はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 17. 午前11時のカールスバーグ

ムッシュとマダムのように常連さん同士がカップルになることは、これまでにも何度かあった。それはうれしいことなのだが、そのふたりに別れが訪れた時、カフェ・ド・Cは大切なお客様をふたり一時になくすことになる。別れた相手に会わないようにするために、または苦い思い出を振り返りたくなくて、自然と足が遠のいていくようだ。
しかし、人間いろいろだ。一年付き合ってひと月前に別れたという学生のふたり、オダくんとミユキちゃんは平気でカフェ・ド・Cのドアを開ける。もともと来店する曜日や時間が合っていて知り合ったのだから、バッティングする命中率も高い。ふたりはおたがい知らない者同士のように振る舞い、時にはカウンターに席ひとつ開けて座ったりもする。そんな午前11時。
「シュウちゃん、そろそろ首が座った頃かな。かわいいでしょう」
ミユキちゃんが言えば、
「お母さんの所に子猫が5匹生まれたんですってね」
オダくんが話しかけてくる。どちらにもきちんと返事を返し、珈琲を淹れることに集中する。集中しつつも緊張の糸が張り詰め、音を立ててきしんでいるのがわかる。こういうのは苦手分野だ。
その時ドアが開き、タエが入ってきた。僕の中学の同級生で常連でもある彼女は、迷わずカウンターの端に座り「ビール」と注文した。そのとたん、僕の緊張の糸はプツリと切れた。
「まだ昼前だよ。また、フラれたの?」
決してこの3人に言ってはならない言葉を投げかけてしまった。時に人は触れてはいけないと思う方向に自ら傾いてしまう。自分の意志とは別の重力がかかるかのように。この時の僕がそうだった。
「へーちゃん、ひどい。またフラれて悪かったね」
タエはいつもの通りふてくされ、肩をすくめる。
その時、オダくんとミユキちゃんは、憤慨したような顔で同時に言った。
「そうだよ。マスターひどい!」
僕は凍らせたチタンのビアカップに冷えたカールスバーグを注ぎ、タエに出して謝った。「失言でした。ごめん」
それを見て、ふたりはふたたび声を重ねた。
「マスター、同じのください」
「えっ? ふたりともこれから授業があるんじゃないの?」
「休みます」三度声を重ね、ふたりはようやく顔を見合わせた。
「なんかやけに気が合うふたりだね。これを機会に付き合っちゃえば? あ、わたしもう一杯」3人はカールスバーグで乾杯した。
「あのさ。ほんとに、そうしようか」
オダくんがミユキちゃんに気まずそうに笑いかけた。
「うん。これを機会に? 付き合っちゃおうか」
ミユキちゃんもやっぱり気まずそうに笑った。
何のことはない。ふたりは別れてからも会いたくてここに来ていたのだ。
「おーっ、カップル誕生! もう一回乾杯しなくっちゃ」
何も知らないキューピッドは、3杯目のおかわりをした。

カフェ・ド・Cには生ビールはありませんが 
いつもカールスバーグが冷えています
キンキンに冷やしたライトなこのビールはタエのお気に入りです

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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