はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『中野のお父さん』

北村薫の新刊『中野のお父さん』(文芸春秋)を、読んだ。
大手出版社で編集の仕事をする美希には、百科事典のような父がいる。ネット検索で判らなかった疑問をあっさり解いてくれたりするものだから、相談役としては適任だ。一人暮らしをしてはいるが、何かあるたびに美希は、中野に住むお父さんに会いに行く。そして中野のお父さんは、編集者の日常に潜む謎を、たちどころに解決してしまうのだ。以下本文から。

「あの、おかしなこと、いい出すとお思いでしょうけど、わたしには、父がいるんです。定年間際のお腹の出たおじさんで、家にいるのを見ると、そりゃあもうパンダみたいにごろごろしている、ただの〈オヤジ〉なんですけど」
「・・・はあ?」
美希は『夢の風車』の原稿を巡る顛末を、簡単に語った。
「謎をレンジに入れてボタンを押したら、たちまち答えが出たみたいで、本当にびっくりしたんです。この手紙、門外不出だってこと、よく分かりました。うちの社の誰にも、編集長にも話しません。ですけど今、とってもとっても聞きたくなったんです。父が何ていうか。お願いです。このこと、父にだけ、話してみてもいいでしょうか。そうさせていただけないでしょうか?」

『幻の追伸』の章では、そんなふうにして古本屋で美希は、とうに亡くなっている作家同士の書簡を預かり、中野のお父さんに見せるのだった。

おもしろかったのは、感覚の妙がいくつも描かれていたところだ。
『鏡の世界』の章では、女性誌の編集をしていた頃、女優が自分の写真にダメ出しをしてきて困り果てていると、カメラマンが反転した写真を混ぜて再送し、それがあっさり通ったのだと美希は思い出す。鏡のなかの自分を見慣れていると、まま起こることなのだとか。
他にも『闇の吉原』では、言葉を区切る場所を変えただけで、真逆の意味になる句〈闇の夜は吉原ばかり月夜かな〉に潜んだものや、『数の魔術』では、ゼッケンばかりを見ていると、人がすり替わっていることに気づかないこともあると、見方を変えたら見えてくるものが、描かれていた。
どうやら中野のお父さんは、物知りなだけではなく、ものごとを様々な角度から切り取って見られる人らしい。というのは読み終えてのわたしの推察だが。

明るい色のカバーを取ると、なかは原稿用紙のデザインでした。
本好きで知られる北村薫らしいです。その北村薫さん、
今年の日本ミステリー文学大賞を、受賞されたそうです。

裏表紙には、美希が回想するお父さんとの思い出のシーンの絵。
お父さんと美希との関係にホッとする、コージーミステリーでした。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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