はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『太陽のシール』(『週末のフール』より)

伊坂幸太郎の短編『太陽のシール』を、再読した。
『短編工場』(集英社文庫)という12人の作家から成るアンソロジーに収められていたのだ。その文庫紹介文は「読んだその日から、ずっと忘れられないあの一編」から始まる。それなのに、わたしは、すっかり忘れていたのだが。
「あ、読んだことない伊坂の短編! 嬉しい」と購入。
「『終末のフール』(集英社)の番外編なんだー」と、読み進めた。
途中、伊坂幸太郎ファンクラブ(在籍2名)の仲間に、自慢した。
「買っちゃったー!」すると彼女は「覚えてないの?」と冷たく言う。「えっ? これ、番外じゃないの? もしかして」「もしかしなくても、番外じゃなく『終末のフール』に入ってるよ」「えーっ! 半分読んだのに、全く思い出せない。1回しか読んでないからかな?」彼女は呆れつつも「わたしも5回は読んでないよ。いい話だから、最後まで読みなさい」とたしなめた。

『終末のフール』は、8年後に小惑星が地球にぶつかり崩壊することが判った人々の5年後の姿を描いた連作短編集だ。つまり、あと3年で何もかも終わり。尽くす手もないと思われる終末の世で、生きるということを描いている。
多くの人が働くことを辞め、強盗、殺人などの犯罪が横行し、取り締まるべき側の覇気もなく、街は荒れ、心を病み自殺する人が増えていく。
『太陽のシール』では、そんななか、不妊治療をやめた夫婦に子どもができる。あと3年でみんな死ぬのに、子どもを産んでいいのだろうかと、ふたりは悩むのだった。以下本文から。

「僕たちがここで子供を諦めたら、それは小惑星の衝突を受け入れたことになるんじゃないかな。どこかで誰かがそれを見ていてさ、それならば、衝突させてやろうって判断するのかもしれない」「どこかの誰か、って誰?」「知らないよ。ずっと遠くで、こっちを眺めている何かだよ」「神様とか?」「三丁目の山田さん、とかそういうんじゃないのだけは確かだ。とにかく、僕はそう思うんだ。で、逆に僕たちが、出産を選択すればさ」「小惑星がぶつからない?」「例えばね」

『終末のフール』は、偶然にも8年前に出版され、すぐに読んだ本。つまりは8年前に読んだ本。8年前の記憶ということだ。
「いやー、8年後のことなんか、誰にも判らないよ。ははは」
わたしなら、地球にぶつかる小惑星も記憶という海の外へ放り出し、消し去ることが出来るかも知れない。などと考えつつ『終末のフール』を再び開いた。

伊坂幸太郎は、言葉遊び全開でタイトルをつけるのが好き。短編連作は、
『終末のフール』『太陽のシール』『籠城のビール』『冬眠のガール』
『鋼鉄のウール』『天体のヨール』『演劇のオール』『深海のポール』
そして、本の初めに掲げられていた言葉がまた、素敵なんです。
「今日という日は残された日々の最初の一日」by Charles Dederich

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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