はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々
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小説「カフェ・ド・C」 2. 恋の神様

 恋の神様が、ふたりだけにしかわからないように、そっといたずらし、不思議な偶然をしかけることは、周知の事実だ。しかし、そのふたりがいたずらにまったく気づかない場合にのみ、神様は舌打ちし、キューピッドを用立てる。
「またか」
キューピッドの矢ではなく、白羽の矢は、僕に向けられた。これで、何度目になるだろうか。
「神様が応援してくれる恋は、あっちこっちに不思議な偶然が散りばめられて、ふたりのあいだに、びっくりマークが飛び交うんだよ。びっくりした数だけ、ふたりのあいだが縮まるの」
 とは、大学生だった妻が出会ったばかりの僕に言った言葉だ。
 たしかにそうだったと、思い出す。些細なことだ。家で使っているカレールーが同じ銘柄の同じ辛さだったり。ケータイの機種が同じで色違いだったり。同じ日に同じチェックのシャツ(ユニクロの)をはおっていたり。今思うと、ありがちなよくある偶然。
 先月、東ティモールの酸味の濃い素敵な豆が入った。ムッシュとマダムは、いつもひとりで珈琲を飲みに来ては、僕におススメをきき、浅煎りから中煎りの珈琲を飲む。ふたりはこのところ、その東ティモールにハマっている。もちろん、別々に。
 時間が微妙にずれているのだ。カウンターの同じ席に座り、同じことをしゃべっていくふたりなのに。
 ふたりは、猫を飼っていて(もちろん別々に)、今読んでいる本は、三浦しをんで(ムッシュは、買いもとめた文庫本。マダムは図書館で借りたもの)、アボカドをご飯にのせて醤油をかけて食べるのが好きだ。もちろん、別々に。
「母さん。もうちょっとだけ、待っててくれない?」
 珈琲を飲み保し、しゃべりたいだけしゃべってカウンター席を立ったマダムに、声をかけた。マダムは、こともあろうに僕の母だ。
「息子にひきとめられても、嬉しくもなんともないけどねぇ」
 憎まれ口は現役である。しかし、僕は決めていた。今日こそ、と。母が座り直した時、ドアが開いた。
 ムッシュが、カウンター席に座る。マダムとは二つ席を空ける紳士の振る舞い。
「東ティモールの中煎りを」
 マダムがちらりと彼を見た。彼女のコーヒーカップは、同じ珈琲が飲み干され、空になっている。
「おかわりを」
 マダムが言い、ムッシュがちらりと彼女を見た。
 僕は、東ティーモールの豆を、ふたり分挽きながら、やれやれと微笑む。キューピッドの役目は、終わった。


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HN:
水月さえ
性別:
女性
自己紹介:
本を読むのが好き。昼寝が好き。ドライブが好き。陶器屋や雑貨屋巡りが好き。アジアン雑貨ならなお好き。ビールはカールスバーグの生がいちばん好き。そして、スペインを旅して以来、スペイン大好き。何をするにも、のんびりゆっくりが、好き。
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