はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『花桃実桃』

直木賞受賞作『小さいおうち』(文藝春秋)を、手にとったことはない。
どうしても同タイトルのロングセラー絵本を、思い出してしまい、何故だか気がそがれたのだ。だから、同じく中島京子がかいた『花桃実桃(はなももみもも)』(中公文庫)を開いたのは、本屋で偶然見かけたからに過ぎない。
― 43歳シングル女子、茜が、昭和の香り漂うアパート「花桃館」で、へんてこな住人に面食らう日々が始まる ―
との、本の後ろにある紹介文に、強く魅かれたのだ。この本には、お宝が眠っていると予感させるキーワードだらけだった。
「43歳シングル女子」「昭和の香り漂う」「アパート」「へんてこな住人」「面食らう」そして最後には「ユーモアに包んで描く」ときた。
ここまで心魅かれるキーワードが揃うと、もう、出会うべくして出会ったとしか思えない。そしてこれがまた、読み終えてニヤニヤ笑いがとまらないほど、面白かったのだ。つい笑っちゃう。くすくす笑っちゃう。そんなユーモアの応酬に、本を読む幸せを感じ得ずにはいられなかった。

都心から郊外へ走る私鉄沿線、築20年の木造アパートは、全9戸のうち4戸が空き室。茜は大家としてその一室に住み始める。住人は、死んだ父親の愛人だった老婦人。20代のウクレレ弾きの青年。詩人のように上品な雰囲気を漂わせた老夫婦。ダメダメな父親と、しっかりし過ぎている中学生男子に、その弟が二人。整形マニアの女性。ハンチング帽をかぶる探偵。新しい住人も、越してくる。みな、一筋縄ではいかない人々である。

登場人物は誰もが個性的だが、一番好きだったのは、茜の高校の同級生、諺マニアの尾木くんだ。予備校講師を辞めてバーを始めたばかりの彼は、会社を辞め大家となった茜と、たがいに心許せる相談相手となっていく。
茜は諺や古文を独特に解釈する癖があり、尾木くんから聞いた諺「淵に臨みて魚をうらやむは退いて網を結ぶにしかず」=「他人の幸福をうらやむよりも、自ら幸せになるための方途をさぐるほうがいい」なのだが、考えているうちにあさっての方向へ向かってしまう。以下、本文から。

「退いて網を結ぶ」
出勤途中の満員電車でも、ぽつりとそう口に出してみたりした。
退いて。網を。結ぶ。
この「網」が、いつのまにか頭のなかで「網焼きの店」と変化してしまい「退職して、海の近くで網焼きハマグリの店を出すことによって、幸せになる」といったイメージが、茜のなかで膨らみだした。

そんな茜でさえが面食らう「花桃館」での出来事を楽しみつつ、思った。
自分も含め、人が生きていくって、なんて滑稽なんだろうかと。滑稽で、いいじゃないかと。いや、むしろ滑稽であれと。

「花桃はきれいだけど実がつかないのね。つかないわけじゃないけど、小さくて美味しくないの。美味しい桃がなるのはべつの花なの。人間もおんなじで、いろいろな人がいて、実が小さい人もいるじゃない? でもねえ。どっちがどうって話じゃないと思うのよ。花や実だけじゃなくてね、ジャガイモみたいに、重要なのは地下茎って人も、きっと人間の中にもいるわよ」

庭のワイルドマジョラムが、咲き始めました。目立たないけど可愛い。
「花桃館」では、今何が咲いているかな?

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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