はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 12. シエナのシエナ

シエナという同じ町のケーキ屋から、マドレーヌとクッキーを仕入れている。本当ならケーキも置きたいところだがリスクが大きい。売れ残れば処分しなくてはならない。その点、マドレーヌは五日、クッキーは一週間の賞味期限がついている。なにより大切なのは、シエナのマドレーヌがとても美味しいということだ。
「なにしろ世界一美味しいマドレーヌを焼く店にするって付けた名前だから」
マダムが今日は、女性四人でマドレーヌと珈琲とおしゃべりを楽しんでいる。
「シエナって、イタリアの街の名前よね」
「そう。そのシエナ! シエナの中心の広場がね、貝の形になってるのよ」
「マドレーヌの形ってわけね」
「何でも素晴らしく美しい街で、ヨーロッパでパティシエの修行中にシエナを旅して同じ名前の店を出そうって決めたそうなの」
「素敵ね」「美味しいはずだわ」
シエナはシングルマザーのレイさんがパティシエで、高校二年の娘さんがいる。彼女の名前もシエナだ。
「店と娘におんなじ名前付けるかよ」
さばさばと笑って言う彼女は、サッカー少女だ。少女は「へーちゃん、水ちょうだい」と、いまだに部活帰りに立ち寄ったりもする。小さい頃から僕になついてくれていた。
今そのシエナがカウンター席に座っていることをマダムは気づいていない。短髪と黒のジャージ上下。足元には四角いエナメルバッグ。後ろ姿は少年にしか見えないだろう。だいたいマダムが会ったのはたぶんシエナが小学生の時だ。
「最近ギャップがきついんだ」シエナは、ため息をついた。
「ケーキ屋さんの娘の上に、名前がシエナちゃんだよ。可愛らしい子だろうって思うじゃん」「だね」僕はうなずく。
「で、実物見たらこれだもん」「だね」僕はまたうなずく。
「そこでうなずくかな。へーちゃん」
シエナの言葉に笑って、僕はマダムを呼んだ。
「母さん、シエナが来てるんだ」
シエナが一瞬戸惑いを見せる。さっきのマダム達の話を聞いていたのだろう。
「シエナのシエナちゃん?」
マダムは、立ち上がったシエナを上から下まで点検するように見て言った。
「姿勢がいいね。ずいぶんカッコよくなったじゃない」
シエナの表情が変わった。
「まっすぐないい目してる。これだけ美味しいマドレーヌ焼くお母さんの子は、やっぱり違うね」マダムの友人達も眩しそうにシエナを見ていた。
「ありがとうございます」
シエナはサッカー場に礼をするように深く礼をして、小さな頃のように笑い「へーちゃん、水ちょうだい」と言った。

空も家並みも美しいシエナの街

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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