はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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福耳唐辛子

福耳をいただいた。もちろんお金持ちになるというあの耳のことではない。いただいたのは、福耳という名の唐辛子だ。
「万願寺?」「だと思うでしょ? 違うの。辛いんだよ」
一昨日、我が家のウッドデッキで、ご近所さん総勢20名で持ち寄りバーベキューをした。その際、持って来てくれたものだ。同じ北杜市に住むご両親が畑で作ったという。
「生の方が、まだ辛くない」というので、その場でそれぞれ千切って口に入れた。辛いという人あり、これはいけるという人もあり。わたしはもちろん、いける派。「火を入れるともっと辛くなる」という言葉に嬉しくなる。

福耳と聞くと、子どもの頃、父親譲りの大きな耳を見て、大人達に「福耳だね」と言われたことを思い出す。子どもと言っても女の子なのだ。お金持ちになる福耳だと言われても、耳が不格好なほど大きいと言われているのだと、子ども心に傷ついていた。同じく父親譲りの耳を持つ弟などは「サル」と呼ばれていたのだから、自分がそう呼ばれなくとも鏡を見ては、ため息をついた。今は髪を伸ばし耳は隠してはいるがコンプレックスと言うほどではない。ただ思ったのだ。大人ってどうして、そういうことを平気で言うのだろうかと。

また、唐辛子で思い出すのは、保育士時代のこと。区立の保育園だったので、観賞用の唐辛子が区から届いた。赤や緑、黄色。綺麗だった。その唐辛子の匂いを嗅ごうと、鼻に入れてみた女の子がいた。ちょうど鼻の穴にすっぽり入る、大きさのせいもあったかと思う。火がついたように泣き出したその子に駆け寄ると、鼻が赤く腫れ上がっていた。彼女の鼻はしばらく冷やすと腫れも痛みも治まった。そして観賞用の唐辛子はその日のうちに撤去されたが、わたしはただただ思った。子どもってどうして、こういうことをするんだろうかと。

大人はかつて自分が子どもだったことを忘れがちだ。だから子どもの気持ちを想像することなく無神経な言葉をかけたり、子どもの好奇心あふれる行動に驚いたりするのだ。だが子どもはいずれ大人になる。唐辛子を鼻に入れた彼女だって、大人になっているはずだ。大人になった彼女に聞いてみたい気もする。どうして唐辛子などを鼻に? と。もしかしたら「あれは、実はね」と、小さなドラマを秘めた回答が返ってくるかもしれない。

クローバーと並べると、大きさがよく判りますね。
ちょっと色っぽい背中に見えるのは、わたしだけ?

福耳アート。目はズッキーニ、鼻はトマトで前髪はトウモロコシ。

ごま油で豚肉ともやしと炒めて、オイスターソースで味付け。
辛さのほどは? 全く問題なし。美味しい!

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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