はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 11. 午後2時、デートの前に

僕はあまりおしゃべりな方じゃない。無愛想ではないと思うが、積極的にお客様に話しかけたりはしない。軽口が叩けるほど付き合いの長い常連客ならいざ知らず、初めてのお客様には美味しい珈琲を淹れ、落ち着いた時間を過ごしてもらうことに細心の注意を払っているつもりだ。そんなカフェ・ド・Cでも、お客様同士の小さなやりとりを目にすることはある。
学生だろうか、女の子がひとりで窓際の席に座った。午後二時。店はすいていて、カウンターでは僕の中学時代のクラスメイト、タエがひとり、マダムから貰い受けた黒猫がどんなに素敵に育っているかをしゃべっていた。
女の子のテーブルでは一度だけ口をつけた珈琲が冷めているし、開いた文庫本のページも進んでいない。頬杖を付き窓の外をぼんやりと眺めながら、考え事をしているのだなとわかった。ようやくふた口目の珈琲を口に運ぼうとしたその時、店の電話が鳴った。考え事から現実に引き戻されたのだろうか。女の子は珈琲を取り落しそうになり危ういところでソーサーに戻した。ソーサーにこぼれた珈琲がテーブルに少し飛び散る。僕が電話を取り珈琲豆の注文をメモしている間に、タエが勝手におしぼりを持って行った。
「あら、チュニックにも着いちゃったわね」「あっ、どうしよう」
女の子はおしぼりで薄いピンク色のチュニックの胸のあたりを拭き始めた。
「ちょっと目立っちゃうね。クリーニングすれば落ちると思うけど」
「目立ちますか?」
女の子は泣きそうな顔になる。僕はもう一本おしぼりを出した。
「これからデート?」とタエが聞く。
またまた立ち入ったことを、と思うがもう遅い。タエは中学時代から、ずうずうしいと言ってもいいくらい誰とでもフレンドリーにしゃべり、その上おせっかい焼きなのだ。
「あ、はい。三時に駅で待ち合わせてて」女の子は素直に答えた。
もうあまり時間がない。その時、するりと女の子の胸元に薄紫のスカーフが巻かれ、珈琲のしみは一瞬で見えなくなった。タエが巻いていたものだ。
「貸してあげる。その方が、顔が明るく見えるよ」
タエはカウンターに置いてあった手鏡を差し出した。女の子がそれを覗き込んでぱっと笑顔になる。
「ありがとうございます。じつは彼とケンカしてて。どうやって仲直りしようか考えてて、精一杯おしゃれしてきたのにどうしようって思って」
「じゃ、遅刻しないように走って行った方がいいよ」
女の子は、時計を見てあわてて会計を済ませたが、店を出る前に深く一礼した。考え事をしていた顔とは別人のような明るい表情になっていた。
「で、君もこれからデートじゃなかったっけ?」
「またまた立ち入ったことを」
タエは、おつりは今度でと千円札をカウンターに置きそそくさと出て行った。

栗の木のカウンターに置かれた手鏡とタエのスカーフ

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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