はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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ガラスの手首と、あったりなかったりする時間

「ごめんね。僕をかばってくれたばっかりに」
「何、言ってんだよ。おたがいさまじゃないか。もとはと言えば、きみにばかり頼っていた僕のせいなんだし」
「薪は、重いよねぇ」
「うん、重いね。けど、運ばなくちゃ。僕らだって冷たくなっちゃうし」
「で、痛みはどう? 左手くん」「使わなければ、痛みはないよ。右手くん」

年末、右手くんの腱鞘炎が、再発した。原因は、薪運びである。そして、右手くんをかばっているうちに、今度は左手くんが、発症した。右手くんは、軽度だったようで幸いすぐに治ったが、もちろん無理はできない。両方の手に無理をさせずに薪を運ぶのは、至難の技である。
以前、右手くんも左手くんも、腱鞘炎を患った経験がある。最初は、ピアノで。そして、次は赤ん坊だった子ども達を抱っこしていた日々に。そしてここ数年は、薪運びで。腱鞘炎は一度やると、癖になりやすい。彼らは、ちょっと重いものを持つとすぐに傷めてしまう、ガラスの手首の持ち主なのだ。

「ふたりで、1本ずつ、運ぼうよ」「回数は増えるけど、重さは減るもんね」
「右足くん、左足くん、往復が倍になるけど、よろしくね」
「おう! 合点承知」右足くん、左足くんは、快諾した。

重いものが持てないというのは、不便だ。だが、歳を重ね、不便に慣れることも必要なのだと思えるようになって来た。
最近「時間がない」という言葉を耳にすると、すぐにゲシュタルト崩壊する。
「時間って、普遍的に存在するものなんじゃないの?」と、左手くん。
「あったり、なかったりするものなんだ?」と、右手くん。
単純なる疑問から崩壊した言葉は宙に舞い、その言葉の持ついとも簡単な意味合いがバラバラに砕け、スローモーションで落ちていく。

子ども達が幼かった頃、様々なシーンで「時間が」なかった。夫に子ども達を見てもらい、スーパーにいく時にはいつも走って行ったし、風呂では、湯船につかるのは赤ん坊と一緒の時だけだった。3人の子ども達と共に入浴した10年ほどは、ひとりで湯船にはつかることはなかった。「時間が」なかったのだ。だが今考えるに、本当に時間はなかったのか。たったの5分でも、湯船につかることができないほど、時間はなかったのか。いったい何をそんなに、急いていたというのだろうか。

今は、薪を両手で、1本ずつ運ぶ「時間が」ある。薪1本を両手でしか、運べなくなった、とも言えるのだが。
それでも仕事が切羽詰ると、ふと、あの頃のことを思い出す。10年も湯船につからずに、懸命に生きていた「時間が」なかった頃のことを。

昨日の朝10時。雪はまだ、それほど積もっていません。南側の薪小屋。

北側には、家の軒下(見えない場所)にたくさんの薪が積んであります。
丸太は、年末に切り出したばかりのもの。庭というより、薪置場ですね。

「右手くん、左手くん、まあ、ムリすんなよ」と、ハリー。
「雪のなかの作業、気をつけてね」と、ネリー。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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