はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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きみの言う通りだ

「きみの言う通りだ」というおまじないをよく使う。
日常、小さなことで人と人とは意見の食い違いをみる。たとえば、洗濯物を外に干すか、家の中に干すか。太陽が照る日中、外に干すのは気持ちがいいが、薪ストーブの真上、吹き抜けの2階の廊下に物干しスペースがある我が家では、冬場、家の中に干した方が乾きは早いし、家の中の加湿効果も上がり一石二鳥だ。なので大抵わたしは家の中に干す。しかし、夫が太陽のあたるウッドデッキを見て言った。
「外に干したら?」
わたしは逡巡した。昼に宅配便で届いた夫の洗濯物は、午後から外に干しても乾かないだろう。しかし心の中でつぶやく。
「きみの言う通りだ」
そして「そうだね」と言って、洗濯物をウッドデッキに干した。洗濯物は、夕方結局2階に干し直さなくてはならなかったが、太陽にあてるのは気持ちがいい。外に干してもいい点と悪い点があり、中に干しても同じなのだ。

伊坂幸太郎の『グラスホッパー』(角川文庫)の主人公、鈴木は亡き妻のことをよく思い出した。
「彼女は、きみの言う通りだと同意されると、どんな時も機嫌がよかった」
鈴木の妻は、物語が始まった時にはすでに死んでいたが、とても可愛らしく、わたしも伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間も、彼女が好きだ。そして鈴木は妻の口癖「やるしかないじゃない」に「きみの言う通りだ」と心の中で答え続け、危険な組織から逃げ切った。その『グラスホッパー』を読み、わたしは、このおまじないを覚えた。
ともすれば、自分の考えばかりに偏りがちになるが、このおまじないを唱えることで自分以外の人の考えを取り入れることができる。
その時には反論しても、後からだっていい。「彼の(または彼女の)言う通りかも」と振り返ってみる。
そうして自分の中で誰かの考えが広がっていく時、目の前の道が、ほんの少しだけ広がったような気がする。その感覚が好きだ。
それに加え「きみの言う通りだね」と言葉にして言うと、夫も鈴木の妻のごとく、やはりとても機嫌がよくなる。これも一石二鳥かな?

ウッドデッキに干した洗濯物と、冬枯れの隣の林。
庭に小さく写っているのは、夫が置いた野鳥用の水場と、焚き火台。
ヤマガラやシジュウカラがやって来ます。
カケスやツグミ、ジョウビタキも見かけるようになりました。

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描写の美しさにspringを思う

「美しい!」「だから、言ってるじゃん」
「描写がものすごく綺麗!」「でしょ?」
「でも黒澤がまだ、出て来ないー」とわたし。
「称賛に値する探偵、黒澤ね」彼女は本文を引用した。泥棒、黒澤はこの物語ではアルバイトなのか趣味なのか探偵をやっている。
久しぶりに『重力ピエロ』(新潮社)を読むわたしと伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間との会話だ。
彼女は常々『重力ピエロ』の美しさについて語っていた。
「伊坂作品の中でいちばん綺麗だもん」「納得!」
「すっかり忘れちゃってたの?」
「だって、前に読んだのきみが小学生の時だよ」
「この綺麗さを忘れるとは」「おばさんの記憶力をなめんなよ」
と、低レベルな会話をするのが恥ずかしくなるほど『重力ピエロ』の描写は美しい。「春が二階から落ちてきた」で始まるこの小説は、兄、泉水(いずみ)の一人称で語られる。しばしの説明文のあと「頭上から落ちてきたのは私の弟のことで、川に桜の花弁が浮かぶあの季節のことではない」と続く。泉水も春も英訳するとspringだ。
 
春は泉水が1歳の時、未成年常習犯に母親がレイプされ命を授かった弟だ。父も母も兄も春を愛し、春は家族を愛して育った。しかし世間の興味本位から来る視線に、彼らも真実を知らずに成長することはできなかった。高校生の春は性的な暴力に対し、憎しみに近い嫌悪を抱いていた。そしてバットを持って「二階から落ちてきた」生意気な女子を3人がかりでレイプしようとしている同級生に殴りかかったのだ。
妻を亡くし癌で入院している父親。落書きを消すことを生業とする春。遺伝子にかかわる仕事をする泉水。連続放火事件の現場近くに残されたグラフティアートと、そこに記された謎の英単語や数字。謎を解こうと、泉水は繰り返される放火事件を追っていく。
 
「すごく仲のいい家族だよね」とわたし。
「お母さんがいいね。伊坂のかく母親っていい」と彼女。
「小学生の春が描いた絵が展覧会で入賞した時のエピソード、いいよね」
「やっぱお母さんが秀逸。審査員を絵で叩いた春に、やめなさいって言って絵を取り上げて自分で審査員叩いちゃうんだもん」
「楽しそうに生きてればな、地球の重力なんてなくなる」とはお父さん。
「そうね。あたしやあなたは、そのうち宙に浮く」とはお母さん。
サーカスを観に行って空中ブランコのピエロが落ちるんじゃないかと心配する子ども達への言葉だ。久しぶりに読む伊坂は、ページの重力でさえ無くしたように浮き浮きと読み進めることができた。
「でさ、文庫にはね、かき足した章があるんだよ」と彼女。
「うそー、文庫貸して」「貸し出し中です」
わたしは重力に従い肩を落とした。凡人には重力は無くならないのだ。

重力と言えば林檎 町内にある蜜がたっぷり入った林檎の畑
「兄貴も気をつけた方がいいよ。まっすぐに行こうと思えば思うほど、道を逸れるものだからね。生きていくのと一緒だよ。まっすぐに生きていこうと思えばどこかで折れてしまう。かといって曲がれ曲がれと思っていると、本当に曲がる」(春のセリフより)

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人生については誰もがアマチュアなんだよ

「『ラッシュライフ』(新潮社文庫)って伊坂2冊目の本なんだね」
伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間に言うと、
「そうだよ。サブタイがまた、かっこいいんだ」と文庫を開いた。
サブタイトルを並べた目次はなく、エッシャーのだまし絵をめくると、
『最高時速240キロの場所から物語が始まる』とある。
「気づかなかった。確かに、かっこいい」とわたし。
「でしょ。ラッシュの意味が4つ、リーダーズ英和辞典からちゃんと転記してあるのも好きだな」と彼女。
「気づかなかった。意味がかいてあるのは覚えてたけど」
簡単にかきだすと「むち打つこと」「豊富な」「無分別な」「殺到する」
それぞれスペルが違う。名詞では「飲んだくれ」なんて意味もある。
そんなラッシュのいくつかの意味を、いくつかの人生に重ね、物語に織り込んだのが『ラッシュライフ』だ。
 
侵入した家に親切にも取った金の額や場所を手紙を残す泥棒、黒澤。
「基本とウォーミングアップはどんな仕事にも必要だ」
神を解体しないかと持ちかけられる絵が得意な青年、河原崎。
「ああいう大きな、人間の人生なんかとてもじゃないけど敵わないものに、会いたい気分なんですよ」
浮気相手の妻を殺そうと拳銃を購入するカウンセラー、京子。
「計画なんて大まかでいいのよ。細かいと逆に行動を縛っちゃうの」
家族と職を失い野良犬を拾う四十男、豊田。
「怖れるな。そして、俺から離れるな」
金と権力とですべてを手に入れ生きてきた画商、戸田。
「今、この瞬間に生きている誰よりもわたしは豊かに生きている」
 
「ラストが秀逸だよね。イッツオールライトがいい!」
「時間差がキーなんだよ」と彼女。「精密に作られてるね」とわたし。
「緻密」「偶然性の妙」「洗練と原石の隙間をかいくぐる文章」
「そして、黒澤! 黒澤! ああ黒澤!」
彼女は『ラッシュライフ』の話をしていると時々こうなる。
「伊坂がさ、あ、間違えた。黒澤がさ」とわたし。
「ぜんぜん違うよ! 黒澤は伊坂よりかっこいい!」
彼女はそう主張した後、思い出したように言った。
「『ラッシュライフ』映画になってるらしいね」
「うそ、気づかなかった」
「評判が悪い」苦虫を噛み潰したような表情の彼女は、
「大学の映画研究会とかが撮影したらしいよ」と続けた。
「伊坂、映画好きだもんね。そういう場に作品提供しそう」
「キャストは結構有名所。黒澤を堺雅人がやってる」
「あー、それ面白そうだけど」そこでふたりうなだれる。「不評」
「観るか」「観るしかないね」
だが、そのまま映画は観ていない。

人生については誰もがアマチュアなんだよ
誰だって初参加なんだ 全員がアマチュアで新人だ
初めて試合に出た新人が失敗して落ち込むなよ by黒澤


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キリンは食べないよね?

ふたたびオーストラリアの娘からメールが届いた。
「カンガルーには会ったし触ったし、食べたよ。美味しかった!」
末娘がそれを聞き、後ずさった。
「わたしがカンガルーだったら近寄りたくない。おねえ、超恐い!」
自分がカンガルーだったらと言う時点で、彼女はもうパニックに陥っている。しかし自由奔放な長女が、オーストラリアでたくましく生きていることは想像できた。
「そうか。カンガルーを食べるんだ」またも新しい発見だ。
 
発見で思い出すのは『フィッシュストーリー』(新潮社)に収められた短編『ポテチ』に登場する空き巣、今村忠司だ。彼は学校での授業や教科書とそりが合わなかったらしく知らないことが多かった。そして自ら発見した。「万有引力の法則」と「ピタゴラスの定理」を。
「知らないってことが発見につながるってことを、ユーモアたっぷりに表現してるよね」伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間に言うと、
「あのシーン大好き! さすが伊坂だよねー」と同意した。
「おまえはニュートンか? って言う黒澤もいいね」
黒澤は、今村が慕っている泥棒だ。
「うん。黒澤優しいよね。今村の発見を馬鹿にしないでちゃんと聞いてあげようとしたもんね」「実際すごいよ、今村」「うん。今村すごい」
映画にもなった『ポテチ』は、野球と赤ん坊取り違え事件と空き巣今村の心温まるストーリー。
今村は空き巣に入った家で「死ぬことにしたから。飛び降りちゃうから」という女性の留守電を聞いてしまいリダイヤルする。
「今から行くから。キリンに乗ってくから!」
知らない女性を必死に助けようとする今村は、伊坂の小説の中でも大好きな登場人物のひとりだ。
はたとそこで考えた。オーストラリアでも、まさかキリンは食べないよね?

「キリンだよ? キリンが空飛んじゃうんだよ?
 俺だったら見てから死ぬなぁ」
映画では濱田岳くんが愛すべき今村を好演した。

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失敗は大失敗に隠せるのか?

ギャングには続きがある。『陽気なギャングが地球を回す』(祥伝社文庫)のギャング達4人は失敗したままでは終わらなかった。
「ギャングの続き、読んでないの?」
伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間が責めるように言い、文庫本『陽気なギャングの日常と襲撃』(祥伝社文庫)を差し出した。
「文庫にしかないボーナス短編付き」と威張る。
「映画には続編の中のエピソードも入ってるらしいね」
わたしも知っていることを言い応戦する。
「映画でも、やっぱ久遠が最高だったね」と彼女。
「松田翔太、二十歳くらいでかわいかったなぁ。それにしてもたびたび言うようだけど」とわたし。
「もう言わなくていいよ」とうんざりした様子で彼女。
「成瀬は大沢たかおにやってほしくなかった」「聞き飽きたから、それ」
大沢たかおさんには本当に申し訳ないけれど、わたしの脳は彼を拒絶する。「嫌い」なのではなく「受け付けない」のだ。まあわたしに受け付けてもらわなくても、大沢たかおさんには何も支障はないと思うが。
「でもさ、でもさ、成瀬が好きなのにぃ」とは言いたくなる。
響野は佐藤浩市、雪子は鈴木京香。ハマり役だ。
 
ところで続編は、外国の諺を使ったサブタイトルが人気。
『巨人に昇れば、巨人より遠くが見える』「自分より大きな人の力を借りて成長できるって意味だと思うんだけど」(成瀬の部下の彼女のセリフより)
『ガラスの家に住む者は、石を投げてはいけない』「弱みを持っている人間は相手を批判してはいけない。逆に批判される可能性があるぞ、という戒めなわけだ」(響野のセリフより)
『卵を割らなければ、オムレツを作ることはできない』「無傷で何かを得ることはできないってこと。オムレツが作りたければ卵の殻は割るしかない。意訳すれば恐れずに何でもやってみようってことじゃないの?」(雪子のセリフ)
『毛を刈った羊には、神も風をやわらげる』「ようするにさ、弱い者には優しくって意味だと思うんだ」(久遠のセリフより)
この4人別々の短編が「日常」で、その4つのストーリーが「襲撃」社長令嬢誘拐事件に連鎖する。そしてボーナス短編『海には逃がしたのと同じだけのよい魚がいる』には、さらに楽しい「日常」のおまけが待っている。
 
「シアターCのオーナーの口癖いいよね『四の五の言わずに勝負しろ』」
「響野の『わたしの言う通りにやれ。わたしのやる通りにではなく』も好き」
「でも響野と言えばこれだね。『木は森に隠せっていうだろ、失敗は大失敗に隠すんだ』」「うーん。まさに響野にしか言えないセリフ!」

木は森に隠せても、薪は森に隠せない
薪ストーブを使う我が家には3年分くらいの薪がストックしてある

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悪い知らせとよくない知らせがあります

『マリアビートル』(角川書店)を再読し、うっとりしている。
「七尾ってさ、意外に強いんだよね、これが」
「そうそう。気は弱いんだけど、スイッチ入ると強いんだよ」
伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間と、うっとりしゃべる。
「しかし、気持ちいいくらいついてないよね、彼」
「まあ、常に不運に見舞われる人生を送ってるって設定なんだから」
「ただし不運に見舞われる人生を送りたいと願った時以外は、ね」
「でも『マリアビートル』はてんとう虫って意味らしいから、主役なのかな?」「主役っぽくなーい」
 
『マリアビートル』は、東北新幹線の中でのストーリー。
危ない仕事を生業とする七尾は「トランクを持って次の駅上野で降りて」という簡単な(はずの)仕事を引き受けるが、ツキのなさでどの駅でも降りられない。トランクの持ち主は殺し屋コンビ檸檬と蜜柑。中身は大金で彼らに指示したのは恐くて危ない組織のボスだ。
さらにその新幹線には王子という中学生が乗っていた。王子を殺そうと乗ってきたのは元殺し屋木村。子どもがデパートの屋上から突き落とされ意識不明のままで、犯人が王子なのだ。王子は14歳だがすでに10人殺しているという悪意に満ちた奴。
そしてなぜか『グラスホッパー』の主人公鈴木も同乗している。『グラスホッパー』で寺原を殺した毒を使う殺し屋スズメバチも。
 
「いい知らせと悪い知らせがありますってセリフ、言ってみたいよねー」
報告時、常にそう言う伝説の殺し仲介業者がいたと文中に出てくる。
「かっこよく言えないと意味ないね、それ」
「森絵都の小説にもあったよね」
「短編集『風に舞い上がるビニールシート』(文藝春秋)だっけ?」
「そうそう、野球の話ね。朗報と悲報がありますってやつ」
「悪い知らせとよくない知らせがありますってセリフもどっかであったな。何かで見たんだけど忘れたー」
「それいいね」「使えないから。っていうか言われたくないから」
「悪い知らせとよくない知らせがあります」「いやだー!!」

押し屋の槿(あさがお)もふたたび登場します 槿は正しくは
「むくげ」と読みますが「あさがお」と読ませる場合もあるそうです 
庭のむくげが今ちょうど綺麗です

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殺し屋達の狂想曲

『グラスホッパー』(角川文庫)を再読した。読んでいる横から、伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間が話しかけてくる。
「蝉ちゃん、でてきた?」
彼女は、蝉(せみ)のファンなのだ。
「でてきたとこ。3人目殺すとこ」
わたしは、顔を上げずに答える。
蝉はナイフで切り裂くタイプのいちばんわかりやすい殺し屋だ。自殺をさせる自殺屋、鯨(くじら)、道路で背中を押し車に轢かせる押し屋、槿(あさがお)と様々なタイプの殺し屋が登場する。蝉、鯨、槿と言う名は殺し屋業界で彼らが使っている名前だ。(殺し屋に業界があるのかよ?ってセリフが何回かでてきておもしろい)彼らは雇われて仕事をする。殺す相手に私怨はない。
そして主人公鈴木は妻の仇を打とうとする普通の青年で、自ら危ない世界に足を踏み入れていく。「やるしかないじゃない」という死んだ妻の口癖を思い出しながら。
「鈴木の妻っていいキャラだよね。最初から死んじゃってるのに」
仲間がまた話しかける。
「ほんとだよね。回想シーンでしか出てこないのに登場人物中でいちばん好きなキャラかも」
「だから鈴木は、結構頑張れたんだよ」
「君の言う通りだ」
「結構頑張っている」も「君の言う通り」も鈴木が妻を思う時に何度も使う言葉だ。鈴木が妻を思う気持ちが、この殺し屋達の狂想曲の軸にある。
「しじみが水の中でぶくぶく息してるのを見て、生きてるなって思う蝉ちゃんもいいけどね」
「何かと言うとジャック・クリスピン(架空人物)の言葉を引用する蝉の上司もいいけどね」
「岩西か。岩にしみいる蝉の声で蝉とセットになってる岩西ね」
「で『グラスホッパー』の続編『マリアビートル』(角川書店)も貸して」
「えーっ、いいなぁ。だらだらと伊坂再読できて」
「何言ってんの? 君は辻村深月読破まであと3冊でしょ。がんばれ! まあわたしはまだ5冊しか読んでないけどさ」
「なんで読破目前にして、直木賞とっちゃうかな。なぜか悔しい」
「伊坂が4年前候補辞退した直木賞ね。執筆の妨げになるからだっけ?」
「ほんと伊坂って変わってるよねー」「ほんとにねー」
でもいいかといつもそこで落ち着く。直木賞作家になってもならなくても伊坂は伊坂だ。わたしは『マリアビートル』をわくわくしながら受け取った。
まあそれはそれとして、山梨在住の辻村深月さん直木賞受賞おめでとうございます。伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)は辻村さんを応援しています。
「でもさ、読み終わっちゃったら来るんだよね。読破喪失感。伊坂の時はマジ落ち込んだ」
辻村さん、彼女のためにもぜひかき続けてください。


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信号はどこまでも青く

「雪子だ」「雪子だね」
めずらしく目的地までの信号すべてを、青で通過した。そんなときの伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の合言葉は、雪子だ。
雪子とは、『陽気なギャングが地球を回す』(祥伝社)4人組銀行強盗のひとりで、信号をいつでも青で通過できるドライバーだ。
彼女は、強盗後、運転を任されていた。それはなにより彼女が体内時計を持っているからだ。次の信号まで何分何秒で、信号が変わるのは何秒ごとで、というのがインプットされ、すべての信号を青で通過するには、何キロでドライビングすればいいのか、雪子にはわかってる。すべての信号を青で通過し、雪子は自分の仕事を終えた。
そんな能力のないわたしでも、たまたま目的地まですべての信号を青で通過することがある。そんなときには、
「信号はどこまでも青く、前途はロマンに満ちている」
なんて、ギャングのひとり響野のように、無駄に言葉を並べてみたくなる。
 
雪子が体内時計を持つドライバーなら、響野は演説の達人、成瀬はどんな嘘をも見抜くことができ、久遠は誰の財布でも思うままにスルことができる。
「響野のこれって、特別な力なわけ?」
仲間は響野にきびしい。
「たしかにただの、うんちくおしゃべりおじさんとも言えるけど、ここまでほんとも嘘も織り交ぜて知識を披露できるのって才能だとは思うよ」
「まあね。人を惹きつける力はあるかもね。でもやっぱ、久遠が好きだな」
「人間より動物を愛する若者、二十歳の久遠青年ね」
「しかも、スリの天才!」
「やっぱ、特出したものを持つ人って素敵だよね」
「響野は特出してないけどね」
「こだわるねー。でも久遠は響野のこと好きだよ?」
「それは認める」
「響野って、喫茶店のマスターのくせにまずい珈琲しか淹れられないけどね」
「それも認める」
偶然(という言葉は嫌いだと成瀬は言うけれど)、銀行強盗の人質になった4人は、その強盗達の手際の悪さに「俺ならもっとうまくやれる」と意気投合。4人組の銀行ギャングを結成する。自分の特技を生かしつつ、仲間を信頼し、それでもそれぞれに事情を抱えた彼らのギャングぶりはじつに微笑ましい。
「ロマンはどこだ」
響野のこの言葉を合図に、彼らは銀行に乗り込んでいく。

青で信号を通過するたびに、わたしは彼らの爽快な物語を思い、つぶやく。
「信号はどこまでも青く、前途はロマンに満ちている」


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判子といえば

はりねずみの絵が入った判子を作った。ファンクラブ(在籍2名)の仲間に見せると、また伊坂トークが始まった。
「判子といえば」
「『ゴールデンスランバー』(新潮社)だよねー」
「たいへんよくできました、の判子ねー」
主人公の青柳は、数年前晴子にふられていた。わたし達ってこのまま一緒にいても絶対「よくできました」止まりな気がしちゃうよね。それが別れの言葉で、青柳は何度も思い返す。子どもの頃から一度だって「たいへんよくできました」の花丸をもらったことがない。「よくできました」止まりの人生だと。

昔は故郷に続く道があったという歌詞で始まる『GOLDEN SLUMBERS』は BEATLESの『ABBEY LOAD』というアルバムに入っている。青柳の友人森田が久しぶりにやってきて、この歌を口ずさむ。そして唐突に「故郷に続く道っていうと反射的におまえらと遊んだ頃を思い出すんだ」と話す。
「伊坂って、東北大学時代がほんとに楽しかったんだね」
「うん。この話だって、大学時代の友人たちがメインだもんね」
「青少年食文化研究会」
「ファーストフード店に集まって雑談する集団ね。冬には雪掻き部になったりもする」
「青柳と晴子と森田」
「森の声が聞こえる森田ね。それから後輩のカズの4人」
青柳は、身に覚えのない首相暗殺の罪をかぶせられ、追われることになった。行ってもいない場所で自分が目撃され、犯人に仕立て上げられていく。久しぶりに会った森田は、逃げろ、人間生きててなんぼだとだけ伝え、殺された。
「この本で見事なのは、なんといっても伏線回収の技だよね」
「伏線回収のお手本みたいな本だね。伊坂の伏線回収には定評があるけど」
物語の初めの方に出てくる小さなエピソードが、終盤思いもよらない形に姿を変えていく。伊坂幸太郎は、様々な伏線を散りばめておき、それを回収していくプロだ。
「青柳、おまえはロックだよってのが、好きだったな」
「お父さんに書初めで書かされた痴漢は死ねも、いいよね」
「お茶碗にいつもごはんつぶ残すってのも、印象的」
「だと思った、って一言も」
「でもなんと言っても、エレベーターのシーンがいいねー」
ふたたび、ふたりうっとりする。
「伊坂いいよねー」

ひとりで映画が好きなわたし達だが、『ゴールデンスランバー』は、めずらしく一緒に観た。青柳を堺雅人、晴子を竹内結子、森田を吉岡秀隆が演じていた。脇役ではあるが伊東四朗が青柳の父親役で、伊東四朗ってすごいと思ったのを覚えている。
「でもあの森田は、森田じゃないね」
「歌はうまかったけど、森田じゃない人になってたね」
ふたりとも森田が好きだったので、その部分にはとてもがっかりした。森田は青柳よりキャラが濃い。それで薄めたのかなというような普通のいい奴になっていた。吉岡秀隆が口ずさんだ『GOLDEN SLUMBERS』には聴き惚れてしまったけれど。
「映像でしか見られない迫力はあったね」
「花火のシーンはよかったよねー」
「そういえば『ポテチ』でさ、竹内結子がエキストラの通行人やってるんだって」「うそ。ぜんぜんわかんなかった!」
話は、いつも脇道にそれていく。脇道がたくさんあるからどうしようもない。


「邪悪なハンコ屋しにものぐるい」で作りました

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伊坂幸太郎入門書

伊坂幸太郎の小説を初めて読むんだったら、断然『チルドレン』(講談社)をオススメする。
「伊坂入門書だもんね、これ」
ファンクラブ(在籍2名)のわたし達は、この連作短編集を「伊坂入門書」と呼んでいる。
「伊坂テイスト満載なのに、万人受けする読みやすさ」
「笑って泣けるし」
「中学生が親に買ってもらいたいときには、家裁の調査官の奮闘記だって言えばいいし、子ども達に読んでもらいたいときには、銀行強盗の人質になるシーンからスタートするんだよ。超おもしろいんだって!って言えばいいし」
「実際おもしろいし」
「子どものことを英語でチャイルドと言うけれど、複数になるとチャイルズじゃなくて、チルドレンだろ。別物になるんだよ」
家裁の調査官、陣内のセリフを真似てみたりもする。だいたいこの辺りまでしゃべると、ふたりともうっとりしてくる。
「陣内がいいよねー」
「陣内、いいキャラだよねー。伊坂の小説にしか絶対出てこない伊坂キャラ」
「でもわたし、永瀬が好き」「そう言うと思った!」
心はもう、伊坂ワールドに飛んでいる。
「珈琲のシーンが、好き」
「五千円くれたおばさんのとこも、好きだな」
「カラスのエピソードも、いいよね」
「でも、やっぱラストがいちばん好きかな」
そして、話は『チルドレン』に、とどまらない。
「ところでさ、『砂漠』に出てきた家裁の調査官って、陣内かな?」
「絶対違うよ。陣内は高校生にサンテグジュペリすすめないでしょう」
「だよねー、彼の場合は、トイレの落書き集だもんね。武藤じゃない?」
「たぶんね。伊坂、登場人物や設定リンクさせるの好きだもんね」
「陣内と武藤が行った居酒屋“天々”だって『魔王』にも出てくるよね」
「あの居酒屋、行きたーい!」
話はさらに、他の本にまで移っていき、尽きることはない。
      表紙の絵は、左から陣内、盲導犬べス、盲目の青年、永瀬。

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黒澤に会いに

ファンクラブ(在籍2名)の仲間から伊坂情報を得た。
「アンソロに、黒澤が出ているらしいよ」
「え、そうなの? それって」
そこで、ハモった。
「最後の恋!」
『最後の恋』(新潮社)女性版アンソロジーは、三浦しをんの「春太の恋」がとても好きで、何度も読み返した。
本屋で見かけ、男性版が出ていることも伊坂がかいていることも知っていたが、まあ、いつか図書館で借りて読もうっと、くらいに考えていた。
でも、黒澤が出ている。
「それは、買いでしょう」
わたしの言葉に、彼女はうなずく。
「買いだね」
そして、本屋で買った帰りに彼女の部屋に寄った。
「買ったよ」
という、私の手から『最後の恋』を奪い、
「ありがとう」
と、彼女は言った。
「読み終わったら、貸してあげるよ」
彼女は学生で、わたしは在宅勤務会社員だ。それゆえ、わたしが買った伊坂の本は、彼女の部屋の本棚に並ぶことになっている。
あいうえお順にきちんと並んだ彼女の本棚。
彼女の本に対する想いは、並大抵のものではない。借りると緊張する。本を汚さない。本に折り目をつけない。日焼けさせてもいけない。もちろんビールをこぼしてはならない。
そして栞を挟んでいる位置を動かしてはならない。好きなシーンに、栞を挟んでいるのだ。
「付箋はっとけば?」
と言ったわたしに、彼女は軽蔑するように言った。
「本に付箋を貼るっていう感覚が信じられない」
 
『最後の恋』に入った「僕の舟」の黒澤はところどころに黒澤らしさが散りばめられていて、うれしくなった。間食はしないというところを読み、『ポテチ』とまったく同じエピソードであることに微笑む。
伊坂幸太郎の小説の、あちこちに出てくる愛すべき泥棒、黒澤。彼は、伊坂ワールドのどこにでもいる。巨匠黒澤明監督から、名前をもらったらしいが、ファーストネームは持たない。
『ポテチ』では主要登場人物で、大森南朋が演じていた。
 
「仙台に行こうか……、黒澤に会いに」
伊坂幸太郎の小説の舞台。映画の撮影場所。バックグラウンド。
ファンクラブでは、そんな話が持ち上がっている。


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ぶっとばすよ

伊坂幸太郎原作映画 『ポテチ』を観た。それ以来にわかにファンクラブ(在籍2名)で流行っている言葉がある。「ぶっとばすよ」だ。映画のなかで主人公の恋人役、木村文乃は、惚れ惚れするほどいい感じで「ぶっとばすよ」と、何度も言っていた。その場にそぐわない「ぶっとばすよ」は一度もなく、いい女優になるなと確信した。そしてそれから「ぶっとばすよ」と上手に言う練習をしている。……が、なかなかうまくいかない。いつかどこかで必要になるかもしれないと思い、今日も練習する。「ぶっとばすよ」

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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