はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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飛べるとこまで

同じ明野町内にある『草至庵』に、初めて蕎麦を食べに行った。
同じ町にあるにもかかわらず、テレビを観ていて偶然知った。夫は前から耳にはしていたようで、一度行ってみたいねという話になったが、すぐに行けると思うからか足を運ぶことなく1年程が過ぎ、ようやく実現する運びとなった。

庭には、山羊が6頭ほどいて、鳥小屋では、烏骨鶏が20羽ほど「コッココココォ」と鳴いている。その烏骨鶏の卵の出汁巻きが、看板料理なのだそうだ。
店は、200年前の古民家を再生したという建物。その広さと梁の黒に、思わず天井を見上げる。
蕎麦は、美味かった。しっかりと、こしがあるのに硬くない。蕎麦と、畑で作ったという野菜のかき揚げ、出汁巻き卵を食べ、異世界の雰囲気に、夫とふたりしゃべることもせず、日常から解き放たれたかのようにぼんやりした。

遠い昔を思い出した。小学生の頃、縁日で何も考えずに買ったヒヨコが育ち、赤いトサカが綺麗な、大きなオスのニワトリになった。借家だったが一軒家で、家の前の広場を庭のように使っていて、父がそこにニワトリ小屋を作った。わたしは『トット』というベタな名前をつけ、可愛がっていた。
鳴き声がうるさいと時々大家のおばさんに言われたが、トットは気にせず、毎朝元気いっぱい「コケコッコー!」と鳴くのだった。
ある日、そのトットがいなくなった。日曜、家族で買い物に出かけ、夕方帰ってくると小屋のなかは空っぽ。網をクチバシで突き、鍵を開けて脱走したらしい。両親と弟と妹とみんなして探した。
「トット―!」と名を呼びつつ、薄暗い夕闇のなかを探し回った記憶は古い映画のワンシーンのように、わたしのなかに残っている。そして。
「あ、トットがいた!」見つけたのは、弟だっただろうか。
上を見ると、トットがいた。家族みんなで、トットを見上げた。トットは鳴きもせず、得意そうにすまし、物干し竿にとまっていた。
「トット、飛べるんだ!?」「鳥なんだもんね」「すごい!」
口々にトットを褒め、笑った。ニワトリは、空を羽ばたくことはできずとも、人間の頭よりも高いところまで飛ぶことはできるのだ。
「トット。飛べるとこまで、飛んでみたかったのかな?」
わたしは、忍者のように屋根から屋根へと飛び移るトットの姿を思い浮かべた。もしかしたら、そんな風に散歩して、帰ってきたのかも知れないと。

「コココォ」と鳴く烏骨鶏の出汁巻き卵を味わいつつ、得意そうに物干し竿にとまっていたトットを思い出した。思い出し、ひとりこっそりと笑った。

子山羊2頭は、大雪だったバレンタインの夜に生まれたそうです。

黒く高い梁に圧倒されます。吾亦紅のドライフラワーが飾ってありました。

立派な囲炉裏も、ありました。昔話に出てきそう。

烏骨鶏の出汁巻き卵は、薄味で熱々。美味でした。

かき揚げは、春菊のほか、じゃが芋とムカゴ入り。

器は、古いものが好きで、昔から集めていたものを使っているそうです。



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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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