はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
[36]  [35]  [34]  [33]  [31]  [30]  [29]  [28]  [27]  [26]  [21

小説「カフェ・ド・C」 7.一点物の一日

 小さな個展の会場に店を使ってもらうことがある。
 あくまで六人掛けのテーブルに収まる範囲の小規模な個展だ。駆け出しの陶芸家や、ガラス細工作家、彫金のアクセサリーアーティストなど、物も小さくある程度の数を並べられるようなケースに限り、相談に応じている。というのも、代々店のバイトを頼んでいるのが近くの美大の学生だからだ。今来てくれているユウちゃんもジュンもそうだし、珈琲を飲みに来てくれる学生も多い。
 なのでだいたいにおいて、卒業生達の作品が並ぶというわけだ。
 今週は、彫金のアクセサリーが並んでいる。ペンダントも指輪もブレスレットも、どれも当然一点物で逆に同じものは作れないという。
「空の雲みたいだねぇ」
 彫金アーティストの学生時代の友人でもある妻は言う。最近彼女は空の写真を撮るのに凝っている。同じ形の雲が空に浮かんでいることは、まずない。
「珈琲みたいだ」
 僕は言う。同じ豆でも、まったく同じに焙煎することはできないし、淹れることもできない。気温や湿度にも左右される。そのときどきにいちばん美味しく淹れられるようベストを尽くすしかない。
「へーちゃんらしすぎる」
 妻はひとしきり笑ってから、言葉を加えた。
「一日一日、同じ日なんかないのと一緒だねぇ」
 閉店時間にやってきた妻は、友人の作ったアクセサリーをひとつひとつ丁寧に見ていく。そして普段は言わないことを言い、小さな指輪を小指にはめた。
「買ってもいいかな? 今日の記念に」
「いいけど、何か特別なことでもあった?」
 妻は、何もないよと首を振る。
「何も特別じゃない今日の記念に、欲しくなっただけ」
 いくつもの小さな花を細工したその指輪は値が張ったが、僕は希望通り妻にプレゼントした。妻の細い小指に指輪はとてもよく似合った。
 
 それから一週間後だった。妻が言った。
「へーちゃんの赤ちゃんができた」


拍手

10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
ご意見などのメールはこちらに midukisae☆gmail.com
(☆を@に変えてください)
Template by repe