はりねずみが眠るとき
昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
『二重生活』
小池真理子のサスペンス『二重生活』(角川文庫)を、読んだ。
大学院生の珠(たま)は、大学時代のゼミで「何の目的もない、見ず知らずの人の尾行」を題材にした本に出会った。珠は、ある日唐突に実行を思いつき、近所に住む男性、石坂の後をつける。一点の曇りもない幸せを絵に描いたように妻と娘と暮らす石坂だったが、待ち合わせ場所に現れた若い女に、聞いている方が恥ずかしくなるような愛の言葉をささやくのだった。
「理由なき尾行」に焦点を当てて描かれているが、読んでいくとすぐに、珠という女性の内面へと深く深く沈んでいくような感覚に陥る。珠は、尾行し他人の秘密を垣間見ることで、自分の内面を深く見つめざるを得ない心理に導かれていくのだ。以下本文から。
いつもは「桃子さん」と呼んでいるのに、メールの中でだけ、何故「桃っち」になるのか、ということについても、珠は、その本当の理由を質そうとはしなかった。卓也がメールの中で桃子のことを「桃っち」と書いてきたとしても、その真の理由など書いた本人ですらはっきりわかっていないに違いないのだ。
それなのに、と珠は思う。石坂史郎を「文学的・哲学的」に尾行し始めて以来、いつからともなく、自分が卓也と桃子のことで、理由のはっきりしない猜疑心を抱くようになっている。何か具体的、現実的な出来事があったのならまだしも、卓也はこれまでと何ひとつ変わらない。彼を疑わねばならない理由など、本当に毛筋ほどもないというのに。
やはり、石坂史郎を尾行することによって知った一連の秘密が、自分自身にも影響を及ぼしているのだろう、と珠は考えた。不思議だった。
結局のところ、人は秘密が好きなのだ。それを抱え込むことによって、どれだけ自分自身が苦しむか、知り尽くしていても、秘密は怪しい媚薬のように、人を惑わせる。秘密を抱えて生きている石坂史郎の気持ちの何分の一かが、珠にはわかるような気がしてならない。
尾行で垣間見た他人の秘密により、思いがけず自らのなかへと深く落ちていく珠。人は普段、自ら落ちそうな穴に蓋をして、うまく生きているのかも知れない。自分の心の奥底を覗くことは、たぶんいいことばかりではないのだろう。
映画『二重生活』は、今週末から公開されています。
山梨ではやらないんだけど、どうしてくれよう。
大学院生の珠(たま)は、大学時代のゼミで「何の目的もない、見ず知らずの人の尾行」を題材にした本に出会った。珠は、ある日唐突に実行を思いつき、近所に住む男性、石坂の後をつける。一点の曇りもない幸せを絵に描いたように妻と娘と暮らす石坂だったが、待ち合わせ場所に現れた若い女に、聞いている方が恥ずかしくなるような愛の言葉をささやくのだった。
「理由なき尾行」に焦点を当てて描かれているが、読んでいくとすぐに、珠という女性の内面へと深く深く沈んでいくような感覚に陥る。珠は、尾行し他人の秘密を垣間見ることで、自分の内面を深く見つめざるを得ない心理に導かれていくのだ。以下本文から。
いつもは「桃子さん」と呼んでいるのに、メールの中でだけ、何故「桃っち」になるのか、ということについても、珠は、その本当の理由を質そうとはしなかった。卓也がメールの中で桃子のことを「桃っち」と書いてきたとしても、その真の理由など書いた本人ですらはっきりわかっていないに違いないのだ。
それなのに、と珠は思う。石坂史郎を「文学的・哲学的」に尾行し始めて以来、いつからともなく、自分が卓也と桃子のことで、理由のはっきりしない猜疑心を抱くようになっている。何か具体的、現実的な出来事があったのならまだしも、卓也はこれまでと何ひとつ変わらない。彼を疑わねばならない理由など、本当に毛筋ほどもないというのに。
やはり、石坂史郎を尾行することによって知った一連の秘密が、自分自身にも影響を及ぼしているのだろう、と珠は考えた。不思議だった。
結局のところ、人は秘密が好きなのだ。それを抱え込むことによって、どれだけ自分自身が苦しむか、知り尽くしていても、秘密は怪しい媚薬のように、人を惑わせる。秘密を抱えて生きている石坂史郎の気持ちの何分の一かが、珠にはわかるような気がしてならない。
尾行で垣間見た他人の秘密により、思いがけず自らのなかへと深く落ちていく珠。人は普段、自ら落ちそうな穴に蓋をして、うまく生きているのかも知れない。自分の心の奥底を覗くことは、たぶんいいことばかりではないのだろう。
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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
ご意見などのメールはこちらに midukisae☆gmail.com
(☆を@に変えてください)
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