はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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描写の美しさにspringを思う

「美しい!」「だから、言ってるじゃん」
「描写がものすごく綺麗!」「でしょ?」
「でも黒澤がまだ、出て来ないー」とわたし。
「称賛に値する探偵、黒澤ね」彼女は本文を引用した。泥棒、黒澤はこの物語ではアルバイトなのか趣味なのか探偵をやっている。
久しぶりに『重力ピエロ』(新潮社)を読むわたしと伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間との会話だ。
彼女は常々『重力ピエロ』の美しさについて語っていた。
「伊坂作品の中でいちばん綺麗だもん」「納得!」
「すっかり忘れちゃってたの?」
「だって、前に読んだのきみが小学生の時だよ」
「この綺麗さを忘れるとは」「おばさんの記憶力をなめんなよ」
と、低レベルな会話をするのが恥ずかしくなるほど『重力ピエロ』の描写は美しい。「春が二階から落ちてきた」で始まるこの小説は、兄、泉水(いずみ)の一人称で語られる。しばしの説明文のあと「頭上から落ちてきたのは私の弟のことで、川に桜の花弁が浮かぶあの季節のことではない」と続く。泉水も春も英訳するとspringだ。
 
春は泉水が1歳の時、未成年常習犯に母親がレイプされ命を授かった弟だ。父も母も兄も春を愛し、春は家族を愛して育った。しかし世間の興味本位から来る視線に、彼らも真実を知らずに成長することはできなかった。高校生の春は性的な暴力に対し、憎しみに近い嫌悪を抱いていた。そしてバットを持って「二階から落ちてきた」生意気な女子を3人がかりでレイプしようとしている同級生に殴りかかったのだ。
妻を亡くし癌で入院している父親。落書きを消すことを生業とする春。遺伝子にかかわる仕事をする泉水。連続放火事件の現場近くに残されたグラフティアートと、そこに記された謎の英単語や数字。謎を解こうと、泉水は繰り返される放火事件を追っていく。
 
「すごく仲のいい家族だよね」とわたし。
「お母さんがいいね。伊坂のかく母親っていい」と彼女。
「小学生の春が描いた絵が展覧会で入賞した時のエピソード、いいよね」
「やっぱお母さんが秀逸。審査員を絵で叩いた春に、やめなさいって言って絵を取り上げて自分で審査員叩いちゃうんだもん」
「楽しそうに生きてればな、地球の重力なんてなくなる」とはお父さん。
「そうね。あたしやあなたは、そのうち宙に浮く」とはお母さん。
サーカスを観に行って空中ブランコのピエロが落ちるんじゃないかと心配する子ども達への言葉だ。久しぶりに読む伊坂は、ページの重力でさえ無くしたように浮き浮きと読み進めることができた。
「でさ、文庫にはね、かき足した章があるんだよ」と彼女。
「うそー、文庫貸して」「貸し出し中です」
わたしは重力に従い肩を落とした。凡人には重力は無くならないのだ。

重力と言えば林檎 町内にある蜜がたっぷり入った林檎の畑
「兄貴も気をつけた方がいいよ。まっすぐに行こうと思えば思うほど、道を逸れるものだからね。生きていくのと一緒だよ。まっすぐに生きていこうと思えばどこかで折れてしまう。かといって曲がれ曲がれと思っていると、本当に曲がる」(春のセリフより)

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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