はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『初恋温泉』

吉田修一の短編集『初恋温泉』(集英社文庫)を、読んだ。
裏表紙の紹介文には「温泉を訪れる5組の男女の心情を細やかにすくいあげる」とある。舞台となる5つの温泉は、すべて実在する。いつか行ってみたいと思いつつ読むのも楽しい恋愛小説集だった。
 『初恋温泉』(熱海 蓬莱 現、星野リゾート 界
初恋の人を妻とし、彼女のために店を大きくしようとがんばってきた男は、温泉旅行の前夜、離婚話を切り出される。
 『白雪温泉』(青森 青荷温泉
仕切り屋でおしゃべり同士のカップルが、温泉宿の離れで、沈黙し続ける男女に出会う。
 『ためらいの湯』(祇園 畑中
男は妻に、女は夫に嘘をつき、温泉宿で待ち合わせた。何も知らない男の妻からの電話が鳴る。
 『風来温泉』(那須 二期倶楽部
夫婦で訪れる予定だったが、男はひとりで山深い温泉ホテルにやって来た。ひとり旅の女との時間を過ごし、自分を見つめる。
 『純情温泉』(黒川 南城苑
親に嘘をつき、温泉旅行に行く高校生カップル。以下本文から。

行く、行かない、約束した、しないと言い合っていたのだが、その途中でどのように話が脱線したのか、どっちが先に互いを好きになったかという話になった。もちろん、付き合ってくれと学校帰りに待ち伏せして申し込んだのは健二だったが、健二としては「不可能だと思えば、告白なんかしない。同じクラスで真希の親友でもある喜多川が『健二のこと、かっこいいって言ってたよ』と教えてくれたので、告白したんだ」という言い分があり、真希は真希で「そんなこと言ってない。とつぜん告白されて、正直かなり迷ったんだ」などと、今さら後悔しているようなことを言う。
「だったら、なんで付き合うって言ったんだよ?」と健二は口を尖らせた。
「だって、あんなに必死に告白されたら、悪いなって思っちゃうじゃない」
「同情?」「最初はね」「うそだろ?」
「でも、今はそうじゃないよ」「ほんとかよ?」
「ほんとよ。もしそうだったら、わざわざ親に嘘までついて、温泉なんかに一緒にくるわけないじゃない」
「じゃあ、訊くけど、俺のどこがいい?」「どこって・・・」
いちおう喧嘩をしているのだが、この辺りから互いの口調も変わってきていた。健二が二つ並べられた布団を這って、真希の膝に頭を乗せると「馬鹿じゃないの」と言いながらも、その耳を抓んだり、鼻を抓んだりしてくる。
「なあ、露天風呂」と健二は言った。
「分かったよ、じゃあ、ほら、行こう」

温泉って、日常を忘れてしまうような特別な場所なんだよなあ。
無音という音が聴こえたり、透明という色に気づいたり、風が目に見えたり。温泉宿で過ごすそんな時間が、服を脱ぎ交わっても交わり切れない部分に、男と女それぞれが抱える孤独に、温かく寄り添っていた。

新緑を見上げたような、さわやかな表紙です。
本屋で手にとった訳は、吉田修一だという安心感と、
初、恋、温、泉、の漢字が4つとも好きだったからかな。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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