はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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幸せのバーバー・カモカモ

朝倉かすみ『とうへんぼくで、ばかったれ』(新潮社)を読んでいる。
23歳女子、吉田は、好きな男を追いかけて、札幌から東京に出た。問題は、男が吉田の存在すら知らないってこと。帯には大きく「恋はそもそも、ひとりずもう」とかかれている。ユーモラスな恋愛小説だ。
家を出るまでには吉田にも葛藤がある訳だが、その過程での彼女がもんもんと考えた言葉に共感した。
「もとより『ささやかなしあわせ』という言い回しがどうにも気に入らない質である。しあわせは大きいものだ。ささやかなものでは決してない。たとえ、はたのひとたちから見ればちっぽけでつまらぬものでも、当人にとっては巨大であるはずだ」だから、東京に行くのだ。行くべきだと。

ちっぽけでつまらなく、ささやかであり、また巨大でもある幸せ。
それを読み、連想したのは床屋の鴨だった。
肉じゃがや焼き魚で食卓を囲む家族団らんのひとときでもなければ、風呂上りに喉を潤すよく冷えた1杯のビールでもなく、鴨だ。

たまに買い物に行く道沿いの床屋に鴨がいる。庭で鴨4羽を飼っているのだ。夫とそこを通る度、鴨の話題になる。
「鴨、いるかな?」と、夫。「この暑さは、鴨にも応えるかも」と、わたし。
車で通るだけなので、見えるのは一瞬のこと。
「鴨、いたかも!」騒ぐのは、いつもわたしだ。
「水浴びしてたかも。涼しいかも。よかったかも」と、わたし。
「かもね」夫は、呆れモードの姿勢だが、しっかり鴨を見ている。
特別にわざわざその道を通ることはないが、通った時には、ふたりで鴨を見て鴨の話をする。車のなかでのそんな瞬間を、わたしは連想したのだ。
巨大な幸せとは、そんなちっぽけでつまらない瞬間にあるものかも、と。

床屋さんの鴨は勝手に撮影できないかも。池の鴨かも。

子鴨も、いるかも。可愛いかも。

種類もいろいろかも。
「他の夫婦もこんな風にしゃべってるかも」「ありえないかも」

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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