はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『噂の女』

奥田英朗の連作短編集『噂の女』(新潮文庫)を、読んだ。
糸井美幸というひとりの女を軸に、様々な場所でのドラマが時系列に沿って展開していく。25歳で高級クラブのママになるまでに、彼女に何があったのか。田舎の町を舞台に、一つ一つの短編で繰り広げられるのは、何処にでもあるような人間模様。そこには、常に糸井美幸の影が見える。男達は、彼女の魅力に翻弄され、女達は、彼女に羨望の眼差しを向ける。女の魅力、そして人としての魅力を武器にしているのだ。以下本文から。

「こんなときになんやけど、わたし、糸井さんを尊敬するわ」
佳代子が妙なことを言った。
「なんで」
「だって、田舎の普通の女がやれることで一番どデカイことって保険金殺人やろ。それを糸井さんがやったんだもん。まだ仮定の話やけど」
「ああ、そうかもしれんね」
美里が感心する。なにやら妙な説得力があった。
「平凡な結婚をして、子供を二人産んで、小さな建売住宅を買って、家事と育児とローンに追われて、田舎の女はそういう人生の船にしか乗れんやん。でも、糸井さんは、女の細腕で自分の船を漕ぎ出し、大海原を航行しとるんやもん。金持ちの愛人を一人殺すぐらい、女には正当防衛やと思う」
「うん、そうやね」
美里も同意した。あの夜、柳ヶ瀬のクラブで見かけた糸井美幸は、妖艶なカマキリに見えた。ならば安易に近寄って殺されるオスが悪い。

この小説の魅力は、糸井美幸の周りで普通に生きる人達の、微妙な力関係を描いたところにある。気の弱い人間は、可笑しいと思いながらも強く言う人間に説き伏せられてしまう。強い方は、つけ入る隙あらば限りなくつけ入り、弱い方は、嫌なことを押しつけられたり、頼まれてやっていることに文句を言われたりしながらも我慢をする。糸井美幸は、そんな力関係のいちばん上にいて普通に生きる人達を微笑みを浮かべながら空から眺めているようなイメージだ。

わたしは、いや、すべての女達は、良くも悪くも糸井美幸にはなれないだろう。普通に生きていくだけだって、背負った荷物もしんどいことも、けっこう多いのだ。

新潮文庫の栞、最近黄色になりましたね。文庫に栞、うれしいです。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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