はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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帆立とジャック・スプラット

日曜日。この夏初めて、バーベキューをした。
と言っても、夫婦でスーパーに買い出しに出かけ、
「夕飯どうする?」「バーベキューでもするか」
と相談がまとまり、夫婦ふたり夕方からウッドデッキでいろいろ焼いて、ビールと白ワインを空けただけのことである。
たまにしか足を運ばない北杜市内のスーパーは、別荘客向けの素材がけっこう充実していて、夏はバーベキュー食材にこと欠かない。
「サザエ、焼く?」「帆立の方が、美味そうじゃない?」
ふたりバーベキューでは、海鮮が主役。殻付きの帆立と、刺身にもできるイカ、大きめの赤海老を買い、明るいうちから飲み始めた。
食材をさばくのがわたしの役目で、夫は焼く人。準備してしまえば、わたしは焼いてもらって食べる人になる。
夫が「帆立、焼けたよ」と、わたしの前に置いてくれる贅沢な時間だ。

ところで、夫は帆立のヒモが好物である。わたしは、ヒモが嫌いという訳ではないが、どちらかと言えばウロ(黒い部分)の方が好きだ。なので、
「どうぞ。ヒモ、残しといたよ」
などと半分こしつつ、彼はヒモをふたり分食べ、わたしはウロ(黒い部分)を余計にいただく。
「『ジャック・スプラット あぶらがきらい』みたいだな」
と、こっそり思う。マザーグースの歌にあるのだ。

ジャック・スプラット あぶらがきらい
  そのおくさんは あかみがきらい
 だからごらんよ なかよくなめて
  ふたりのおさらは ぴかぴかきれい(谷川俊太郎 訳)

この歌に魅かれるのは、夫婦は違ってあたりまえ。そして、違うからこそいいこともあるんだよ、って言っているような気がするから。
今年も、バーベキューの季節が始まったなあ。                     

帆立がひとつ、ぱかっと開いたところです。いい匂いでした。
葱間と砂肝も焼きました。夫婦そろって塩味が好みです。

食べる寸前の帆立さん。白ワインにあうんだな、これが。

第2弾は、イカの丸焼き、赤海老、トウモロコシ。
トウモロコシは、皮付きのまま焼くと旨味が逃げないんですよ。

この夏お初のトウモロコシです。甘かった!

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空気に触れる場所を増やす

歳をとると早起きになるとは、よく耳にするが、50歳を過ぎたころから、本当に早起きになった。早起きというにも早すぎる夜中の午前3時に目が覚めることが多い。そして、それから眠れないのだ。5時半起床の際に、二度寝したーいと思ったのは、いつのことやら。
読みたい本があれば、起き出して読むこともあるが、大抵は、ベッドでごろごろ考えごとをする。昨日考えたのは、ワインを寝かせて保存するのは、何故か、ということ。寝かせた方が、瓶の中で空気に触れる面積が広くなるからかな、と漠然と考えていた。

そして、考えているうちに、自分がワインになったような気がしてきた。
身体は、ワインの瓶である。瓶の外側を、空気に触れさせてもしょうがない。身体の内側の空気に触れる部分を増やすにはどうしたらいいか。呼吸をする、しかない。深く深く、たくさん空気を吸うのだ。仰向けのリラックスした姿勢で、ゆっくりと深呼吸をした。身体のなかの約60%の水分が、空気に触れ、喜んでいるのを感じる。自分というワインが、どんどん美味しくなっていくような気持ちになる。ベッドというワインセラーのなかで、上等のワインになっていく。そうしているうちに、ことりと眠っていた。

「深呼吸、いいかも」
すっきりと起きて、調べれば、ワインの瓶の中は真空になっていて、寝かせたところで空気には触れないということが判った。寝かせて保存するのは、逆にコルクが渇いて劣化し空気が入ってこないようにするためだったのだ。確かに寝かせておけば、コルクは湿ったままだ。ワインには深呼吸は必要なかったのだ。よくよく考えてみれば、コルクを空けてからワインは酸素に触れ、まろやかに「開いて」いくのだから当然だ。

ワインになり切るのは、いろいろ違っていたけれど、眠れないときにゆっくりと深呼吸するのは、効果的らしい。リラックス効果と血行促進が期待できるそうな。眠れない夜や朝に、どうぞ、お試しあれ。

夫のワインセラーは12本入り。湿度まで調節できるものをセラー。
温度だけを保てるものは、ワインクーラーというそうです。
ワイン達、よく寝てるなあ。夢見てるのかなあ。

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灰とじゃが芋とギブ&テイク

家庭菜園を楽しんでいるご近所さんに、じゃが芋をいただいた。
「灰のおかげで、美味しいじゃが芋ができたよ」
そう言われると、こちらもうれしくなる。
ストーブで薪を燃やした際に出る灰を、いつも差し上げているのだ。もらってもらっている、という方が近いかも知れないが、畑に撒くといい肥料になるらしく喜ばれてもいる。お礼にと野菜をいただくほか、庭木を剪定したときの枝を焚きつけ用に下さったりもする。何をするにもていねいできちんとしている父ほどの年齢のご近所さんは、焚きつけもしっかり束ねて運びやすいように準備してくれているし、こちらも彼に渡す灰用のマイバケツを預かっている。

ご近所さんは、野菜をいただいたからと東京土産などを持っていくと、渋い顔をする。「いらないよ。気を使わないでよ」と、はっきりと口にもする。
だからという訳ではないが、わたしも余計な気は使わず、ただ野菜を美味しくいただく。

ただ、これっていわゆる「ギブ&テイク」なんだろうけれど、いただくことの方がずっと多いんだよなあと気にかかってもいる。だから、ここぞというときにしっかりお礼をするぞという気、満々だ。
ふと考えた。貰ったからお返しをしなくちゃというのではなく、いただいてうれしくて心からお返しをしたくなるような、じつはこういう関係こそが本当の「ギブ&テイク」と言うのだと教わっているのかも知れないと。

「うちの灰が、美味しいじゃが芋になったか」
ホックホクのじゃが芋を食べ、夫が感慨深げに言った。

とても綺麗なメークインでした。じゃが芋然としています。

皮ごと茹でて、バター焼きにしました。ザ・シンプルイズベスト!

夫が一眼レフで撮った、赤ワイン越しのスペイン風オムレツです。
じゃが芋たっぷりで、さっくりとした味わいになりました。

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ブルーベリーは恋の味

庭のブルーベリーを収穫し、口に入れるなり夫が言った。
「甘い!」
わたしも、一粒ゆっくりと噛みしめた。
「ん? 甘いって言うより、けっこう酸っぱくて、わたし好みかな」
口に入れ、嚙んだ瞬間には「甘さ」の方をまず感じ、そのあと口のなかに「酸味」が広がる。まさに「甘酸っぱい」という表現がぴったりの味だ。

その甘酸っぱいブルーベリーを味わいながら「甘酸っぱい」って、もう一つ意味があったよなあと思いだした。大辞林によると「こころよさに少し悲しみを伴った、やるせない気持ちである」例文には「甘酸っぱい初恋の思い出」とある。なるほど、ブルーベリーは、恋の味だったのか。

ブルーベリーをつまみつつ、初恋の甘酸っぱさに思いを馳せるのもいいかも知れない。ブルーベリーを口に放り込みふと思いだす人、いらっしゃいますか?

ついこのあいだ、まだまだ青いと思っていたのに、

あっという間に、熟していました。

いっぱい収穫できました。うれしい。

下の2枚は、夫が一眼レフで撮った写真です。

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木のまな板を削って

休日の朝、夫がサンダーでまな板を削ってくれた。
家を建てたときに、大工さんがお祝いにとくださった思い出の品だ。

普段、じっと見つめることのないまな板。見つめることはあっても、主役は野菜や肉や魚で、あくまでサポート役の道具である。そのまな板を久しぶりにじっと見つめ、木の切断部分である木目を見つめ、ああ、木なのだなとあらためて思った。知ってはいても、意識の外にいってしまっていたのだ。まな板だけではなく、そういうものってたくさんある。

この土地に生えていた赤松を、大黒柱や梁、2階の床板などに使って建てた家に住んでいるというのに、それさえも日々の暮らしのなかで意識することは少ない。カウンターは栗、床板は檜(ひのき)、外板は杉、テーブルは米松、欅(けやき)の座卓もある。それらもみな、どこかの土地に根を張り、空に向かって伸び、葉を広げ、光合成をして酸素を作り生きていた木だったのだ。
意識し始めればきりがなく、食器一つにも、土を掘った土地、焼いた窯、売った店など、様々なふるさと的場所を持つのだろうと想像できる。プラスティックも金属も布も、たぶんそれは同じだ。それが、家というひとところに集まってきた不思議を思った。

まな板は、何処で育った何の木だったのだろう。数年前にお世話になった大工さんも亡くなり、それを知ることは、もうない。
削り終えたあとのすべすべになった木目を撫で、大切に使おうと思った。

ウッドデッキの張り替えなどで使う、作業台。久々の登場です。

削る前のまな板は、だいぶ汚れや傷が目立ってきていました。

削った部分が、白くなっていきます。

ていねいに根気強く、削っていきます。

削り屑がいっぱい。けっこう削れているようです。

仕上げに、きめの細かいやすりで削っていきます。
ダーリン、根気強いなあ。ありがとう。

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冷たい朝にやさしい卵雑炊

冷たい雨が降る、ひとりの朝。
卵雑炊が食べたくなった。温まるやさしい味が恋しくなったのだ。

冷凍しておいたご飯をチンして、鶏がらスープを溶いた鍋に放り込む。
そこで、逡巡した。溶き卵雑炊にするか、丸ごと卵半熟雑炊にするか。
誰かと一緒なら、迷わず「どっちにする?」と聞く。
しかし、ひとりご飯だ。自由とは、逡巡の種も増えるということ。
溶き卵の黄色い色合いと、やわらかさ。丸ごと卵の半熟の黄身を、レンゲで割る魅力。どちらも捨てがたい。
逡巡の結果、卵2個で両方楽しむことにした。自由とは、選択肢の幅が広がるということでもある。

卵料理っておもしろい。混ぜるか混ぜないか、生で食べるか加熱するか、半熟にするかしっかり熱を通すか。冷凍卵という選択肢もある。このあいだ読んだ重松清の『ファミレス』には、卵料理が嫌というほど登場する。そのなかに、卵についてなるほどと得心するような会話もあった。以下本文から。

「黄身だけでもダメ、白身だけでもダメ。卵ってすごいと思わない? 黄身と白身っていう全然違うものが一つの殻に入ってて、それぞれにおいしいんだけど、でも二つ合わさったときのおいしさっていうのは最高なんじゃない?」
ドンは素直に「はいっ」と応えた。直立不動である。目もまっすぐにエリカ先生に向けている。まさに人生の師と向き合う態度なのだ。
「ねえ、それって、家族と似てない?」「・・・家族、ですか」
「別々のものが一緒になっておいしくなるのは、まさに家族でしょう? しかも、卵には殻が必要なの。殻がないと黄身も白身も外に流れちゃうんだから。家族にも、うっとうしいかもしれないけど、殻みたいな存在が必要なの。それが、厳しいおばあちゃんだったりするわけよ」

ひとりご飯で卵雑炊を食べ、家族を思う梅雨の朝。
わたしは、殻でも黄身でもない、たぶん白身のような母であり妻なのだろうと考えてみる。けれど、スポンジケーキが膨らむのは白身のおかげだ。家族に空気を含ませ風通しを良くするのが、白身の役目ってことかな。

丸ごと卵と、溶き卵。やさしい気持ちになる色合いですね。

葱は、雑炊には必須です。食欲も、そそられます。

丸ごと卵の黄身を、ご飯に絡めて食べる瞬間が好きなんです。

おかわりは、丸ごと卵がないので淋しくて、つい京七味を。
優しい味を求めつつ、いつも辛さの誘惑に勝てないわたし・・・。

これは、また別の日に作った『ファミレス』に出てくる卵かけご飯。
中学生男子ドンが、初めて料理に挑戦するシーンで作りました。
食べるラー油をご飯にざっと混ぜ、生卵をじかに割り入れます。

「オレ、前からずーっと思ってたんスよ。日本語の意味、違うじゃんって」
今世の中で食べられているのは、ほんとうに「卵かけご飯」なのか?
正しく表現するなら、あれは「卵混ぜご飯」と呼ぶべきではないのか?
「だからオレ、ここは一発、基本に戻って『混ぜない』ことにこだわってみようと思って」・・・ドンタマを作ったシーンより。

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拉麺ファーストプライオリティ

山梨ラーメン食べ歩き紀行は、のんびりペースで続いている。
南アルプス市の『一代元』は、あっさり鶏がらスープとこってり豚骨スープが売りのチェーンらしい。
あっさり鶏がら塩、とだいだい見当をつけ、暖簾をくぐった。

メニューに一通り目を通したつもりだったが、メニューと同じ大きさのチラシが、まるで誘惑するかのように目に飛び込んできた。「塩海鮮ワンタン麺」とある。ふらふらっとそれを注文した。「塩」だし「海鮮」「たっぷり」「ワンタン」の文字に、くらくらっときてしまったのだ。
注文してからの待ち時間、メニューを見直し「あー、塩葱ラーメンもあったんだ」「わ、葱トッピングすればよかった」「海苔のトッピングもいいな」などと、もちろん声には出さず思考を巡らす。

ラーメンを注文するときのファーストプライオリティは、たっぷり葱が入っていること。だがその他となると、もういろいろあって迷っちゃう! というのが正直なところ。しかし今回の紀行で、はっきり判ったことがある。意外にも自分は「海鮮たっぷり」というワードに弱かったということだ。

「どれにしようかな」などと迷っているときって、あれこれ考えすぎて、いちばん大切なことを忘れてしまうことがある。夫とワインを買いに行ったとき「イタリアワインを買おう」と出かけたのに、値段はもちろんのこと、肉料理に合う、魚料理に合う、辛口、甘口、フルボディ、ミディアム、葡萄の種類は? などと見ていくうちに、フランスワインを買っていた、ということがあった。ファーストプライオリティはイタリアワインだったっていうのに。

さて。ふらふらっとオーダーした「塩海鮮ワンタン麺」は、予想を超えて美味かった。注文するときには、ファーストプライオリティを忘れずに。で、あとは直感なのかな。こと、ラーメンに関しては。

塩海鮮ワンタン麺です。あっさりしてるのにしっかりした味でした。
もちろん、ワンタンの海鮮の旨味ばっちり。次も頼んじゃいそう。

これが迷いを招いたメニュー。たくさんあるのはいいことなんだけど。

決定打の「海鮮」の文字。海鮮たっぷりワンタンにはもう勝てない。

国道52号沿いの飾り気のない外観です。
ネットで調べてなかったら、一人じゃ暖簾、くぐれなかったかも。

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記憶を呼び覚ます味

日曜のお昼。夫とワインを買いに出かけた。
「昼ご飯は、昨日のカレーでいいよね。夕飯の食材もあるし」
そう話していたので食材は買わず、酒屋でたっぷりとワインだけを買い、帰ってきた。だが、我が家が見えるか見えないかという段になって、夫が言った。
「急に、オープンサンドが食べたくなってきた」
「えーっ! パン、ないよ」
夫の気まぐれに呆れつつも、そのまま家の前を素通りし、パン屋に向かった。気ままなふたり暮らしである。

買ってきたパンを開け、胡瓜とトマトを切り、スクランブルエッグとウインナーを焼き、ふたり昼からビールを空けた。
「この食パン、美味いね」「焼き立て、ふわふわだ」
「食パンってそのままでも美味しいけど、何かと合わせてこそのパンだよね」
そんな気まぐれに気ままを載せたようなオープンサンドの昼食だったが、胡瓜とトマトだけのサンドイッチをかじった途端ふっと昔の記憶がよみがえった。
「この味、なつかしい。十代の頃バイトしてた喫茶店で、よく食べた」
口のなかに広がる味に、いくつものシーンが押し寄せてくる。バイト仲間がサンドイッチ用のパンにバターを塗るシーン。チーフに「塗り過ぎだ。コストを考えろ」と注意されるシーン。バイト仲間が「たくさん塗った方が美味しいじゃん」と陰で文句を言うシーン。そしてその、バターをたっぷり塗った美味しい胡瓜とトマトのサンドイッチをわたしがかじるシーン。

味、味覚ってすごいな、と驚いた。すっかり忘れていたことなのに、こんなふうに記憶を呼び覚ます力があるんだ、と。あのときのチーフもバイト仲間も、どうしているだろう。こんなふうに思いだすこと、あるのかな。

町内のパン屋さん『やまに』のパン、初めて購入しました。
昨年オープンしたそうです。

食パンと、細長いクランベリーチョコと、丸いココナッツパン。

あるもので、セルフオープンサンドの昼食になりました。

記憶を呼び覚ます味がした、胡瓜とトマトのオープンサンドです。

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ブレンド珈琲の香り

クラシフィカドール(珈琲鑑定士)による珈琲セミナーに、参加した。
場所は、市内の大泉町『森のHealing Space CHESHIRE(チェシャ)』
カッピング(珈琲の味比べ)を体験し、その後、自分好みのオリジナルブレンドを作ろうという3時間半の講座だった。

まずは産地別の6種類の珈琲、ブラジル、モカ、マンデリン、コロンビア、タンザニア、ジャバブロスタWIB-1を挽いた状態での香りを味わう。次に湯を注ぎ、また香りを嗅ぐ。さらに少し冷まし、かき混ぜて香りをたたせ、香りを嗅ぐ。そしてようやく口に含み、口腔内で香りと味を感じる。冷めた状態でさらに味見をする。これを、カッピングというのだそうだ。
そしてその6種類に深煎りのブラジルとコロンビアを足した8種類のなかから、自分なりのブレンドを作った。まずはスプーンで紙コップに目分量でブレンドし、気に入ったらそれを実際にブレンドして淹れてもらい味わってみる。

少しは珈琲の味が判ると自負していたのだが、これまでいちばん好きだと思っていたタンザニア(キリマンジャロ)よりもブラジルに魅かれたり、そもそもそれぞれの特徴がよく判らなかったり。これはもう判らないなりに素直に感じた通りブレンドするしかないと、モカベースでブレンドした。普通に美味しい珈琲にはなったが、難しいというのがいちばんにくる感想だった。
講座もラスト、参加者7名のブレンドを、少しずつ味見させてもらった。そのなかの一人がおっしゃった言葉がすとんと胸に落ちた。
「今まで苦手だと思っていたモカも、ブレンドすることで美味しく味わえるんだと知ることができました」
苦手なものも、何かと合わせることで好きになれることがある。それは、苦手なものを加えるからこそ、出会える味もあるということだ。
苦手なものと対峙したとき、ふっと、ブレンド珈琲の香りを思いだせたら、苦手なものに対する捉え方も変わるかも知れない。そう思うと、自分の持つ狭い世界が、少しだけ広がっていくように感じた。

お土産にいただいた珈琲豆。マイブレンドの他、アビシニアン モカ、
ルワンダのキヌヌ ブルボン、インドネシアのカロシがありました。
薪を燃やし石窯で焙煎した珈琲豆を、販売しているそうです。

マイブレンドは、モカとブラジルとマンデリンを合わせました。

教えていただいた基礎知識から、たぶんですが、
3つ並べた豆は、左からブラジル、モカ、マンデリンです。

いつものミルでゆっくり挽いて。いい香りが広がりました。

新鮮な豆は、膨らむなあ。一緒に気持ちも膨らんでいきます。

いつものカップにふたり分。美味しくいただきました。

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二日目の南蛮漬け

「あーあ。やっぱりひと味もふた味も、違うなあ」
我が家の定番になりつつある鮭の南蛮漬けを作ったのだが、柚子が手に入らなかった。この季節だ。しょうがないかと、レモンをたっぷり半分絞ったのだが、やはり違う。柚子のあの味が、鮭の南蛮漬けにはぴったりくるのだ。
「柚子がなくってさあ」
夫との食卓でも、言い訳めいた言い方になる。
「いや。美味しいよ」
夫は、全く気にしない様子で食べてくれたのだが、やっぱり柚子のない季節に作るのはやめようかな、などと考えていた。

さて、翌日。
夕飯は、スペイン風オムレツと大根サラダでワインかなと話していたときのこと。夫がとてもうれしそうに言ったのだ。
「昨日の鮭も、まだあるよね。美味いんだよな、これが」
びっくりした。ひと味もふた味も違うと思っていた南蛮漬けを、彼はそれほどまでに美味しいと思ってくれていたのだ。
翌日食べた南蛮漬けは確かに美味かった。味が浸みて余計に美味しくなっていたのもあるかも知れないが、夫のひと言でわたしの見方が変わったのだろう。
「柚子のは柚子ので美味しいけど、レモンもいけるじゃん」

翌日残った分です。よーく味が浸みていました。

写真がなかったので、これは以前作った柚子入りの方。
いつも鮭5切れ分くらい、たっぷり作ります。

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ウイークエンドギャラリー『夢宇』

陶器を見るのが、大好きだ。
市内の大泉町にあるウイークエンドギャラリー『夢宇(むう)』は、数多くの陶器を扱っている店で、店内を歩いているだけで胸がしんとしてくる。わくわくとは違う、とても静かなよろこびのようなものが胸に広がる。
『夢宇』の周辺は『夢宇谷(むうだに)』と名づけられていて『ムーミン谷』を連想する。そのせいか、現実とは違う世界に足を踏み入れたような感覚になる。雪深い冬の間店を閉めるのも、冬眠するムーミン達の谷と似ている。

『夢宇』には、たくさんの陶器がある。雑貨もある。
しかし、そこに足を踏み入れたときに感じるのは、大好きなモノに出会える予感が起こす高揚とはまた、違った感覚だ。
『夢宇』は、とても広い。
空間の大きさ、広がりがあることって大切だ。けれど、ただ広ければいいというものではない。狭さが何ともいえず落ち着く空間を造り出しているカフェだってある。人がしっくりくるような空間の使い方って、大切なのだと思う。広い広い空間が広がる『夢宇』には、陶器や雑貨のほかに、しっかりと存在を感じるモノがある。それは、いくつもの上質な空白だ。たぶん普段、家には置いていない種類の空白。
陶器を手にとり、染め物に触れ、漆器を撫で、空白に心を寄せる。定期的に訪ねたくなるのは、そんな上質な空白を求めているからなのかも知れない。

文字、一字一字の力を感じさせるような看板です。

石臼のような鉢が、庭じゅうに並んでいます。

入口を入ってすぐ目に入るのは、大きな瓶。1mくらいあるのかな。

外廊下がずっと続いていて、シーサーもあちらこちらに。

室内が見える窓。こんなディスプレイにも遊び心が感じられます。

まだまだ廊下が続いて、廊下にも器、器、器。

吹き抜けの2階建てになっている店内も、とても広いです。
撮影はご自由に、とのこと。写真を撮らせてもらいました。

壁に展示されていたお皿。展示のしかたもいろいろです。

ヤマボウシの花をこんなふうに活けるなんて、思いつかなかった。

レトロなポスターも、コレクションに加えたようです。

陶芸家、森下真吾さんの器を、夫が気に入って購入しました。
我が家の真吾ちゃんコレクションは → こちら

オクラのお浸しで、食卓デビュー。小鉢として重宝しそうです。

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ないものとあるもの

我が町、山梨県北杜市明野町には、「ない」ものがたくさんある。
スーパーがない。コンビニもない。ファミレスも、マックももちろんない。(マックは北杜市内にない)銀行も、本屋も、酒屋もない。高校もないし、大学は当然ない。電車が通って「ない」から線路も、駅も、踏切もない。信号は4つしか「ない」し、路線バスは2時間に1本くらいしか「ない」上、夜7時以降は運行し「ない」

けれど他の町には、ないであろうものがある。
さくらんぼ農園も、そのひとつ。今の季節、農園には大型バスが何台もやってきて、さくらんぼ狩りを楽しむ人でにぎやかだ。佐藤錦と紅秀峰。明野のさくらんぼは、じつはものすごく美味しい。採れたてを食べるのだから当然かもしれないが、スーパーで売っている山形ブランドよりも、ずっと瑞々しいのだ。

神戸で暮らす義母と、叔母に、そのさくらんぼを送った。
「綺麗ねえ。宝石みたいねえ」と、とても喜んでくれた。

よくある絵柄のような2つくっついたさくらんぼに、天秤を連想した。甘みと酸味のバランスが絶妙で人気トップを誇る佐藤錦。バランスって大切だ。
さて。「ない」と「ある」を天秤に載せたら、どちらに傾くのだろう。
「ない」の重みは、意外とずっしりくるんじゃないだろうか。さくらんぼの甘みと酸味を味わいながら、考えるともなしに考えた。

木に生っている姿も、可愛らしい。

ビニールハウスには、青々とした葉がのびのびと茂っています。
ここを歩いて、さくらんぼ摘みができます。

まさに宝石の輝きです。紅秀峰、初めて聞く名でした。

よーく冷やして。冷やすと自然の酸味が味わい深くなるようです。

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時間という概念

自分のなかで時間というモノの捉え方が変わったのは、いつの頃からだろう。
若い頃は、一日と一週間と一カ月と一年と、それから一生を、それぞれ楕円が広がるイメージを抱いていた。その楕円は次の楕円につながり、延々と楕円を描き続けていく。その楕円には、予定やすでに過ぎ去った出来事が点在している。子どもの頃に遊んだ人生ゲームのイメージなのかも知れない。

それが、あるとき大きく変わった。わたしが今、捉えている時間は、今日と明日とそれ以降。大まかにいうとその3つだけ。今日やるべきことをやる。明日やるべきことを知っておく。それ以降はカレンダーに記憶させる。昨日以前のことは、覚えていたいことだけ覚えていればいい。

時間の捉え方を変えたことで、毎日が楽になり、楽しくなった。
それは、多くを抱えすぎるのをやめたことで、今やるべきこと、今日やるべきことに集中できるようになったからなのだと思う。
経理事務の仕事は、ルーティンだ。月初め、月中、月末を繰り返していく。
延々と続く楕円を把握していないと落ち着かなかった不器用なわたしだが、月ごとのルーティンワークを20年以上続けてようやく得た感覚だと言える。

楕円は、今もわたしのなかに漠然と残っている。
セロリの千切りサラダを作るとき、その楕円のイメージをなつかしく思い出す。延々と続く楕円のなかに居たならば、セロリを一株千切りにしようなどとは思わなかっただろう。ゆっくりと包丁を動かしながら、今やるべきことに集中できる幸せを噛みしめる。あさって以降、どんな風が吹くかは判らなくても生きていけるのだ。

鶏ささみのニンニク焼きとセロリの千切りサラダは、我が家の定番。
山葵マヨネーズが、やめられないとまらない味です。

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森のなかの蕎麦屋で

先週末、市内は大泉町の『豪蕎麦』に夫婦でお昼を食べに寄ったときのこと。
暑い日だったが大泉の森のなかにある蕎麦屋は気持ちよく涼しく、テラス席に座ろうということになった。すでに2時近く、先客は女性グループ4人のみ。そのかしましさに苦笑したが、自分だって友人達と飲みに行けば輪をかけてかしましいのだと思い至る。元気なおばちゃん達がいてこそ元気な世の中になる訳だし。女が三人集まって「姦しい」という漢字にはちょっと笑えるが。

比較する訳ではないが、わたし達夫婦は蕎麦を待つ間、ぽつり、ぽつりとしゃべるだけ。静かだ。夫婦ふたりの生活になり、ふたりでの食事があたりまえになり、家ではテレビを観ながらだったり、朝は夫が新聞を読みながらだったりと、たいして話らしい話もせずに食事を終えることも多くなった。
蕎麦屋でもそれに変わりはない。
「今年は、ウグイスの声、あんまり聞かなかったね」と、ぽつり。
「ちゃんと鳴いてるの、一度も聞いてないかも」と、ぽつり。
「太陽光発電が、あっちこっちにできてるせいかな」と、ぽつり。
「そうかも知れないね。そう言えばさ」と、思いだしたようにぽつり。
このあいだ上の娘が帰ってきたときに、言っていたと夫がいう。
「久しぶりに帰ってくると、鳥の声に癒されるねえ」と。
毎日聞いていると、癒されるどころか鳴いているのがあたりまえになり、耳に入ってこないことの方が多くなる。
夫とふたりの食事も、そうかも知れないなあと思った。あたりまえになりすぎて意識することのなくなった大切なモノや、大切にするべき時間達。たぶん、他にもたくさんあるのだろう。

『豪蕎麦』の看板。インパクトのある文字ですね。

階段を上ると、ウッドデッキの広がるお店があります。

山菜きのこぶっかけ蕎麦を、いただきました。

夫は、にしん蕎麦を食べていました。にしん一口もらいました。
やわらかく煮えていて、蕎麦つゆににしんの出汁がしみて美味でした。

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だらだらダイエットのススメ

5年ほど前に体重が3kg増えてから、ダイエットと称し様々やってみた。
しかし一度として1kgたりとも減ることはなかった。それがここへきて、ようやく1kg減った。やった! うれしい。でも、どうして?
ダイエットが成功しないことのいちばん大きな原因は、判っている。真剣にとりくんでいないからだ。突如として本気を出した、という訳ではない。変わらずのだらだらぶりは、自分がいちんばんよく知っている。じゃあ、なんで?

冷えとり靴下を履き始めて3週間ほど。ダイエットにも効果はあるらしいが、まさかねえ。ふくらはぎの張りが緩和され楽になったので続けているだけだ。
何年か前に流行ったという野菜スープダイエットを試してみた。野菜スープ、鍋2杯分だけだけど。
夕飯を食べ過ぎたら朝食を抜く、という方法もたまにやっている。
禁酒も試みた。3日でギブアップした。
もずくはスープにもずく酢と、よく食べるようになったが、ただ好きだから。
腰を痛めてから、腰痛体操と腰を回す体操をときどきやっている。
姿勢矯正のヨガ、ひめトレを、1時間体験した。
蒟蒻ラーメンなるものを、購入し楽しんでもいる。

かき連ねてみれば、いろいろやっている。これだけやっていれば、ヘタな鉄砲も数打ちゃ当たるというもの。問題は、何が有効だったのかが不明だという点だ。まあ、全部合わせて1kgだったのかも知れないし、だらだらダイエットのススメとでも銘打って、このままだらだら続けるか。
それはそうと、蒟蒻ラーメンは、いける。

6種類入って1000円のお試しセットを、購入しました。

まずは味噌ラーメンから。量的には普通のラーメンの3分の2くらい?
スープまですべてたいらげて、79kCal だそうです。
でもスープ全部は、塩分の方が気になるから飲みませんが。

麺は茹でません。ザルに上げて熱湯を注ぐだけ。温めるだけ。
スープも、丼ぶりに入れて熱湯を注ぐだけ。
麺の主成分は、蒟蒻と大豆だそうです。身体によさそう。
開封時に蒟蒻の匂いがしますが、食べる時にはぜーんぜん。

白髪葱と豆板醤、胡麻油を和えたかんたん辛葱を作って。
これはダイエットとも身体のためとも関係なく、好きだから。

辛葱味噌ラーメンのできあがり。辛葱のせいかお味少し濃い目。
熱湯で薄め、美味しくいただいて、満腹になりました。

あくる日は、塩ラーメン。なんと31kCal です。
小口切りの葱と茗荷と半熟卵で、優しい味に。

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良い香水は小さな瓶に入っている

今年も、庭で生った山椒の実を収穫した。
小さな木なのでほんの少しだが、ちりめん雑魚と佃煮にすれば、夫婦ふたりで1週間ほどは楽しめる。
「山椒は小粒でもぴりりと辛い」とは、身体が小さくとも優れた才を持つ、侮れない者のこと。よく知られた諺だ。唐辛子などに比べると、小さな山椒の実。海外でも似たような諺があるらしい。ウクライナでは「小さな火花から大火事」ポーランドでは「小さな身体に大きな心」そしてベネズエラでは「良い香水は小さな瓶に入っている」と言われているそうだ。日本の諺も趣のあるものが多く大好きだが、香水に例えるなんて、何ともお洒落だ。

お洒落なだけじゃなく、香水の例えには「濃度」ではない「質」の大切さが読みとれて腑に落ちる。山椒の実の辛さには、ただ辛いだけじゃない、何とも言えぬ味わいがあるのだ。

小さな粒の山椒の実が、小鉢のなかでそっとささやく。
「毎日の小さな生活のなかでも、単なる贅沢とは違う『質』を高めていくことを考えるべきお年頃になったんじゃないかな」

小さな苗だったので、植えてから実が生るまで8年ほどかかりました。

山椒を思う存分楽しめるよう、ちりめん雑魚は少な目で。

熱々のご飯にのせて、いただきまーす!

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田舎のレストランで

週末は、夫の誕生日だった。
この春晴れて会社員になった上の娘が、夕飯をご馳走してくれるという。山梨のフレンチレストランを予約し、わざわざ東京から帰って来てくれた。
夕食会をしたのは、隣りのお隣り、甲斐市にある『カブーロ』というこじんまりした店。フランス語で「田舎のレストラン」という意味だそうだ。
娘と会うのは夫もわたしも久しぶりで、入社したばかりの会社のことや友達のことなど、話は尽きなかった。とても楽しい時間だった。

そのなかで、外国、日本、それぞれの文化によって大切にすることが違うという話になった。例えばイタリアでは庶民的なレストランでも、前菜を食べている間に次の料理が運ばれてくることはない。それが日本では名のあるイタリアンのお店に行っても、客ではなく店のペースで料理がサーブされることも多い。そして、ひとりひとりのオーダーを覚えて確認せずにきちんと出せるサーバントのサービスに対するプロ意識などに話は発展した。

意識して話していたわけではないが、『カブーロ』は老夫婦おふたりでやっている家庭的な店だったけど、ひとりひとりのオーダーを間違えることなく、料理がかぶることなく出してくれた。それってすごいことだよなあと、娘が運転する帰りの車のなかで、夫とほろ酔いで話した。そんな時間を作れるお店っていいな、そういう人って素敵だよなと、ほろほろ酔いながら思ったのだった。
いい夜だった。

欧風料理『カブーロ』の温かみのある看板。

住宅街のなかにある、落ち着いた雰囲気の一軒家です。

ひとつずつ丁寧に作られた7種類の前菜。スパイスが効いていました。

メインは、牛ヒレステーキにしました。夫はポーク。娘は鴨に。

珍しく食べることにしたデザート。木苺のムースと、
プラックベリーシャーベット。ブラックベリーは育てたものだそうです。
7種類ほどのなかから、2種類選ぶことができます。

綺麗に磨かれたオープンキッチン。明るくていい感じでした。

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新宿駅ナカ 『NEWoMan』

新宿駅の新南口に『NEWoMan』(ニュウマン)がオープンして、2か月ほど経った。大人の女性をターゲットに「女性が新しい経験に出会う場所」というコンセプトで作られた商業施設らしい。それで New + Woman なのだろう。
新宿が窓口となる山梨県民にとっては、いいニュースだ。駅ナカが充実してくれたことが、何よりうれしい。特急に乗るまでの待ち時間が、まるで違ってくるからだ。
『NEWoMan』には「エキソト」なるものもあり、興味がそそられる店もいっぱい入っている様子。けれど、とりあえずは「駅ナカ」を楽しんでいる。

「駅ナカ」という言葉が使われるようになったのは、13年ほど前だそうだ。2004年の流行語大賞候補になっている。なんで、カタカナ? これは「デパ地下」から来ているらしい。単なる駅の改札のなかってだけじゃなく、デパ地下をなぞらえてお店が並んでいる雰囲気と、とにかく新しい感じを出そうとメディアが発した言葉だろうと言われている。
最近では、空港のなかを「ソラナカ」高速道路のサービスエリアを「ミチナカ」とも呼ぶそうだ。『NEWoMan』で「エキソト」と駅ビルエリアを呼ぶのもそうだけど、言葉って、こうして広がっていくんだよな。ソラ(空)もミチ(道)もソト(外)も、無限に広がる可能性があるもの。「駅」というそこに固定してあるものが、様々な可能性を広げていく不思議。おもしろいものだ。

JR 乗降者数、堂々全国第1位の新宿駅。かなり出遅れてるよなあと、遅咲きの近所の子どもを見守るように観てきたけれど、ようやく駅ナカらしい駅ナカ(+ エキソト)ができたね。おめでとう! 楽しんで、使わせてもらうよ。

フードコーナー案内図。食品関連店が25店舗入っています。

『NEWoMan』って、最初に見たときには読めませんでした。

洋菓子屋さんも和菓子屋さんも、いろいろ並んでいます。

パン屋さんも、もちろんあります。サンドイッチ屋さんも。

本屋さんも、当然あります。これ、大切ですよね。

雑貨屋さんだけど、ただの雑貨屋さんじゃありません。
日本のモノづくりの素晴らしさを発信するという『ココルミネ』
洋服やファッション雑貨のお店も、あります。

おむすびや海苔巻き、サンドイッチ含め、お弁当類を売っているお店が
いちばん多いかな。『今日のごはん和Saiの国』でお昼を購入しました。

お弁当の種類も豊富です。野菜たっぷりでヘルシーな感じ。

丼ぶりモノもたくさんある~。「KaKeごはん」だって。

「8種類の明太とろろだしごはん」にしました。
特急かいじで、ひとりランチ。いただきまーす。

ご飯と具は、別々に詰めてあります。女性にちょうどいい量です。

薄味ですが、明太子の塩味で美味しくいただきました。
ご飯ももっちりしていいお米使ってるなーと思いました。

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ラーメン屋の死角

ちょっと寄り道は、日々続いている。
所用で甲府に出た際、行ったことのないラーメン屋を開拓しようと『白虎』に立ち寄った。あらかじめネットで美味いとの評判を確認していたので、ちょっと浮き浮きしつつドアを開ける。
ひとりで初めての店の暖簾をくぐるときはいつもそうだが、心地よい緊張感が伴う。そのなかには期待もあるけれど、その店の流儀を知らないアウェイ的な不安もある。特にラーメン屋は、座って注文タイプと券売機タイプに分かれ、券売機が見当たらなければ席につく。
『白虎』では、ドアを開けた途端、声をかけられた。
「いらっしゃいませ。券売機をご利用ください」
ドア横に立っていた女性店員が、にこやかにとても感じよく片手で券売機を指し示した。そう。この店の券売機、入口すぐの右手にある。客席が広がっているのは左側で、自然と左方向に進んでしまいがち。券売機の位置が、死角なのだ。初めての客が戸惑う要素を生む造りになっていると言ってもいい。
しかし『白虎』は、客に戸惑わせないサービスを提供することで、それをみごとにプラスのイメージに転換していた。

それだけのサービスをする店だ。もちろんラーメンは美味かった。
子どもの頃、広い友人宅でかくれんぼをした時のことを思い出しながら食べた。入口のドアの陰に隠れていた男子が最期まで見つからなかったっけ。死角という言葉は、そのときに初めて知った。

「びゃっこ」と耳で聞くと漠然としますが「白い虎」なんですよね。
白と黒にわずかな赤のデザインが、シンプル綺麗です。

入って右手の券売機。客席は左側に広がっています。
どうしても、左に目が行くような造りになっているんです。

店内、白と黒で統一されています。テーブルも椅子も。

どんぶりも蓮華も黒。コップもモノトーン。こだわりですね。
いちばん人気だという豚骨味噌ラーメン。麺はしっかり太め。
分厚い炙りチャーシュー。おろし生姜の甘みが効いていました!

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ちょっと寄り道 その3

甲州弁の一つに「よってけし」がある。「お寄りください」という意味だ。
寄り道というほどの大袈裟なものではないが、たまに立ち寄るのが産直野菜販売所。『よってけし』という名で親しまれている。
町内にある直販所は名を『明野サンヒル直販所』というが「よってけし」と言わんばかりの雰囲気。その言葉に誘われるように、ふらりと寄っていく。スーパーにも山梨産や町内産の野菜もあるし、直販所には季節によって置いていない野菜もあるので、ふらりと立ち寄るくらいがちょうどいい。
ということで、ふらりと寄ってみた。
「ゴーヤ、あるかな~?」と探したが、まだゴーヤはなく、トマトや胡瓜、ピーマン、茄子などの夏野菜とバジルの鉢植えを買った。
「今夜は、レタスもアスパラもトマトもピーマンも明野産だよ」
夕食は、ポークソテーに生野菜を刻んで作ったソースをかけた。
「美味い!」夫の感想は、簡潔なひと言だ。
そこでとれた野菜を食べるのが、そりゃあいちばん美味しいよね。明野に越してきて16年。もうすっかり忘れていたけれど、越してきた頃は野菜が美味しくて、お米がまた美味しくて驚きの連続だったっけ。こういうこと、忘れずにいなくちゃいけないよな。
それとはべつに、最近は熊本産の野菜を見るたびに買ってしまう。微力としか言えない応援だが、続けていこうと思う。野菜の産地に敏感になったのも、こうして田舎に越してきて作る人の顔を見るようになったからかも知れない。

その山梨の方言、甲州弁は、外から入ったわたしにはそっけなく聞こえることも多いのだが(『花子とアン』にでてきた「こぴっと」は可愛い感じがするけど、めったに聞かない)よってけしは温かみがあり好きな言葉だ。
「よってけし」と誰かを誘うには、まだまだ甲州弁の修業が足りないけれど、いつか使ってみたいな。

『明野サンヒル直販所』2階は、お食事処になっています。

観光農園も、たくさんあります。向日葵は、町の顔です。
もうすぐ、さくらんぼ狩りの季節です。

入り口には、お花やハーブも売っています。

元気そうなバジルが、一鉢100円でした。

サニーレタスも、1個100円です。

梅干し用の小梅、いーっぱい入って300円。

長芋も、作っている農家さんが多いようです。瑞々しいです。

町内産のトマトとピーマンを買いました。玉葱はいただきもの。
ビネグレットソースの材料を、並べてみました。これ残らず全部刻んで
バージンオリーブオイル1に対し白ワインビネガー2、塩胡椒で和えます。

そして、庭に生えていた(自主性に任せている)アスパラガス。

予期せず、ご近所さんに採れたてレタスもいただきました。

ポークソテー on ビネグレットソースのできあがり。
野菜たっぷりの夕食になりました。&ワイン!

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ちょっと寄り道 その2

夕飯の買い物に行く途中ふたたび寄り道をしてみた。お隣りは須玉町にあるカフェ『廃校喫茶フィトンチッド』だ。
「夫も仕事でいない土曜日だし、ちょっと寄り道もいいかも」
と、分岐をいつもとは違う方向に曲がった。

廃校になった小学校を利用したカフェは、ひとつしかないという教室で珈琲が飲めるようになっていた。窓が大きいからか、空気がしんとしていて開放感がある。とても静かな空間だった。自分のなかにあるものまでもが、しんとしていくような、解放されていくかのような心持ちになっていく。
カフェの名「フィトンチッド」は樹木から分泌される物質の名前で、森林浴で癒されると感じるのは、このフィトンチッドのおかげらしい。林の隣りに住むわたしは日々森林浴をしているつもりになっていたが、こうして空気がしんとしているのを感じる時間をもっと大切にしようとあらためて考えさせられた。

さて。寄り道することを「道草を食う」ともいう。馬に乗り移動していた頃、馬が道端の草を食べなかなか前へ進まないことから来た言葉らしい。馬は馬で、きっと道草食ってパワーをつけてたんだろう。人間も道草食いながら、その道草に小さなパワーをもらいつつ、どうにかこうにか歩いているのかも知れない。フィトンチッドは、そんな心の道草にはぴったりの場所だった。

入口の看板です。すべてが手作りっていう感じ。

この英語のスペル、フィトンチッドと読めなくて戸惑いました(笑)

ちょっと離れて見ると、もと学校だった雰囲気が伝わってくる感じ。

教室に入ると、クッキーやショートブレッドが並んでいます。
陶器や絵、金属のアーティストさんの作品もありました。

カウンターとメニューがかかれた黒板。文庫本がたくさん。

カフェオレ。苦み濃い目でオーレにして美味しい珈琲でした。

天井からつるされた電球には、さりげないドライフラワー。

薪ストーブも、すぐそばには薪もありました。

黒板に、オルガン。教室だったんだもんね。

窓を見ても、むかし学校だったことがよく判ります。

窓際には、手作りかな? 楽器が置いてありました。

子猫が7匹いるそうです。お母さんのおっぱいを飲んだり、遊んだり。

白い子も黒い子も、いました。とことことこ。

きゃわいいにゃー。おなかも肉球も見せ放題だにゃー。

子猫達は、7匹みんな貰い手が決まっているそうです。

手作りの白梅干しと鉄細工のペン立て&ペンを、購入しました。
北杜市在住のアーティストさんの作品だそうです。

ボールペンです。重みがあって、かきやすいです。
会社の新オフィスで、夫に使ってもらおうと思います。

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珈琲と砂時計

神戸で暮らす義母が、心臓弁膜症の手術をして入院した。手術は成功し、その後も順調だ。
義母が最初に入院したのは真冬のこと。病院までの道すがら冷たい空気を吸い込むと、不意に珈琲の香りが鼻先をかすめた。ふらふらと乗り継ぎ駅構内の珈琲屋にふたり入ってていったのを思い出す。ただ温かく座れる場所さえあれば、珈琲の味などどうでもいいと思っていた。だが、義母と顔を見合わせた。
「あ、美味しい」
「ああ、ほんと。美味しいわねえ」
そう笑い合い、すっと気持ちがほどけていくのが見えたような気がした。やわらかい苦味とほどよい酸味、そして温かな香り。
義母が入院し、それから何度となく、そこの珈琲を口にすることとなった。
あるときふと、ディスプレイされた砂時計に目が留まった。もちろん砂は落ちたままで時計としては止まっている状態だ。その向こうは窓になっていて、駅構内を早足で歩く人がひっきりなしに通り過ぎていく。止まっている時計と、前へ前へと進んでいく人達。その対比がおもしろく、珈琲を飲みながら、ぼんやりと眺めた。
(砂時計って、実用云々よりも、時間を目に見えるようにしたくて作られたモノなのかも知れないな)
時計の針の進み具合は、人の目にはゆっくりすぎて見ていてもよくわからない。けれど砂時計ならば、時間というモノがしっかりと目に見える気がする。そんなことを考えていたら、行きかう人の波が、時間を刻んでいる砂時計の砂のように思えてきた。
そして義母の心臓も、今この瞬間時を刻んでいる。そう思うと、一瞬一瞬の時間の重さが胸に落ちてきた。
珈琲の香りが見せてくれた。
いつもは目に見えない、ほどけていく気持ちや刻まれていく時間を。

スープセットモーニング。夫はスクランブルエッグ&ハムのセットを。

大小の砂時計が、飾ってありました。何分計だろうか。

セピア色の落ち着いた雰囲気の地球儀も、素敵です。

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バッカスに愛された女性

心臓弁膜症の手術をして入院していた84歳になる義母が、ひと月半のリハビリ入院の末、昨日ようやく退院した。
相談を重ねた末、バリアフリーで安心がついている高齢者用マンションに移ることを決め、昨日はその引っ越しの日でもあった。
ということで、ふたたび神戸に来ている。

「バッカスに愛されて、幸せよねえ」
というのは、義母の口癖の一つである。バッカスというのは、ギリシャ神話に登場する酒の神の名。何よりビールが好きな義母は、退院と共に解禁になるお酒が楽しみだったようだ。
「バッカスに愛されて、幸せですねえ」
わたしも、義母とビールを飲める日を楽しみにしていた。

しかし義母は、わたしなど足元にも及ばぬほど、正真正銘、掛け値なしにバッカスに愛されている女性なのだと、しみじみ思う。
何しろ、神戸の卸酒屋の娘として生まれたというだけならまだしも、これから暮すマンションは日本酒のもと酒蔵街。徒歩1分の場所には『櫻正宗』の酒蔵とそれを楽しめる食事処や資料館などもある。『白鶴』や『菊正宗』の酒蔵やもと酒蔵だった場所に建てた資料館も近い。
「子どもの頃に、酒蔵について来たことを思い出すわあ。まさか、ここで暮らすことになるなんて」義母は、うれしそうに言った。
「どうか呑み過ぎず、楽しんで暮らしてください」
自分のことを棚に上げ、そう思わずにはいられない。

黒板の壁沿いを歩いていくと、すぐに櫻正宗記念館の入口。
夫と引っ越し準備をして、ここでランチを食べました。

1階の展示スペースに入ったところ。むかしの看板でしょうか。
「正宗」という名は「清酒」の当て字に使われたことから、
日本酒の名に冠することが多いのだとか。

『櫻正宗』山邑酒造の日本酒の銘柄が、並んでいます。

20センチ角くらいの焼き印です。酒樽に押したそうです。

2階を見上げると、大きな樽を使った斬新なデザインの展示コーナー。

2階には酒造りの道具が展示され、酒造り工程のVTRを上映中でした。
むかしの電話もあって、タイムスリップしたような雰囲気。

つい「けさ」と読んでしまいますが「さけ」ですね。
2階の奥には『酒蔵ダイニング』『呑処三杯屋』があります。

ランチした1階のカフェの入口。大きな瓶と石臼が並んでいます。

店内には、レトロなポスターが何枚か掛けてありました。

酒樽の大きな蓋も、カフェの壁に飾ってあります。

特性粕汁うどんを、いただきました。いやー、酒粕の甘みが濃い!

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オニオンスライスな日々

家庭菜園をしている近所の方に、葉のついたままの玉葱をいただいた。
「サラダ用の玉葱だから、生で食べても甘いよ」
青葱のような部分は、炒めてもよし、軽く湯がいてぬたにしてもよしと教えてくださった。見ているだけでもよだれが出そうなくらい新鮮である。
さっそく昼はサラダに入れて、夜はオニオンスライスとソテー、ぬたも作ってみた。採れたて野菜の甘みが口のなかに広がった。

そう言えばむかし、毎日オニオンスライスを刻んだことがあった。上の娘が中学生の頃だから、もう十年ほど前になる。
反抗期だった彼女は、母親となんかしゃべりたくないモード全開だった。そこでわたしがとった作戦は、彼女の好きなものを食卓に並べるというもの。太ってもいないのにダイエットに励んでいた彼女は、来る日も来る日も、それこそ飽きるまでオニオンスライスを所望した。ドレッシングで、柚子ポンで、醤油で、出汁つゆで、マヨネーズで日々共にオニオンスライスを食べたのだった。
その間、彼女との会話は、食卓に上がったもののことのみ。まあ、それでもいいやと思っていたし、食についての会話ならけっこうあるものだ。
「スーパーに、新玉葱が出てきたんだ。やわらかいでしょ」
「あ、ほんとだ」
「柚子ポン、変えてみたんだけど」
「うん。こっちの方がさっぱりしてるね」
そんな日々を過ごすうち、彼女は反抗期を卒業していった。

反抗期の頃の子ども達って、みんなそうかも知れないけど、学校のことをあれこれ聞かれるんじゃないかとか、勉強しろって言われるんじゃないかとか、親と対峙するときには構えちゃうんだよね。でもわたしは、普通にテレビの話でも、食べ物の話でも何でもいいから、ただ娘としゃべりたかった。

そんな気持ちで玉葱刻んだら、涙が出そう? それが、半分に切ってからよく水で洗った玉葱は、刻んでも涙が出ないもの。反抗期っていうのは、料理で言うと、そんな下ごしらえ時期なのかも。

ぷーんと玉葱特有のいい匂い。陽の光と似合うなあ。

キャベツとクレソンとフライドガーリックと合わせたサラダです。

オニオンスライスは、柚子ポンがいちばん好き。

どう見ても葱のぬたですが、葱よりも甘みが濃い!

白ーい。種類は聞かなかったけれど、ホワイトオニオンかも。

オリーブオイルで焼いて塩胡椒。仕上げはバルサミコ酢。これ絶品!

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こだわりの蕎麦屋、こだわりの木の器

ゴールデンウイークはのんびりと家で過ごした。出かけたと言えるのは、同じ北杜市は隣町の隣町、高根町の蕎麦屋へ行ったくらいだ。
『やつこま』は、このところのお気に入り。平打ちの蕎麦にこだわり、山葵も注文されなければ出さない。本来の蕎麦の味を味わうには、山葵抜きで食べるべしという店主のこだわり抜いた姿勢を表している。まずは蕎麦つゆにもつけずにじっくり嚙んでみてほしいと、メニューに添えがきしてあるくらいだ。

そのこだわりは、器にも徹底していた。
「この袴、久しぶりに見たなあ」と、夫の友人。
薪割りに来た夫の友人と連れ立って暖簾をくぐったので、ふたりにビールを勧めたのだが、大瓶のスーパードライが袴を穿いていた。
「木のグラスが冷えてるのって、うれしいよね」夫も、喉を鳴らした。
蕎麦を待つ間に出された焼き味噌は、竹をくり抜いた器ごと焼いてある。
「見て、この箸置き、小枝だよ」
箸も木なら箸置きは小枝。見れば、ランチョンマットも、蕎麦つゆの器も、天麩羅の皿も、塩を持った匙も、すべて木か竹でできていた。
「すごい、こだわりだねえ」
こだわりの蕎麦をこだわりの器ですすりながら、矯めつ眇めつ器を愛でる。木の軽さと温かみを手に感じる。木を感じ始めると、何も考えずに座った椅子も、テーブルさえもが木だったと思い至る。

そのうち、食卓に陶器がないということに、ふっと不安になった。
木と竹。森や竹林の風景を容易に思い浮かべられる、器達。しかし、いつも使っている陶器の器は、もともとのものなど思い起こすこともなくなってしまったが、土だ。言い替えれば、地球。それを、人の手でこねたものなのだ。
風に揺れる竹林。天に伸びゆく大木。それを生み出していく大地。「道具」とひとくくりにできない大きさを、吹き抜けていく風を、木と竹の器に、そしていつも使っている陶器の食器達に、ひととき感じた。

まずはビール。大瓶の下に穿かせる袴も、コースターも木製です。
残念ながらわたしは、運転手に徹しました。

竹をくり抜いた器。味があります。
焼き味噌には、蕎麦の粒と葱も入っていてまろやかでした。

本当に何もかも、木と竹でできています。箸置きの小枝、いい形。
つややかな蕎麦の入った器も、磨き上げられた木です。

野菜ときのこの天麩羅。籠のような、これも木の器。
山葵はお持ち帰りができるよう、下にビニール袋が置いてありました。
山葵おろし器は、鮫の皮。森の中に迷い込んだ、鮫?



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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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