はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『最果てアーケード』

小川洋子の連作短編『最果てアーケード』(講談社文庫)を、読んだ。
舞台は、世界で一番小さなアーケード。ステンドグラス風のガラス屋根から優しい陽が射すその商店街は、何処の国とは特定できない雰囲気を持つ。
舞台女優達の服を縫う「衣装係さん」剥製の目を作る「義眼屋」一種類のドーナツを揚げ続ける「輪っか屋」文具の他に投函後の絵葉書きなども扱う「紙店シスター」ノブさんの「ドアノブ専門店」未亡人が夫の後を継いだ「勲章店」遺髪を使ったレースも扱う「レース屋」などがある。

主人公の少女は、アーケードの亡くなった大家の娘で、それぞれの店から客先への配達をしている。彼女が生まれ育ったアーケードには、彼女の大切なものが数えきれないほどある。それをひとつひとつ、見せてもらっているような気持ちになる短編集だった。以下本文から。

若者はボックスから絵葉書を抜き取る。一枚読み、それを戻してまた次の一枚に目を通す。文字に触れないよう、葉書きの両端を指先で慎重に支える。雑用係さんと同じ手つきだ。しばらくのち彼は、まるで自分に宛てて書かれたかのような、特別に愛着を感じる一枚と出会う。
「さあ、目を開けて。何も怖くないよ」
誰が誰のために書き送ったのか、絵葉書きにはたった一行そう書かれている。
「これも、お願いします」
若者はカウンターにそれを滑らせる。
「はい、ありがとうございます」
お姉さんはもう一度カードを揃え直す。
若者は生まれ持った優しさと若さと賢さによって、たくさんの便りを出し、それ以上にたくさんの便りを受け取る人生を送る。もしかしたら中には、雑用係さんや私の母や、もっと多くの人々がちょっとした不運のために受け取れなかった便りさえ、含まれているのかもしれない。「紙店シスター」の決まりに則れば、それはよき人生ということになる。

紙店シスターにも行ってみたいが、なかでも心魅かれたのはドアノブ専門店だった。開け閉めできるようになった板に付けられたドアノブが壁いっぱいに並び、一番大きな板の向こうは空洞になっている。人が一人、ぎりぎり入れる程度の大きさの穴があるのだ。部屋でも納戸でもない、ただドアノブのためだけに存在する暗がり。少女は、そこに入るのが好きだった。世界の窪みのようなアーケードに隠された、もう一つの窪みだと感じていた。

最果てアーケードの紙店シスターで売っていた切手と。(嘘です)
三つ編みに結んだリボンとタイトルの色を揃えてある、素敵な表紙です。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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