はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『羊と鋼の森』

宮下奈都の小説『羊と鋼の森』(文芸春秋)を、読んだ。
ピアノの調律師を目指す、青年の物語だ。タイトルの羊は、ピアノのなかの部品であるハンマーが、羊毛から作られているところから来ている。ピアノは、木や羊、そして鋼を使って作られた楽器なのだ。
主人公、外村(とむら)は、高校の体育館で、ピアノを調律する板鳥(いたどり)と出会う。ピアノを弾いたこともない彼だったが、そのたった一度の出会いに、迷うことなく調律師を目指そうと決意した。板鳥を始めとする3人の先輩や、調律する先で待っている様々なお客さんとピアノ達に触れ、外村は、かみしめるように一つずつ調律というものを理解していくのだった。
魅力の一つは「森の匂いがした」から始まる冒頭もそうだが、外村の内にある森や山々の風景とピアノを結んでいく描写だ。そしてもう一つは、北海道の山で育った外村の天然とも純粋とも言える、しかしそれともちょっとずれているようなキャラクターにある。以下本文から。

「外村ががんばってるのは無駄じゃない」
「えっ・・・?」
思わず聞き返すと、柳さんも驚いたように、えっ、と小さく声を上げた。僕たちは立ち止まって顔を見合わせた。
「無駄かどうかは、考えたことがありませんでした」
正直に言うと、柳さんは、ふふふと笑って、
「いいよなあ、外村は。そうか、無駄だと思ってないか」
ふふふがそのうちはははになり、柳さんは車のドアに手をかけたまま、あははははと笑った。それから不思議そうに聞いた。
「無駄だったんじゃないかと後悔したり反省したりすることもないの? つまりさ、無駄っていう概念がないの?」
「いえ、言葉は知っています」慌てて答える。
「そりゃそうだろうけど」
「よくわかりません。無駄ってどういうことを言うのか」
何ひとつ無駄なことなどないような気がすることもあれば何もかもが壮大な無駄のような気もするのだ。ピアノに向かうことも。今僕がここにいることも。

聴いているようで、聴いていない。見つめているようで、じつは見ていない。雑多な日々のなかでは、そういうことの方が多いのではないだろうか。
心の扉を開けて、耳を澄ませてみよう。今目の前にあるものを、じっと見つめてみよう。きっと違う音が聴こえ、違うものが見えてくるはずだ。読み終えて、そんなことを考えた。

楽譜の上で草を食んでいるかのようにのんびりたたずむ羊達の表紙。

カバーを外すと、栞と同じ色合いの深い緑色の本でした。

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水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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