はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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天国は近くない

稲刈りの季節が来た。早いところは町内でもきのう稲を刈っていた。もうすぐ新米が来る。新米で思い出す小説は、瀬尾まいこの『天国はまだ遠く』(新潮社)だ。
 
主人公の千鶴は人間関係に疲れて会社を辞め、死のうと日本海を北へ向かう。辿り着いた田舎町。男がひとりで農業のかたわら経営するさびれた民宿で、予定通り睡眠薬を大量に飲んだ。しかし32時間の眠りから目覚めると気分は爽快だった。
千鶴は「民宿たむら」で何もせずのんびりと過ごす。食事は美味しく、田舎の風景は美しく、散歩して食べて夜はよく眠った。
ある日のこと。酢の物と味噌汁とご飯だけの質素な夕食を出し、男が言った。
「どうしてやと思う?」「給料日前ですか?」と天然の千鶴。
「俺が給料制に見える? まあええわ。とにかく食ったらわかるで」
取れたての新米だったのだ。
「お米、甘いですね。すごい味が濃い」
千鶴はその夜、ご飯を山盛り4膳もおかわりした。
「水がええし気候もさっぱりしとるで、丹後米って味が濃厚なんやで。この辺の人らは新米おかずにして、古い米食うぐらいや」
わたしは、読みながらうんうんとうなずいた。
もちろんこの辺は丹後米ではないが、とれたての新米をその日に食べるとまったく味が違う。美味しいなんてもんじゃない。新米を味わうその時が田舎に来て本当によかったと思う瞬間だと言ってもいいくらいだ。
 
誰だって死にたくなることの1回や2回や30回くらいはあるだろう。でも今年も新米を食べるまではとか、寒ブリで日本酒を飲むまではとか、ふきのとうの天麩羅を味わうまではとか、ふきのとうの後はタラの芽だよなとか、そこまできたら真夏のビアガーデンで生ビールを飲むまではなんて感じで生きているんじゃないかな。
21日間の滞在の後、千鶴はもう少し留まりたい気持ちを振り切り「民宿たむら」をあとにした。天国は近くない。

稲刈りは来週かな 再来週かな 
毎年1年分のお米を買わせてもらっている田んぼ

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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