はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『望郷』

湊かなえの短編集『望郷』(文春文庫)を、読んだ。
帯にあった北村薫の言葉「群を抜いていた。鮮やかな逆転、周到な伏線、ほとんど名人の技である」に魅かれ衝動買いした。日本推理作家協会賞を受賞した短編『海の星』に向けた選評の言葉だろうか。
湊かなえの故郷である瀬戸内海の島を舞台にかかれた短編集だということにも、興味をそそられた。ある意味で閉鎖された空間で、助け合い暮す島民達のなかで起こるドラマ。猟奇的な殺人などは登場しない、ドラマとして楽しめるミステリーだと確信したのだ。

舞台は瀬戸内海の白綱島(モデルは因島)。本土とを結ぶ大橋が架かったのは、30年ほど前という設定だ。『海の星』は、父親が失踪し、行方知れずのままになっている島育ちの洋平が主人公。都会で家族と共に暮らす彼のもとに一枚のハガキが届いた。「お父さんのことでお伝えしたいことがあります」
島の同級生、美咲からだった。以下本文から。

「橋、きれいだね」
橋を見ながらそう言うと、ネックレスみたい、と母は答えたが、お互い、足を止めることはなかった。母が何を思っていたのかはわからない。私は橋を見ているうちに、もしや父は橋の向こう側に行ってしまったのではないかという不安が込み上げ、じっと見ることが怖くなってしまった。
島内にいるのなら父は帰ってくる。しかし、父がもし橋を渡ってしまっていたら、もう二度と帰ってくることはない。今となれば、白綱島大橋など、単に隣の島とをつなぐだけのものでしかないし、当時だって、橋を渡って本土に行ったことは何度かあったのだが、夜の闇に浮かぶ東洋一の長さの吊り橋の向こうには、未知のとてつもなく魅力的な街があるように感じられた。

解説で光原百合が、かいている。
「何かが不可能であること自体は人間を苦しめません。可能であるのに何かに阻まれてできないことが人間を苦しめます。白綱島での暮らしに閉塞感を感じ外の世界に憧れる作中人物達にとって、白い美しい橋は外に通じる希望であると同時に、はかない夢を見せる残酷な存在でもあったのはないでしょうか」

生きていくのは、自由なことばかりじゃない。可能であるのに、何かに阻まれてでききないこと。たぶんそれは、多かれ少なかれ誰もが抱え、苦しんでいることでもあるだろう。
それを象徴する大橋が、小説のなかに白く美しく浮かび上がっていた。

『海の星』のイメージの表紙ですね。
夜の海では、夜光虫(プランクトン)が刺激を受けると青く光るのだとか。
それを「海の星」と呼ぶのだそうです。

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水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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