はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」25. すっと馴染んだり、ようやく馴染んだり

すっと手に馴染む、ということがある。新しく仕入れたカップのことだ。しかしそれは、僕の手に馴染むだけかもしれず、万人の手に馴染むわけではないだろう。ひとりひとり違う手でカップを持ち、好みの珈琲を味わいたいと訪れてくれる。それがまだ、人間を相手にする商売の面白みでもある。常連さんの中には、そっと耳打ちするように、気に入ったカップでと注文する人もいる。今カウンターに座る常連のニシさんも、そのひとり。彼が以前言っていたのだ。
「このカップは、すっと手に馴染む。ちょうどぴったりくる。大きくもなく小さくもなく。丸過ぎずごつごつし過ぎず。まるでずっと前から知り合いだったかのように、初対面で意気投合したよ」
僕と歳の頃も変わらない彼が話すのが、以外でもあり、そういうものかと、感心もした。それで覚えている。そして僕もようやく出会った。初対面で意気投合できるカップに。

「美味いねぇ」
ニシさんは、両手でカップを抱えるようにしてマンデリンの深煎りを一口飲んだ。僕は一礼し、世間話のつもりで言った。
「珍しくスーツですね。今日は何かあるんですか?」
「送別会がね」「もう、そういう季節ですか」
「ああ。俺の送別会だがね。転勤だよ。金沢に行く。一応は栄転だ」
「そうなんですか。それは……、おめでとうございます。淋しくなります」
「向こうでも、いい珈琲屋を探すよ」
「初対面で、意気投合できるカップに出会えるといいですね」
「ああ。ほんとに。ご馳走様。美味しかったよ」
ニシさんは、静かにドアをくぐり、カフェ・ド・Cを後にした。
新しく仕入れたカップのことを話そうと思っていたが、話せなかった。もっと他のことも話せるかもしれないとも思っていた。僕はニシさんと、初対面で意気投合はできなかったが、もっともっと話を聞きたいと、何度か会ううちに思うようになっていたのだ。
今一番、好きなカップに、自分のために珈琲を淹れた。ケニアの中煎り。それは、新しく仕入れたカップでではなく、古参とも言える店を始めた頃から置いてあるものだ。すっと馴染むものもあり、時を経てようやく馴染むものもある。物も、人も。
いつかニシさんが帰ってきたら、そんな話をしたいと思いつつ、彼を真似て両手でカップを抱え、ケニアを飲んだ。
春待つ2月の柔らかな陽射しを思わせる味がした。

バレンタイン、いかがお過ごしでしたか?
洋菓子シエナの期間限定で置いたマカロンは、大好評でした。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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