はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 18. 女神への片思い

日曜日、妻が三か月になる娘を連れて店に来た。忘れてきたケータイを届けてもらったのだ。「ありがとう。珈琲淹れるよ」僕はケータイを受け取り、窓際のテーブル席に座るように勧めた。バイトのユウちゃんが娘を見て妻と話している。それを見ながらゆっくりと手挽きのミルで豆を挽いた。
「マスター、子煩悩ねぇ」
カウンターに座った常連さんが僕の視線の先を見て微笑む。
しかし違うのだ。確かに娘のシュウは可愛い。でも僕が見ていたのは妻の方だ。シュウを産んでから、妻は、なんていうかびっくりするほど綺麗になった。仕事も家事も子育ても精一杯やっているし、睡眠時間だって足りてないはずなのに、疲れた様子など見せず、以前にも増して生き生きとしている。
そんな妻の変化に、しばらく僕は戸惑っていた。そしてそのうち、家に帰ると、つい妻を目で追うようになっている自分に気づいた。気づいてドキドキした。これじゃあ恋してるみたいじゃないかって。妻のことは愛してる。でも結婚して四年もたって、こんな気持ちになるのはおかしいと考え込んでしまった。だが問題は何もない。恋する相手は自分の妻なのだから。
「お待たせしました」
僕はお客様にするように珈琲を出した。新しく入荷したブラジルの中煎り。妻が好む味だということは知っている。
「美味しい。やっぱりへーちゃんの淹れる珈琲は美味しいなぁ」
妻がホッと息をつくように言った。娘はベビーカーの中で眠っている。
「ごゆっくりどうぞ」僕はカウンターに戻った。
ブラジルをのんびりと味わい、妻はカップをカウンターに下げ、ご馳走様と微笑んだ。笑顔を返すと彼女はちょっとまじめな顔をした。
「マスター」普段呼ばない呼び方をする時は、何か言いたいことがある時だ。
「何でしょう」僕は、緊張してカップを洗う手を止めた。
「娘に会いたい気持ちはわかるけど、日曜ごとにわざとケータイ忘れるのやめてほしいの」「あ、バレてた?」「とーぜん」
「ごめん」違うんだけどなぁと思いつつ、素直に謝った。
「しょうがないパパだね」と妻は笑いながら睨む。
怒った顔がまた可愛いな。そう思ってしまう自分に呆れながらも、女神への片思いは当分続きそうだと覚悟を決めた。

妻がベビーカーを押して歩いてきた銀杏並木
ベビーカーの毛布には 黄色い銀杏の葉が一枚落ちていた

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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