はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『ふくわらい』

西加奈子の小説『ふくわらい』(朝日文庫)を、読んだ。
主人公、鳴木戸定(なるきどさだ)25歳は、編集者。4歳のとき、ふくわらいに心を奪われて以来、目にする人の顔のパーツを自在に動かし、様々な顔につくり変えることができる。もちろん、想像の上でだが。以下本文から。

店員の胸には『店長・外山』という名札がついている。
頭がはげあがり、その輪郭が広い。ああいう形をしていると、眉毛や目を、際限なく上に置くことが出来るから、面白いのだ。定は早速『外山』の眉毛を、頭頂部ぎりぎりに置いてみた。亀の裏側のようで、やはり面白かった。

ユーモアのセンスに満ちたこの小説は、しかし、人の生きる様の根となる部分を深く見つめた物語でもある。
定は、人の感情というものが理解できず、友達も恋人もいないままに25年を過ごして来た。たとえば「顔」というものを捉えるときに、目、鼻、口、耳などのパーツ一つ一つを理解して吟味せずにはいられないのと同じく、人を人として捉えることも、自分を捉えることでさえ、難しかったのだ。
だが定は、人に触れ、少しずつ変わっていく。
破天荒なプロレスラー、守口廃尊。定に恋する目が不自由なイタリア男、武智次郎。1年後輩で社内一の美人編集者、小暮しずく。こと、小暮しずくと心が通い合っていく様は、読んでいてわくわくした。以下本文、ふたりで16本のビール、バーバーバーを空けながら、あふれでたしずくの台詞。

「私も定ちゃんも、今、先っちょですべてじゃない? 分かる? 分かるでしょぉ? 今までの歴史みたいなもんあるじゃん、お互い。今日、定ちゃんが話してくれた、定ちゃんの過去、お父さんの肉を食べたこととか、悦子さんに雨乞いを手伝ってもらったとか、お母さんのおっぱいを、ずっと吸ってたこととか、あれ、なんか泣けてきた。泣けてきたよ、はは、それ、そういうのがすべて積み重なって、その先端に、今の定ちゃんがいるわけじゃない? 私にとって、今の定ちゃんはすべてだよ、そんで、それは先っちょだよ!」

かかわっている目の前の人みんなに過去があり、その過去をその人のすべてと呼ぶなら、今は先っちょだと、これからもその先っちょの後ろに、どんどんすべてが大きくなっていくのだと、だから長生きしてたがいのすべてと先っちょをこれからも見ていこうと、しずくは定に語るのだった。

自分の皮膚と折り合いをつけるために、定が様々な国で身体じゅうに彫った
タトゥーが(カバ以外)表紙の絵になっています。装画も西加奈子のもの。
「腹には大きな白鯨を、胸と胸の間には羽を広げたオニヤンマを。
 左太ももには跳ねあがるアフリカツメガエルを」
タトゥーは墨で彫られたものでしたが、カラフルに描かれています。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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