はりねずみが眠るとき
昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
思いがけず届いた珈琲カップ
寝坊した休日の朝。遅い朝食を食べていると、宅配便が届いた。
やかんが入りそうな大きさの段ボールだ。開けると新聞紙を詰めた真ん中に厳重に包まれた珈琲カップが入っていた。陶芸作家の森下真吾さんからである。
昨年、茶碗を修理してもらい、夫と工房を訪ねた時に見せてもらった、どっしりとした藍色の珈琲カップだ。
「今はもう、手に入らない同じ土で作った珈琲カップもあるんですよ」
珈琲の渋がつき、埃をかぶったそのカップに、夫は一目惚れした。
「これ、欲しいなぁ」手にとってしげしげと見つめる、夫。
「一度、外に出して使われたカップですが、いろいろあって戻って来たんです。それでよければ、もう一度窯に入れて焼けば、渋もきれいに消えますよ」
森下さんは、快くそう言い、譲ってくれることとなったのだ。
その後、メールが行き違いしているうちに、年末年始の雑多な日々のなか、連絡せずに時を過ごしてしまった。
そして、昨日の宅配便である。全く、申し訳のないことだ。
すぐに電話し、お礼を言う。失礼を詫びると、茶碗を大切に使っていただいていることが嬉しかったから、と言ってもらい、こちらも嬉しくなった。
さっそく、珈琲をドリップし、夫のために新しくやって来たカップに注いだ。
「うちの珈琲は、美味しいねぇ」と、自画自賛になることを承知で、わたし。
先週は留守にしていて、自分でドリップした珈琲を飲むのは久しぶりだった。
「そりゃ、そうだよ」と、夫。
好みで選んだ豆を、好みの深さに煎ってもらい、好みの粗さに手回しのミルで挽き、自分でドリップして、気に入った珈琲カップで飲むのだから。
「これだよ。この重さ!」と、嬉しそうに、夫。
彼は、珈琲よりもカップを楽しんでいるようにも見えなくはなかったが。
2つとも森下さんの作品です。手前の藍色のカップを送ってくださいました。
やかんでお湯を沸かす間に、手回しのミルで豆を挽いて。
新鮮な豆は、お湯を注ぐと、ゆっくりと膨らんでいきます。
陽が射した温かなキッチンで、珈琲をドリップする幸せ、感じます。
やかんが入りそうな大きさの段ボールだ。開けると新聞紙を詰めた真ん中に厳重に包まれた珈琲カップが入っていた。陶芸作家の森下真吾さんからである。
昨年、茶碗を修理してもらい、夫と工房を訪ねた時に見せてもらった、どっしりとした藍色の珈琲カップだ。
「今はもう、手に入らない同じ土で作った珈琲カップもあるんですよ」
珈琲の渋がつき、埃をかぶったそのカップに、夫は一目惚れした。
「これ、欲しいなぁ」手にとってしげしげと見つめる、夫。
「一度、外に出して使われたカップですが、いろいろあって戻って来たんです。それでよければ、もう一度窯に入れて焼けば、渋もきれいに消えますよ」
森下さんは、快くそう言い、譲ってくれることとなったのだ。
その後、メールが行き違いしているうちに、年末年始の雑多な日々のなか、連絡せずに時を過ごしてしまった。
そして、昨日の宅配便である。全く、申し訳のないことだ。
すぐに電話し、お礼を言う。失礼を詫びると、茶碗を大切に使っていただいていることが嬉しかったから、と言ってもらい、こちらも嬉しくなった。
さっそく、珈琲をドリップし、夫のために新しくやって来たカップに注いだ。
「うちの珈琲は、美味しいねぇ」と、自画自賛になることを承知で、わたし。
先週は留守にしていて、自分でドリップした珈琲を飲むのは久しぶりだった。
「そりゃ、そうだよ」と、夫。
好みで選んだ豆を、好みの深さに煎ってもらい、好みの粗さに手回しのミルで挽き、自分でドリップして、気に入った珈琲カップで飲むのだから。
「これだよ。この重さ!」と、嬉しそうに、夫。
彼は、珈琲よりもカップを楽しんでいるようにも見えなくはなかったが。
2つとも森下さんの作品です。手前の藍色のカップを送ってくださいました。
やかんでお湯を沸かす間に、手回しのミルで豆を挽いて。
新鮮な豆は、お湯を注ぐと、ゆっくりと膨らんでいきます。
陽が射した温かなキッチンで、珈琲をドリップする幸せ、感じます。
HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
ご意見などのメールはこちらに midukisae☆gmail.com
(☆を@に変えてください)
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