はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫)を読んだ。主人公、多崎つくるの高校時代の親友達4人は、それぞれ苗字に色を持っていた。アカ、アオ(男子)、シロ、クロ(女子)と呼び合っていて、つくるだけ色を持っていなかったが、その5人組を「乱れなく調和する共同体」であると確信するのに、色は必要なかった。しかし二十歳の夏、つくるは4人から一方的に絶交を言い渡される。それはつくるにとって、何もかもを変えてしまう大きな出来事だった。つくるは、色彩を持たない自分をつまらない人間だと考えるようになり、36歳になった今も、人と深くかかわることに対し臆病になっていた。それが、年上のガールフレンド沙羅に出会い、何かが動き始める。以下本文から。

「あなたの頭には、あるいは心には、それともその両方には、まだそのときの傷が残っている。多分かなりはっきりと。なのに自分がなぜそんな目にあわされたのかこの十五年か十六年のその間その理由を追及しようともしなかった」
「なにも真実を知りたくないというんじゃない。でも今となっては、そんなことは忘れ去ってしまった方がいいような気がするんだ。ずっと昔に起こったことだし、既に深いところに沈めてしまったものだし」
沙羅は薄い唇をいったんまっすぐ結び、それから言った。
「それはきっと危険なことよ」
「危険なこと」つくるは言った。「どんな風に?」
「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それがもたらした歴史を消すことはできない」
沙羅は彼の目をまっすぐ見て言った。
「それだけは覚えておいた方がいいわ。歴史は消すことも、作りかえることもできないの。それはあなたという存在を殺すのと同じだから」

つくるは、沙羅に促されるまま、4人に会いに行く。そのうちのひとりクロは結婚し、遠くフィンランドにいた。
村上春樹の長編のなかでは、読後、明るい気持ちになれる小説だった。
それはたぶん、つくるの心と身体の健康さにあるのだと思った。過去をありのままに肯定し、受け入れられるだけの健康さを彼は持っていた。そして一つ受け入れるたびに、沙羅への思いが変化していくさまに温かな心持ちになった。
ニューヨークタイムズでベストセラー第1位に輝いたという、この小説。
誰もが深いところに沈め、もてあましている記憶を少なからず持っているということかな。それが、共感を呼んだのかも知れない。

個人的に、新刊よりも文庫の装幀の方が好きです。
色が混ざり合う雰囲気に、心の混沌を連想させられるからかな。
レビューを読んでみたら酷評が多くてびっくりしましたが、
読み方いろいろ ~ 楽しんで読むことをおススメします。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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