はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 8. 玉手箱

 店の奥の棚に、忘れ物ボックスがある。半年たっても持ち主が現れない時には処分することに決めてはいるが、なかなか思い切れず箱は満杯のままだ。
 妻が出産を控えて産休に入り、時々店の手伝いと称しやってくるが、手よりも口を出すことの方が多く、忘れ物ボックスは妻の格好の餌食となった。
「これも、これも、そろそろ、処分したほうがいいんじゃない?」
 そんな夏の夕方。
「ここよ、ここ。うん、思い出した!」「本当にここなのか?」
 そんな会話をしながら店に入ってきたのは、四十代の夫婦だろうか。男性は薄い色の藍染のアロハシャツ。女性は水色のワンピースを涼しげに着ている。
「ルリコの物忘れには、散々ひどい目に会ってるからな」
「コウちゃんたら。今頃言われなくたってわかってるよ」
 ため息をつく彼に相反し、彼女はゆったりと微笑んで僕に向かって言った。
「あの、忘れ物なんですけど、このくらいの箱で紙袋に入ってて」
 彼女は、パスタ皿くらいの大きさを示した。
「いつ頃ですか?」
 忘れ物ボックス担当になったつもりの妻が口を挟んできた。
「それが……、三年くらい前に」「三年?」
 聞き返す妻の声が大きくなった。
「取っておいたりなんかしませんよね。三年もたった忘れ物を」
 彼がすまなそうに言う。でも僕は、すっかり思い出していた。
(ほんとうだったんだ、あの時しゃべっていたこと)
 彼女は、声の大きな女友達としゃべっていた。聞こうとしなくとも印象に残ってしまう会話がある。
「ルリコってば、ほんとうに忘れん坊なんだから」
「でもね、三年くらいたって、そういえばあの時! ってふいに思い出した時のうれしさは、忘れん坊にしかわからない醍醐味があるの」
 僕は店の奥の棚から「玉手箱」を持ってきた。その中のパスタ皿大の箱を入れた紙袋には、日付と一緒に「三年間保存のこと」と僕の字でかいた付箋が貼ってある。
 彼女は満面の笑みを浮かべ、お礼を言うとすぐに箱を開けた。中には藍染の男物のハンチング帽が入っていた。
「プレゼント。きょう、コウちゃんの誕生日でしょ」
 彼女が、彼の頭に帽子をのせる。
「誕生日?……そうか、すっかり忘れてた」「意外と忘れん坊だね」
 彼女の言葉に、僕らは爆笑した。アロハより濃いめに藍で染めた帽子は、三年の月日を感じさせず彼に馴染んでいた。


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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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