はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『七緒のために』

島本理生の小説『七緒のために』(講談社文庫)を、読んだ。
読み始めて、その描写の美しさにハッとした。以下本文から。

転校前の女子校では、毎朝、光溢れる下駄箱で女子たちと擦れ違った。彼女たちはいつも手を繋いで、髪の先までよい香りをさせ、色づいた唇を開いて笑いながら、転がるように廊下を歩いていく。
彼女たちは、扱いづらい綿菓子だった。乱暴に扱えば、あっという間に潰れてしまう。水に濡れれば溶けて消える。ひとたび受け入れれば、喉を焼くほどに甘く、中途半端に触れたなら、べたつく感触を肌に残す。それに気付いてしまった私の右手だけがいつも空いていた。

雪子は、転校してきた共学の中学で、七緒と出会う。人なつっこく雪子の似顔絵を描いてくれた彼女は、しかし、学校のなかでは孤立する存在だった。それでもあえて雪子は、七緒と行動を共にするようになる。七緒の虚言癖に気づき振り回されていく自分に苛立ちながらも、そんな七緒を救い出そうともがき苦しみ、深く深く七緒のなかへと落ちていくのだった。以下本文から。

「七緒」
彼女は大きく目をむくと、まるで私を責めるように訴えた。
「そもそも、なんで私が嬉しいとか、悲しいとか言ったら、それだけじゃダメなの? どうせみんな、分かることしか分からない。時間や人がつながるには本当とか嘘なんてない。だったら、なんの意味があるの?」
私はようやく痛み始めた腕を曲げて膝を抱え込んだ。
今にもやんでしまいそうな雪のひとひらを見ながら、いっそ吹雪いてしまえばいいのに、と思った。七緒の言葉も、どこへも行けない私の気持ちもすべて白い雪の中に閉じ込められてしまえばいいのに。

言葉では、伝えられないことがある。そういう気持ちは、確かにある。だいたい、気持ちを正確な形に置き換えることなんてできるはずがない。なのにむりやり言葉にしようとすると、傷つけてしまったり、傷ついたり。
雪子と七緒のあいだには、常にそんな言い表せない気持ちが漂っていて、胸痛く子どもの頃を思い出させられた。
本当は大人になったって、言い表せない気持ちはいつも胸の奥でざわついていて、大人になるとただ、それを掘り起こしてまでムリに言葉にしようとはしなくなるだけ、なのかも知れない。

白地に黒、臙脂が効いたデザインの、シックな文庫本です。
島本理生が高校時代にかいた『水の花火』も収録されています。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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