はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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失くした文殻

便箋に手紙を綴ることは、今はもうほとんどない。
あるとすれば、子ども達に送る宅配便に一筆箋を添える程度だ。それさえも書き損じ、お気に入りの一筆箋をムダにしてしまうことも多い。メールに慣れ、字をかくことすら少なくなっているのだ。

何もかいていない一筆箋や便箋は、風ひとつ吹かない陽だまりで眠る水たまりのように穏やかだ。だがいったん一文字でも文字をかき込むと、その穏やかさは一瞬で消え、心のしずくを落としていくかのように、一筆一筆水たまりに波紋が広がる。まだ意味をなさない文字の羅列であっても、そこには心のしずくの跡がついていて、書き損じたものを丸めるときにさえ消えない。そんなことを考えていたからか、心のしずくの跡がついた書き損じ、それを「文殻」というのだと、ずっと思っていた。伝えたいことが伝えたいように表現できず、書き損じを重ねた文の残骸のイメージだ。

しかし「文殻」の本来の意味を、つい最近知った。デジタル大辞林によると
「読み終わって不要になった手紙。文反故(ふみほご)」
書き損じではなく、ちゃんと相手に渡り、読まれた後の手紙のことだった。貝殻の殻の字が使われていたことで不要な物だと思い込んでしまったのだろう。

先月、パソコントラブルでこれまでのメールがすべて失くなった。「文殻」だったので問題はないのだが、少し淋しい気がした。メールをかくときにだって、心のしずくは落としているし、誰かの心のしずくを拾ったりもしているのだ。だが、断捨離をしたようなすっきり感もあった。過去をすべて忘れるのがいいとは思わない。だけど失くした分だけ軽くなったからか、不思議と力が湧いてきて、今とこれからを生きていこうっていう気持ちになったのだ。

一筆箋達です。いちばん左が市内にある『平山郁夫美術館』のもの。
右側のツツジは、信州ビーナスラインのお土産です。
ツバメ達はいちばん右の封筒についていたメッセージカードです。

『平山郁夫美術館』は、カレンダーも素敵なんです。
7月は、ベネツィア。水路のある風景。

8月は『ロミオとジュリエット』の舞台となった街、ベローナ。

9月は、フィレンツェの街並みです。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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