はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『夜と妻と洗剤』

江國香織の小説のなかで、とても好きな掌編がある。
『江國香織とっておき作品集』(マガジンハウス)に収められた『夜と妻と洗剤』だ。この小説は、こんなふうに始まる。

妻が、僕と別れたいと言った。私たち、話し合わなきゃ、と。
夜の十時をすぎていた。僕は疲れていた。僕たちは結婚して五年目で、子供はいない。
気がつかないふりをして暮らすことはできるわ、と、妻は言った。でも、気がつかないふりをしても、それはなくなりはしないのよ、と。
僕が返事をせずにテレビをみていると、妻はテレビを消してしまった。何に気がつかないふりをして暮らすのか、何がなくなりはしないのか、僕にはさっぱりわからない。いつものことだ。

文字数にすると、ここまでで200字と少し。ラストまで行っても多分この5倍くらいにしかならないだろうから、約1000字。原稿用紙換算にして3枚に満たない掌編中の掌編だ。

主人公は、妻のペティキュアが剥がれかけているのに気づき、除光液を切らしていてイライラしているのだろうと推測する。だが、そうではなかった。
「私が言っているのは、そういうことじゃないの」
主人公は、さらに足りないものを言い並べていく。
「洗剤は? 牛乳は? ダイエットペプシは?」
それは、コンビニに売っているモノばかりだ。しかし、妻はため息をつく。
「私が言おうとしていることは、そういうものとは関係がないのよ」
だが主人公は、妻を振り切ってコンビニに向かう。そして洗剤やら牛乳やらダイエットペプシやらを大量に買い込んできて、妻は呆れて笑いだすのだ。

ストーリーは以上だ。何が好きかと言えば、男と女が求めているモノの違いと、永遠にすれ違っていく滑稽さが、この短い文字の羅列のなかに、多すぎず少なすぎず描かれているのが、いい。この小説を読むと、永遠に続く平行線も、笑って歩けるような気分になるのだ。

エッセイ集『やわらかなレタス』(文芸春秋)と一緒に。

銅版画家、山本容子の、不思議な雰囲気の絵がついていました。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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