はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 15. ヒポエステスの小さな花

「ヒポエステス、咲きましたね」
常連のキジマさんが目を細めた。彼女はノンフィクションライターで取材が落ち着いた午前中に資料を抱えて珈琲を飲みに来る。
「ヒポエステス、って言うんですか? それ。観葉植物だし鉢も小さいし、正直花が咲くとは思ってなかったんですよ」
窓際に置いていある観葉植物が花をつけたのだ。
「そうね。この直径5センチの鉢で花が咲くとは、わたしも思ってなかった」
キジマさんは中煎りのドミニカをゆっくり味わいながら、花を見つめた。
「あの子のおかげかな。ほら、土日のバイト君」ジュンのことだろうか。
「わたし曜日関係なく来るでしょう? 彼がいる日はヒポエステスが入口の陽が当たるところで水をいっぱいもらっていたの、知ってるのよ」
花は小さくピンク色だ。
「連絡してあげたら?」「ジュンに、ですか?」
週末にはまたジュンはバイトに来る。それからでも遅くはないんじゃないかと思った。
「午後には、しおれると思う」「そうなんですか?」「たぶん」
メールすると、15分後、ジュンは息を切らして店に入ってきた。
「ほんとだ! 咲いてる」「かわいいよね」キジマさんもうれしそうだ。
「ここで描いてもいいですか?」ジュンはスケッチブックを出した。
「もちろん!」
キジマさんは、広げた資料をテーブルの半分までかき寄せ、ジュンはすぐに鉛筆でスケッチを始めた。ジュンは近くの美大に通う学生で店のメニューもかいてもらっている。絵は見たことはないが字に味があるのだ。
「マスター、おかわりください」
ドミニカを飲みつつ、資料ではなくジュンを見つめるキジマさんがつぶやく。
「いつかさ、君をかきたいな」ジュンには聞こえていないようだ。
キジマさんが、何年後かにジュンを取材した一冊の本を作るようになるとは、ぼくにだって誰にだってわからなかった。
ヒポエステスは、キジマさんの言う通り午後には花の命を終わらせた。変化のない毎日のようでいて小さな驚きはそこここに落ちている。キジマさんとジュンを見ていて教わった。その驚きは見ようとしている者にだけ見えるのだと。

見逃していることの多さに気づかされます ふたつ花をつけたヒポエステス

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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