はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『窓の魚』

衝撃が走った。西加奈子の小説『窓の魚』(新潮社文庫)。
その衝撃は、冒頭から始まる。以下本文から。

バスを降りた途端、細い風が、耳の付け根を怖がるように撫でていった。あまりにもささやかで、頼りない。始まったばかりの小さな川から吹いてくるからだろうか。川は山の緑を映してゆらゆらと細く、若い女の静脈のように見える。紅葉にはまだ早かったが、この褪せた緑の方が、私は絢爛な紅葉よりも、きっと好きだ。目に乱暴に飛び込んでくるのではなく、目をつむった後にじわりと思い出すような、深い緑である。

描写だとか比喩だとかそういうこと以前に、何だこの文章は、と唖然とした。
かっこよすぎる! としか表現できないことが嫌になる。
2組の恋人達、ナツとアキオ、ハルナとトウヤマが、山深い温泉宿で一夜を過ごし、翌朝、一体の死体が発見される。小説は、その一夜を、四人それぞれの視点から描いている。

冒頭は、ナツ。次は、トウヤマの章。

空は、油断していると、すぐに色を変える。ついさっきまで見えていた木の幹や、足元に落ちた何かの葉や、煙草の吸殻などが、いつの間にか目を凝らさなければ見えないようになり、ああしまった、そう思って上を向くと、もう遅い。薄墨を一滴垂らした、雫のようなそれが藍色に広がり、だらしなく、しかしすばやく、黒に変えてしまう。さっきまでの空の色を、黒になる前のそれを思い出そうとしても、駄目だ。それはもう、昨日の中にしかなく、俺は、これから始まる朝までの長い時間のことを思って、げんなりする。そしてだらしない夜の、その中から零れ落ちたようなあの女のことを考え、何度も舌打ちをするはめになる。

ハルナの章。

煙草の煙が、空気をどんどん汚してしまっていた。夜は、もうすっかりあたしたちを包んで、そこから出すまいとしていた。出るつもりなんて、あたしにはなかった。「トウヤマ君は?」そう聞くと、トウヤマ君はあたしを膝から突き飛ばした。何を気に入らないことがあったのだろうと、泣きそうになったけど、見上げたトウヤマ君の顔を見て、はっとした。何て綺麗な顔なのだろう。夜の影に半分体を取られている、煙草を吸わないと生きていけないこの男は、なんて綺麗な顔をしているのだろうと、思った。

アキオの章。

降りるバス停を告げていたので運転手が声をかけてくれた。あやうく乗り過ごすところだった。皆は相変わらず眠っていたし、僕はそのとき窓から見える昼間の白い月に、目を奪われていたのだ。手術着を思わせる清潔な水色の空に、誰かの目玉みたいな白い月が浮かんでいる。圧倒的であった木々の緑も、空までは届かないのか。そう思うと、心地よい絶望感のようなものが僕を包んだ。

そして、宿の女将の言葉。

私は、宿の窓に映っている、自分の顔を見ました。赤く引いた私の唇は、私の顔を走る傷のようにも、池で泳いでいる、鯉たちの、濡れた体のようにも見えました。ここから決して出ることもなく、何かを請うように、体を揺らす、魚たちの、哀しい体のように見えました。

四人ともが、いや。生きていれば誰でもが持つ閉塞感を、タイトル『窓の魚』はイメージしている。読み終えると、窓に映るモノだけではなく、目に見えるモノも見えないモノも、くっきりと見えてくるような小説だった。

東京からの帰り、特急かいじの車窓で。窓に魚は映りませんでした。

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水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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