はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『いつか陽のあたる場所で』

乃南アサは、すれ違ってきた作家だ。
背表紙を見て、ふと立ち止まったまま手にとらなかったり、平積みになった文庫を手にとってパラパラめくり、戻したり。だが、いつか読むのだろうとの予感はあった。その予感は的中し、ようやく会えたねと読み始めたのが『いつか陽のあたる場所で』(新潮文庫)だ。読み始めたらノンストップ。展開の面白さというよりは、人物描写に魅かれるタイプの小説だ。

芭子(はこ)は29歳。下町は、亡き祖母の古い家に越して来て1年ほど。それまでは、刑務所にいた。ホストに入れあげ、貢ぐ金欲しさに男達を騙しては薬を飲ませ眠らせて金を盗む常習犯だった。友人は一人だけ。ムショ仲間だった綾香、41歳だ。彼女はDVを受け続けた末、子どもを助けるために夫を殺した殺人犯。ふたりとも、周囲には前科持ちだということを隠して暮らしている。無論、繰り返し犯罪を犯そうなどというつもりはない。逆に真面目に必死に生きようとしているからこそ、人の目が恐いのである。以下、本文から。

私のこれから。これからの、私。来年の私。再来年の私。十年後の私 ― 。
しばらくの間ぼんやりと考えていたが、それから大した時間もたたない間に、芭子は、頭を殴られたような衝撃を感じた。まるで、分からないのだ。先の自分が見えてこないというだけでなく、自分の未来に思いを馳せる、その方法そのものが、まったく分からない。夢を思い描く方法を忘れてしまった。たとえば誰かと笑っている自分、幸福に包まれている、または華やかさをまとう自分 ― 、そういった情景が、まるで浮かんでこない。ただ虚ろな、白々とした空間ばかりが広がっている様子しか思い描くことができない。

芭子の視点で、語られていくのは、未来が見えないなかで過ごす「今」である。「今」をひとつ「今」をふたつと、人は、積み木のように「今」を積み重ねて生きていくのかも知れない。過去も、環境も、心持ちも違う芭子と綾香に心を重ねる時、ふと、そう思った。

シリーズは全3冊。『すれ違う背中を』『いちばん長い夜に』と続きます。
NHKでドラマ化されました。芭子は上戸彩、綾香は飯島直子です。
2冊目の解説の堀井憲一郎は、かいています。「乃南アサが描いているのは、前科者という表面的な部分を超え『人として生きている姿』を見せてくれるばかりだ。静かに暮らす日常が描かれているだけである」

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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