はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 28. スミレ揺れる春

「スミレの花言葉で、僕がぴったりくると思うのは『小さな幸せ』です」
カフェ・ド・Cの店先を掃除するバイトのジュンが言った。アスファルトの隙間に、スミレの花が咲いていたのだ。
彼は美大生で、暇さえあれば植物のスケッチをしている。花言葉にも詳しく、道端のスミレに水をやる優しさも持ち合わせている。
「春なんだな」小さな幸せ。スミレには、確かにそんな言葉が似合う。
「マスターは、小さな幸せっていうと何を思い浮かべますか?」
「小さな幸せかぁ」すぐに思い浮かぶのは、娘がハイハイする姿だった。
「シュウちゃんですか?」ジュンは、僕の顔を見て笑った。
「確かにちっちゃな幸せですね。でもそれって大きな幸せでもある」
僕はうなずいた。ジュンは言葉を続ける。
「実は昨日、小さな幸せに出会いました」
ジュンは、ここでバイトする年上のユウちゃんに恋をしている。片思いだ。はっきりとフラれもした。それでも想いは簡単に消すことはできないようだ。
「ユウちゃんと、まったく同じスニーカーを履いてたんです!」
「ほう」思わず笑みがこぼれた。
ようやく彼にも恋の神様が、降りてきたのだろうか。恋の神様は、結ばれるふたりに小さな偶然を用意する。たとえば同じスニーカーを同じ日に履いていたり、また、ばったりといつもは行かない場所で会ったり。
「それも、初めて行った映画館の出口でばったり。お茶して映画の話で盛り上がりました」うん。これは本格的に恋の神様が動き出したようだ。

そう思いつつ、通りを振り返り驚いた。通る人通る人、みんなが同じスニーカーを履いていたからだ。しかし目をこすり現実に戻ると、季節の変わり目に在りがちなごく当たり前の風景が見えた。革靴の人もいればブーツの人もいる。
「メールにかわいい顔文字が入っているだけで、小さな幸せ感じるし」
「それは、確かに小さな幸せかもしれない」
ジュンは、とめどなくしゃべっている。
春。そう。ジュンに限らず恋の種が芽を出す季節なのだ。
今聞いた偶然が恋の神様の気まぐれじゃないことを祈りつつ、小さく凛と咲くスミレを見た。スミレの花は水滴を落とし、微笑むようにふわりと揺れた。

スミレは他に『小さな愛』『誠実』などの花言葉を持つそうだ。


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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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