はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『橋を渡る』

吉田修一の長編小説『橋を渡る』(文藝春秋)を、読んだ。
新次元の群像ドラマと謳われるこの小説は、ビール会社の営業課長、明良(あきら)、都議会議員の妻、篤子、テレビ局の報道ディレクター、謙一郎の3人を中心に、その周囲で起こる2014年、春、夏、秋の出来事を描いていく。
そして4章目である冬は、2085年に飛ぶ。70年後の世界では、人の細胞から作られた「サイン」と呼ばれる普通に感情を持つ人間 ― 生殖能力がなく、身長は低め、寿命は40歳くらい ― が存在し、彼らをロボットのように扱う差別社会ができていた。

タイトル『橋を渡る』は、自ら選ぶことのできる選択肢の数々を、橋を渡るか渡らないかに例え、渡った橋の向こう側と渡らずにいたこちら側との微妙な違いを表現しようとしている。以下、春 ― 明良の章から。

堀下にあるY駅には、そのホームを跨ぐように橋がかけられている。すぐそこにある迎賓館と対応させて作られたネオ・バロック様式の橋で街灯には美しい九つのランプが並んでいる。
この街灯の一つを包み込むように大きな桜の木がある。
明良たちは今の家に越してくるまで、八年ほど駅向こうのマンションに暮らしていた。そのころから春になるとこの桜を見に来ている。
深夜、人や車が減り、都心の寂しさがただよう橋を明良たちは渡った。今年も内側からライトアップされた満開の桜がそこにあった。
いつものように見上げて、明良はふと視線を落とした。この十年、毎年感じていた感動がなぜか今年に限ってない。少し焦って横を見る。心なしか、歩美の横顔にもそれがない。いや、去年あったのかも曖昧になってくる。
「きれいだよな」と明良は言った。
「うん」と返事は短い。
明良は今渡ってきた橋を振り返った。子供じみた発想だったが、もう一度渡り直せば、例年の感動が味わえそうな気もした。

渡った橋の向こうに何があるのかを知る前と、知った後では、何気ない風景さえも違って見えることがある。小説は、一人の小さな選択が未来を変えていく可能性を描いている。橋を渡るか、渡らないか。行動するか、しないか。言うか、言わないか。知るか、知らないかさえも。
読んでいて、わたし達一人一人の小さな選択が、未来を変えていくかも知れないのだと突きつけられる感覚に陥った。
戦後70年にかかれた、この小説。では70年後は? と問いかけてもいる。
戦争をしない国を選んだ70年前の一人一人と、これから多くのことを選んでいくわたし達一人一人の心の重さは変わらないはずだと。

夫が、Kindle 版で買った小説です。表紙は → こちら
『週刊文春』で、連載されていたものだそうです。
2章目の篤子は、その『週刊文春』のクレーマーでもありました。
実際にあったニュースが取り入れられているのも週刊誌連載小説ならでは。
都議会の女性議員へのセクハラ野次や、マララさんのノーベル賞受賞など、
登場人物が、社会的出来事をどう受け止めていたのかも描かれています。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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