はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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ぴーすけの受難

ぴーすけは、調子が悪いんだと思い込んでいた。これまでクリアな高音を発していたのに、か細い声でまるで助けを求めているかのように鳴く。ぴーすけとは、沸騰すると音を鳴らすぴーぴーヤカンのことだ。
前任者が水漏れを起こし、買い換えたのは去年の春。壊れるには早いんじゃないかとは思ったが、何か詰まっているのか思いつつも、そのまま使っていた。形あるものは壊れる。頭にはその言葉が浮かび、早かれ遅かれ壊れるものを使っているんだなぁと儚い思いに浸っていたのだ。しかし何のことはない。蓋がきちんと閉まっていなかっただけだった。
「ぴーすけ、ごめん」
彼は出ない音を鳴らし、必死に訴えていたのだ。
「蓋を閉めてよー。もう沸騰してるったら!」と。
横着なわたしは、毎日洗うこともせず、更には蓋を開ける手間を惜しみ、注ぎ口から水を入れている。その上ぴーすけの悲痛な訴えにも耳を貸さず、形あるものは壊れるものよと感傷に浸っていた。ぴーすけ受難の1週間だった。
「あるがまま」を受け入れるこの性格は、いい時もあるが悪い時もある。こういったことも何度も経験済み。自分のことながら呆れ、呆れつつもまた忘れる。困ったものだ。

ヤカンにまつわる思い出に、ひとり暮らしを始めた時のことがある。友人が引っ越しの手伝いに花束持参で駆けつけてくれた。
「ありがとう」と、わたし。「花瓶ある?」と、彼女。
「残念ながらないけど、これでいいや」わたしはヤカンに花を活けた。
4つ年下の女の子だったが(その頃は。いや、今でも4つ年下なのは変わらないのだが……)その頃とても親しくしていて、ふたり無言で六畳一間のアパートを掃除していても息も詰まらず、小さな荷物はすぐに部屋に収まった。
「ありがとう。お茶でも飲もうか」
しかし、わたしの言葉に無言で答えたのは、テーブルの上の花を活けたヤカンだった。堂々としていて、いかにも花瓶らしく振舞っている。
「お湯は鍋で沸かすか」と、わたし。「そうだね」と、彼女。
わたし達は、掃除したばかりの新しい部屋で笑い、初めてのお茶を鍋で沸かし、ゆっくりと飲んだのだった。「あるがまま」を受け入れるわたしの性格は、若い頃とさして変わってはいないようだ。

22歳のわたしが使っていたヤカンも、白いヤカンでした。
でもあの頃は、ぴーぴーヤカンに何故か嫌悪感を持っていました。
家庭的過ぎる物に対する嫌悪だったのかも。
若さとは、いろいろな物を嫌悪することなのかもしれません。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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