はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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『キャベツ炒めに捧ぐ』

井上荒野の連作短編集『キャベツ炒めに捧ぐ』(ハルキ文庫)を、読んだ。
肝っ玉おっかさんたちの家庭の味と地元タウン誌にかかれる「ここ家」のお惣菜は、とびきり美味い。東京は私鉄沿線の小さな商店街。店を切り盛りするのは、にぎやかなオーナー江子(こうこ)、口の悪い古参の麻津子、物静かな新入りの郁子。ともにアラ還で、独り者。そして、それぞれに別れた男への忘れえぬ思いを抱えていることが共通していた。以下『あさりフライ』より。

まずはビールを一口。それから熱々のフライを、最初はそのままひとつ食べる。はふはふはふ。ほいひー、と江子は声に出して感嘆した。二つ目はレモンを搾って。串三本目でいちどソースをかけてみよう、と計画を立てる。
春は貝だ。
三月はじめ、夜はまだ少し肌寒いけれど、空気はねっとりやわらかくなってきて、ちゃんと春めいている。春の空気には貝の味がしっくり合う。白山もよくそう言っていた。江子は三本目のあさりをぱくりと食べ、あ、そうだわそろそろソースだわと思い出して、串に残ったひとつにウスターソースをほんの少しかけた。きつね色の衣に染みこんでいくソースの焦げ茶色をじっと見つめる。
あの日もあさりフライを食べていた。白山から別れを切り出された夜。
江子、すまない。白山は突然そう言った。恵海と別れられなくなった、と。江子はあさりフライを食べ続けた。それはちゃんとおいしかった。おいしいのに、白山は別れ話を続けようとしていた。

それを食べるたびによみがえる、苦い思い出。誰にでも、そんな料理や素材があるだろう。ともに暮らした誰かと思いを残したまま別れることになったとしたら、美味しく食べたはずの料理も、たぶん苦い味に変わってしまう。
物語は入れ代わり立ち代わり、そんな3人の視点で紡がれていく。
60歳。まだまだ立派に恋をする年齢なのだ。

連作短編11編のタイトルになっているのは、料理や素材です。
『新米』『ひろうす』『桃素麺』『芋版のあとに』『あさりフライ』
『豆ごはん』『ふきのとう』『キャベツ炒め』『トウモロコシ』
『キュウリいろいろ』『穴子と鰻』季節感がふんだんに盛り込まれています。

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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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