への郵便用のよう。

ファミリーマートとセブンイレブンが、たくさんありました。
コンビニ内のATMで、カードで換金できて便利でした。

MRTの駅の改札です。パッと見、日本と変わらないようですが、

切符を入れるところはなくトークンをかざすようになっています。

改札を出るときには、投入口へ。ちゃんと回収されます。

これがトークン。何度でも再利用できます。エコな発想です。
日本も見習ったら、いいのでは?

1番線ホームは「一月台」
電車も、あと何秒で来るのか表示されています。

「手を挟まないよう気をつけて」意味はしっかり伝わってきます。

「博愛座」日本でいう「優先席」よりも、なんかいい感じ。

台湾ビールは、ライトでわたし好みでした。
隣りにあるのが、何処にでも置いてあった辣椒醤(ラージャオジャン)。

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『空港にて』

村上龍の短編集『空港にて』(文春文庫)を、再読した。
久しぶりに羽田空港に行く際、出がけに本棚から引き抜いたのだ。
裏表紙の紹介文には「日本のどこにでもある場所を舞台に、時間を凝縮させた手法を使って、他人と共有できない個別の希望を描いた」とある。
コンビニ、居酒屋、公園、カラオケ、披露宴会場、駅前、クリスマスの街角、そして空港。主人公が見た周囲の人々を細かに描写しながら、それを見て思いつく心象風景を描くことで、心の奥底を炙りだしていく。空港にて、普段は目に留めない周囲の様子を、小説のように心のなかで描写していくのもおもしろいかも知れないと、鞄に入れたのだ。以下表題作『空港にて』より。

週刊誌を読んでいた男が席を立ったあとに、夫婦だと思われる初老の二人のうち男のほうが、わたしの向かいに座った。二人はいかにもこれから田舎に戻るというような身なりで、顔や腕が日焼けしている。男はしわの寄った白いワイシャツに赤のネクタイをして、袖が短すぎる焦げ茶色のスーツを着ていた。薄い髪を整髪料でべったりと後ろになでつけていて、大きなショルダーバッグを大事そうに抱えていた。女は小柄だったが背中が曲がっているのでその分余計小さく見えた。顔だけに不自然に白く化粧をして、白のブラウスの上に太い毛糸で編んだオレンジ色のカーディガンを着て、無表情だった。
その人について知らなくても顔つきや化粧や服装や態度からいろいろなことがわかるものだ。都市に住んでいるのか、都市の近郊か、それとも飛行機に乗らなければたどり着けない田舎か、だいたいわかる。身につけているものからはその人の経済状態がわかる。顔色や姿勢から健康状態がわかることもあるし年齢はだいたい一目で見当がつく。わたしは自分の手元を見た。左の手首にはカルティエの腕時計がある。風俗で働き始めてから唯一自分のために買ったものだ。他人はこの腕時計を見てこの女は風俗で働いているとわかるのだろうか。

久しぶりに行った羽田空港には、当然だが様々な人がいた。
自分のなかに深く潜る穴があるのならば、その場所にいる人すべてに、そういうものが存在するのだろう。その無数の穴に光が射すといいな、と思う。そして、射してくる光を逃さずに見つけよう、ともまた思うのだ。

単行本は『どこにでもある場所どこにもいないわたし』というタイトル。
文庫化にあたり、改題しています。

羽田空港国際線ターミナルです。

サマーバケーションの季節ですが、人出は少な目でした。

面白てぃしゃつ屋さん。外国土産っぽいですね。

草履や手拭い、扇子やうちわも並んでしました。
明日から、台北3泊4日の旅日記、スタートします。

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風鈴蕎麦

甲府の駅ナカにある立ち食い蕎麦が、リニューアルした。
JR系列の『いろり庵きらく』が入り、内装も一変。当然だがメニューも蕎麦も変わった。うれしいのは、かき揚げを店内で揚げていてかりかりなこと。べたっとしたかき揚げを口にするのは、立ち食い蕎麦屋とて悲しいことである。

初めて暖簾をくぐったとき(実際には暖簾はないのだが)店内の壁に設置された「風鈴蕎麦」の由来などがかかれたボードに目を留めた。
江戸の町を風鈴を鳴らしながら夜食の蕎麦を売る屋台のことを「風鈴蕎麦」と言ったそうだ。それまでは「夜鷹蕎麦」と呼ばれていたそうだが、一線を画す意味もあり、かけ蕎麦一辺倒の夜鷹蕎麦にはなかった薬味をつけ、器にも凝って、風鈴を鳴らして清潔感をアピールしたらしい。

夜鳴き蕎麦と言えばチャルメラのイメージだったのだが、一瞬にしてチャルメラは消え去り、江戸の町並みがぱっと目に浮かんだ。そして、粋な風鈴蕎麦の屋台がゆるりと通り過ぎていくさまが。
「故きを温ねて新しきを知る」というが、新しくなった蕎麦屋を訪ねて、江戸の昔に思いを馳せるのもまたよし。故きも新しきも、知らない場所へ足を運ぶということで何かしらを得ることは、ままあるのだろう。

ちなみに「親ばかちゃんりん、蕎麦屋の風鈴」とは、盲目的に子を可愛がる親と、冬にも風鈴を鳴らす蕎麦屋のとんちんかんな様子をかけている言葉だそうだ。こういう言葉遊びもまた、粋なんだよなあ。

かき揚げ蕎麦です。冷房のなかで温かいお蕎麦をすする幸せよ。
最近は立ち食い蕎麦といっても、ちゃんとテーブルと椅子がありますよね。

家紋のようなロゴ? 風鈴をデザインしたものです。

壁面ボードに大きく、風鈴蕎麦のあれこれがかかれていました。

こちらは東京を歩いたときにディスプレイしてあった風鈴達。
涼しげな音色。うーん。それだけで涼しくなるから不思議です。

風鈴は、やっぱり夏の風物詩ですなあ。

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自らの重みを感じて

最近、自分の「重み」を感じるようになった。
それは、体重が増えたというのとは違う。実際にある重みを、意識するようになったのだ。
ストレッチポールに毎日乗るようになり、ポールにかかる自らの重みで姿勢を矯正していくものなのだから、自然と「重み」に意識がいくようになる。

例えば、左側に寝返りを打つと、左肩、左の腰、左足のどの部分かに体重を乗せることになる。その体重がかかるいくつかの点に意識がいく。あるいは、仰向けになり両手両足をだらりと伸ばす。すると、体重は分散され、解放されていくように感じる。
寝返りが悪いということではない。それを利用して指圧をしようかと考えるようにもなったし、これまで存在していたにもかかわらず意識することのなかった自らの「重み」を意識するようになり、知らなかった自分を知ったような、それで少し楽になったような気がするのだ。

考えてみれば、足ってすごい。たった24cm × 5cmほどの小さな面2つで、身体全体を支えられるのだから。感謝を込めて、疲れを感じたらストレッチポールをふくらはぎで転がすマッサージをしている。

体重をちょっと乗せて、ころころころころ。
自分でハンドマッサージをするよりも、楽ちんです。

こうして足の裏で軽く転がすのも、気持ちがいいんです。
ヨガの先生によると、身体のあちらこちらを軽く叩くだけでも、
いつも意識しない部分に意識が行くので、身体にいいんだそうですよ。

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境い目に立っている

毎日のように車で通過する堰の上。橋というほどのものではないが道路の継ぎ目で、かすかにバウンドする。ここは、区と区の境い目になっている。県境いなどではナビが「山梨県に入りました」などとアナウンスするが、もちろんそんなことはない。小さくバウンドし、通過するのみだ。

小さな境い目は、何処にでもある。
例えば、昼と夜の境い目。訳もないもの淋しさと、逢魔が時の胸騒ぎとが混在するその境い目には、細い線で区切ることのできないもどかしさが伴う。

大人と子どもの境い目。歳をとっても大人になれない人は、いつその境い目をまたぐのだろう。わたしは子どもと大人の境い目をまたいだのだろうか。

小学校の頃、教室の木製の机は二人分がくっついていた。真ん中に線があり、ノートの端が消しゴムのカスが、その線から出ると腹を立てる男子がいた。

花と蕾の境い目。風と嵐の境い目。黄色とレモン色の境い目。歩道と車道の境い目。できるとできないの境い目。光と影の境い目。きっととたぶんの境い目。幸せと不幸せの境い目。なかと外の境い目。家族と自分の境い目。
誰もが、何かしらの境い目に立っているんじゃないだろうか。
堰の上を通過するたびに、自分のなかの小さな境い目が、ぴくんと揺れる。

この堰沿いが、区と区の境い目になっています。

こちらは上流側。ずっとずっと上の方から流れてきます。

我が家の北側は、堰上までが所有地。急な傾斜で何もできません。

ユキノシタが、白くひっそりと咲いていました。

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HN:
水月さえ
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自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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