はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『何もかも憂鬱な夜に』

中村文則の小説『何もかも憂鬱な夜に』(集英社文庫)を、読んだ。
中村文則を読むのは3冊目だが『銃』よりも『掏摸』よりも読みやすかった。
刑務所の刑務官を務める「僕」は、二十歳の殺人犯、山井を担当している。マンションに押し入り見知らぬ女を殺害し、帰宅した夫も殺した山井は、控訴期限が迫り死刑が確定しようとしていたが、控訴を拒んでいた。
「僕」が山井の担当に据えられたのは、年齢が近い(十歳ほどの差)ことと、捨てられて施設で育った生い立ちが似通っていたからだという。
施設で育った人間が、罪を犯しやすいなどということはない。きっぱりとそう思いつつも、山井と自分には共通した何かがあると感じることに戸惑いながら、接していく日々。
鍵になるのは、回想シーンでしか登場しない施設長だ。「僕」は、たびたび施設長を「あの人」と呼び回想する。子どもの頃、施設で過ごした「僕」のすべてに割り込もうと心を砕いてくれた大人がいた。それが「僕」の拠り所になっていた。以下本文から。

「お前は・・・、アメーバみたいだったんだ。わかりやすく言えば」
施設の外で、踏切の音が鳴り始めた。あの人の声は、響かないつくりの薄い壁の中で、内に籠もり、掠れていた。
「温度と水と、光とか・・・他にもいろいろなものが合わさって、何か、妙なものができた。生き物だ。でもこれは、途方もない確率で成り立っている。奇跡と言っていい。何億年も前の」
僕は、ただ彼の大きい身体を見ていた。
「その命が分裂して、何かを生むようになって、魚、動物・・・わかるか? そして、人間になった。何々時代、何々時代、を経て、今のお前に繋がったんだ。お前とその最初のアメーバは、一本の長い長い線で繋がっているんだ」
あの人はどこかにもたれることもなく、足を微かに広げたまま、いつまでも僕を見下ろしていた。
「これは凄まじい奇跡だ。アメーバとお前を繋ぐ何億年の線。その間には、無数の生き物と人間がいる。どこかでその線が途切れていたら、今のお前はいない。いいか、よく聞け」
そういうと、小さく息を吸った。
「現在というのは、どんな過去にも勝る。そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方もない奇跡の連続は、いいか? すべて今のお前にためだけにあった、と考えていい」

結婚を決めたもと恋人。自ら命を絶った親友。行方知れずの会ったことのない弟。そして、死刑が確定しようとしている山井。この小説には「僕」のなかに広がる混沌が、まるで宇宙のように限りなく、暗く、そしてそのなかで何かが光っているかのように描かれていた。

死刑制度が必要か否か。簡単に答えが出せることではない。中村は、命について、深く深く何処までも考えていくことをやめなかったのだろう。本を閉じて呆然と、命って、生って何なのだろうと考え込んでしまうような小説だった。

夜のようなブラック珈琲を飲みつつ、読みました。
解説は、デビュー作から読んでいたという同じ芥川賞作家の又吉直樹。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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