はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 23. 誰にでもあるいいところ

言い訳をすれば、珈琲屋をしている僕だって人間だ。苦手な人だっている。たとえそれが常連のお客様だとしても。
「明けましておめでとうございまーす」
カフェ・ド・C年明けの5日。ミカミさんは元気よくドアを開けた。
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
もちろんお客様を誠心誠意おもてなししようという気持ちに変わりはない。
「こちらこそ、よろしくね!」
年の頃はマダムと変わらないくらいだろうか。明るく気さくなタイプなのだが、気になるのは、誰彼構わず一方的に話し始め、自分の意見を絶対に曲げないところだ。暮れにはこんなことがあった。
「お雑煮はおすましが一番よね」と誰かが言った。ミカミさんは、それが自分に向けられた言葉ではないにもかかわらず、身を乗り出し主張し始めた。
「京都の白味噌に小芋や人参を入れた、コクと旨味のお雑煮を知らないの?」
「まあ、それも美味しいけど、わたしはおすまし派なのよ」
この時点で相手はもう、ミカミさんに捕まったも同然。ミカミさんは白味噌雑煮の美味さをひとり語り続け、周囲の人さえ呆れ果てるほどに自分を押し通した。今年もまた幕を開けるであろうミカミ節。もう聞きたくないなと正直、僕は思っていた。
 
そんなところに、初めてのお客様がひとり、カウンターに座った。若い女性だ。彼女は、ひとつ席を空けた隣に座るミカミさんと笑顔だけの挨拶をかわし、ブラジルの中煎りを注文した。
「あなた、お雑煮は、白味噌派? おすまし派?」
始まった。僕はうんざりした。初めてのお客様に申し訳ない気持ちにもなる。しかし彼女はきっぱりと答えた。
「断然、白味噌ですね」「そうよね!」
どうも風向きが違うようだ。今度は彼女がミカミさんに話しかけた。
「そのフェルトアクセサリー、素敵ですね」
「ありがとう。趣味でね、作ってるのよ」
「色合いがセーターとマッチしてて、すごくおしゃれ」「うれしいわぁ」
ミカミさんは、ひとしきりアクセサリー作りについてしゃべり、機嫌よくカプチーノを飲み、帰っていった。何か不思議な感じだ。するとブラジルを味わいつつ、カウンターの女性が言った。
「不思議だと、思ってますね?」いったい何者なんだ?
するとまた答えるように「わたし、占い師なんです」
「占いで、好きな雑煮がわかるんですか?」僕は思わず聞いた。
「いえ。好きな方を先に口に出すタイプだと思ったから」
「なるほど。フェルトアクセサリーは?」
「誰にでも、素敵なところ、いいところってあるでしょう? まずそれを見つけるのがわたしのやり方なんです。外見でも、内面でも、何でもいいの。お世辞じゃないから、言葉にすると相手にはちゃんと伝わるし」
「誰にでもある、いいところ、ですか」
「マスターも、きっとそういう仕事の仕方してますよね。だから此処、すごく居心地がいいもの」それだけ言うと、彼女は代金を置き帰っていった。
反省することしきり。今度ミカミさんが来た時には、僕なりに、彼女の素敵なところを探してみようと思う。

妻が作る白味噌の雑煮は美味い。だが、白味噌と言っても山吹味噌の白。
隠し味に味醂を入れるのがこつだそうだ。
ミカミさんに話したら、叱られそうだな。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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