はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 16. グニャグニャした夢

台風が桜の葉を落としていき、ぐっと秋らしくなった午後。常連のワキさんがカフェ・ド・Cのドアを開けた。
「今朝おかしな夢見て、ぐったりしてるんだ。目の覚める奴淹れてよ」
彼はイタリアンバールでソムリエ修行中のウエイター。夜の営業しかないので午後1時にモーニングコーヒーを飲みに来ることが多い。シェフに紹介してくれて、バールで出す珈琲の豆をうちから仕入れてくれているお得意様だ。年の頃は僕と同じくらいだろうか。
「どんな夢ですか?」
寝起きの疲れた顔でカウンターに座るのはいつものことだが、確かに疲れの色が濃く見えた。
「グニャグニャしてるんだよ」「グニャグニャ、ですか?」
コロンビアの中煎りをワキさんの前に置く。美味い! と言って彼は続けた。
「たとえばドアを開けて家に入ろうとするだろ? 取っ手もドアも、グニャグニャしてて開かないんだ」
「スライムみたいな感じですかね」「そうそう」「それで?」
「ハサミで切って入ろうとした。夢だからさ、都合よくハサミがあるんだよ」
「夢ですからね」ふたり笑った。
「でもそのハサミがまた、グニャグニャなんだよ」
「それはそれは、お疲れ様。しかし、めずらしくファンタジックな夢ですね」
「これが正夢ってことは、まあないだろうな」
そうなのだ。ワキさんの夢は正夢になることが多い。ひと月ほど前にも学生時代の友人に会った夢を見たら、その晩バールに友人が現れたという。そういうことがこれまでに何度もあった。
 
週末の午後、ふたたび寝起きの顔でカウンターに座り、ワキさんは夢の話の続きを聞かせてくれた。
「何のことはなかったよ。あの晩、バールの常連さんにプレゼントをもらったんだ。それがゴムの木だったってオチだ」
「グニャグニャした夢は、ゴムの木でしたか」
ふたりで笑っていたら、カウンターで洗い物をしていたジュンが口を挟んだ。
「その常連さんって、女性ですか?」
「ああ、若くてよく食べてよく飲む女性だけど?」
「ワキさん、ゴムの木の花言葉、ご存じですか?」
「花言葉? いや、知らない」
ジュンは間を置かず答えた。「永遠の愛です」
「えっ……永遠の愛?」ワキさんは一瞬珈琲をこぼしそうになる。
その驚いた顔がちょっとうれしそうな表情に変わるのを見て、僕はジュンと顔を見合わせた。彼が今度来るときには、もしかしたら若くてよく食べてよく飲む女性を連れて来るかもしれない。残念ながらカフェ・ド・Cは珈琲屋だが。

長かった夏が終わりを告げ 
カフェ・ド・Cのある街にも秋は足元から訪れました
グニャグニャした夢は夏の疲れでしょうか

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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