はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『ホテルローヤル』

桜木紫乃の直木賞受賞作『ホテルローヤル』(集英社文庫)を、読んだ。
時間が逆に流れていくという風変わりな構成に挑戦した、7つの連作短編集だ。舞台は北海道釧路。湿原を背にするラブホテル『ホテルローヤル』。

1話目は、廃墟と化した現在。恋人にせがまれ埃だらけのホテルのベッドでヌード写真のモデルをする女は、自分の中の空洞を見つめる。
2話目は『ホテルローヤル』の社長の遺骨を預かった住職の妻。彼女は、お布施をもらうためにすべての檀家とベッドを共にする。
3話目は、ホテル廃業を決めた一人娘。アダルトグッズを扱うえっち屋の生真面目な男を、最後にホテルへの復讐の意味を込め部屋を使おうと誘う。
4話目。狭いアパートで暮らす主婦は、夫に言う。
「いっぺん、思いっきり声を出せるところでやりたいの」
5話目。心中し、ホテルが傾く原因となった高校教師と女子高生。彼らが『ホテルローヤル』へ向かうまで。
6話目。ホテルで働く女は、仕事を持たない夫に夜ごと抱かれる。
7話目。ホテル創業までの社長と妻と、愛人。愛人のお腹には子どもがいる。

これから心中するふたりを描いた5話目『せんせぇ』には驚いた。そこまでの話で噂されていたふたりとは全く違ったのだ。恋人同士でもなんでもない、それぞれ絶望の淵に立った、たまたま居合わせた男女だった。以下本文から。

数えきれないくらいの人間が、改札に吸い込まれては吐き出されている。野島にはそれが、連休が終われば何ごともなかった顔で日常に戻って行ける資格を持った人々に見えた。自分はその流れに足を踏み出すことができない。次第に日常がどこにあったのかもわからなくなってきた。
「せんせぇに見えちゃってる将来と、あたしが昨日今日で見ちゃった将来って、絶対的に違うものだと思う」
昨夜のまりあの言葉が胸奥の深い場所から一気に喉元までせりあがってきた。
「佐倉、それはもしかしたら同じものかもしれない」
言葉にしたら、そのまま彼女の持つ暗がりに引きずり込まれそうだ。野島は首を横に振った。自分はもう既に、この女に右手を取られている。昨夜見た校長のように。日常から引きずり下されている。ひどく喉が渇いていた。
掲示板の行く先がおおかた変わったころ、まりあが口を開いた。
「せんせぇ、どうしたの。具合でも悪い?」「いや、大丈夫」
「三連休初日だね」「うん」「どっか行こうよ」
「どこ行くんだよ、お前とふたりで」「あたしたち、行くとこないのかぁ」

夜逃げした親に捨てられた佐倉まりあと、妻が仲人である校長と結婚前から浮気していたことを知った野島。ふたりの道は交わることなく、しかしまっすぐに『ホテルローヤル』へと続いていた。
人の噂の無責任さと安直さを、思う。噂とは、想像しやすい方へ納得しやすい方へと作り上げられていくものなのだ。高校教師と女子高生は、禁断の恋とやらに囚われたのだと言えば誰もが納得する話で終わる。だが、桜木は判りやすい噂で終わらせなかった。シチュエーションが同じでも、ケースバイケース。だからなのかも知れない。小説のなかの人々は、生きているかのようだった。

読み終えて、秀逸な表紙だと思いました。1話目の『シャッターチャンス』
の主人公を描いたものだとばかり思っていましたが、小説に登場した
どの女性だと言われても納得してしまうような雰囲気を持っています。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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